41.「俺のこと褒めるの初めてだよな」
混雑してきた食堂で、向かい合って座るオーウェン様と私。
「気合でなんとかなるなら頑張ります」
私の言葉にオーウェン様は「いい返事」と笑う。
「魔術師団のやつらは常にこれを持ち歩いてて、暇なときに訓練してる」
っていっても真面目にやってるやつあんまりいないんだけどな、とため息交じりに言うオーウェン様。
手にした魔道具を弄びながら不満を言う彼が、いかにも副団長っぽく見えた。
「やり方は簡単。こう手に乗せて、魔力をこの魔道具に流すイメージをする」
彼はそう言って、手鏡のような魔道具を手のひらにのせる。
それだけで、鏡の面が黄色に光った。
「わー、きれい!」
「あ、これは俺の魔力が高いからすでに光ってるってだけ。たぶんあんたは光らないと思う。んで、ここから流す」
オーウェン様はそう言って、鏡をじっと見つめる。
紫の瞳が鋭くなり、ふわりと彼の髪の毛が揺れた。
「!」
黄色く光っていた鏡が、一気にぐわっと眩しい光を放つ。
食堂は雷が落ちたかのように、辺り一面が真っ白になった。あまりの眩しさに私は目を細める。
食堂の人々がざわついてこちらを見ているのが分かった。
「お、オーウェン様!わかりました!ありがとうございます!!」
私がそういうと、ふっと輝きがなくなり元の黄色い鏡に戻る。
「まぁ、こんな感じ。やってみる?」
彼はそう言って鏡を差し出す。
私はそれを恐る恐る受け取った。
私は裏表を確認し、自分の顔を試しに覗いてみる。
「ただの鏡みたいですね」
「鏡代わりに使ってるやつ多いからな」
オーウェン様はそう言って笑う。
「えぇと、まずこれを手にのせる……」
鏡は私の手から少しはみ出すくらいの大きさだった。
鏡の面は冷たく天井を映している。
「あれ?ほんとだ。私が手にのせるだけじゃ黄色くなりませんね」
「乗せるだけで黄色くなったら、あんたは魔薬師じゃなくて魔術師団に入るべきだ」
オーウェン様が呆れたように言う。
「そっか……とりあえずやってみます。えぇと、手のひらから魔力を流す……」
じっと鏡を見つめながら、私は魔力の流れを意識する。
鏡を乗せた手のひらがほんのり温かくなる。
これはいけるかも?
そう思った時だった。
「集中」
オーウェン様が一言そう言った。
はっとして、もういちど丁寧に魔力を流すイメージを持つ。
するとしばらくして、鏡の色が変化し始めた。
うっすら青くなってくる。
「か、変わりました!」
「もうちょっといけるだろ?」
喜ぶ私に、オーウェン様が冷静に言う。
私はもう一度魔力の流れを意識する。
『鏡に魔力を移すように』というのは、いつもポーションを作るときにしているのと同じ要領のようだった。
青からうっすらと紫色に変わりかけた所で、私の限界が来た。
「あー、ちょっと……ダメでした」
はぁ~っと脱力する。
「ん~、色が変わったってことで初回にしちゃまぁまぁかな。魔術師団に入団はできないけど」
「え」
「これさ、段階的に色が変わっていくんだ。青、紫、赤、オレンジ、黄色の順。で最終的に光る」
「……ってことは私はまだ第一段階ってことですね?」
「だな」
ん?ちょっと待って。
「オーウェン様、手に乗せただけで黄色かったですよね?」
「すごいだろ?」
「……すごすぎます。さすが副団長ですね!」
素直に褒めると、オーウェン様はちらりと私を見る。
「あんた、俺のこと褒めるの初めてだよな」
「え、そうでしたっけ?」
「いっつも呆れられてる気がしてるんだけど」
「……まぁ、そうかもしれません」
だっていつも薬局長と小学生みたいな言い合いしてるし……。
いざという時は頼れる人なんだろうなとは思ってるけど、まぁそこまでは言わなくてもいいか。
そんなことを思いながら、手鏡型の魔道具を見つめる。
「これ、私が借りてもいいんですか?」
「あぁ。俺使ってないし。あ、でも壊したら弁償だから大事にしろよ?」
「ありがとうございます。特訓します」
ぎゅっと鏡を抱きしめる。
大事に使わせてもらおう。
これが、ルカを助けるための一歩になるならやるしかない。
「とりあえず次の満月までに赤くらいまで行くといいかな」
「次の満月って……」
「あと2週間くらいだな」
「……できますかね?」
「だから気合とセンスがあれば。才能があればもっといけるけど、期待はしない」
しれっというオーウェン様。
まぁそうだろう。私は魔術師ではなくて魔薬師だ。
とりあえず気合でなんとか赤までもっていくしかない。
真面目にそう考えていたら、私のデザート皿へ手が伸びてきた。
「これもらう」
言うが早いか、コーヒーゼリーの生クリームに刺さっていた、細いくるくるのチョコレートを取って食べてしまった。
「あー!」
「いいじゃねぇかよ。これくらい。あんたそっち食うんだろ?」
「でもそれ好きだったのに~」
口を尖らせる私にオーウェン様はニヤリと笑う。
「へぇ、そうなんだ?じゃあ今度また食わしてやるよ」
「……嫌です。オーウェン様といるとやっぱり周りの視線が落ち着かないです」
「視覚の魔法かけてやろうか?周りの人間が見えにくくなるようなやつ」
「こわっ」
私が顔をしかめるとオーウェン様は楽しそうに笑った。
その瞬間、私はふっと学生時代、同じような状況になったことを思い出した。
『ちょっとちょうだい』
『うん、美味しいね。これもいいなぁ。でもやっぱりBランチにしようかな』
あの時ルカは私の手首をつかみ、フォークに刺さったチキンステーキを食べていた。
思い出した途端、ぼんっと顔が熱くなる。
私はそのままゴンっと机に顔を伏せる。
「……こわ。なにしてんの?」
オーウェン様の声が聞こえてきた。
ルカはあの時、どういうつもりだったんだろう?
オーウェン様はどう考えたって意地悪なだけだけど。
「さて。それじゃあ話も終わったし俺はそろそろ行くわ」
彼はそう言って立ち上がる。
もしかして、はじめから魔力の話をするために?
「それじゃあな、クレアちゃん」
「あ、はい。ごちそうさまでした。ありがとうございます」
私が立ち上がると、オーウェン様はちいさく笑う。
「あ、ちなみにあんたの後ろの方にあいついるから。俺ずーっと睨まれてる」
「へ?」
「あんたからちゃんと理由説明しとけよ。俺が言ってもたぶん無駄」
「まぁ、ちょっと煽っちゃったんだけどさ」と笑いながら行ってしまったオーウェン様。
彼が指さした方向を、怖くて振り向くことができない私だった。
オーウェン様、沼。




