37.新月翌日。気まずさMAXの二人。
いよいよ個人的に大問題かつ逃げ出したい、ルカの特別調剤の時間がやってきた。
薬局の事務所で準備をしていた私は鞄の中身を確認し、専用の白衣を手に取る。
……これ、着るべき?
青みがかった白衣を手に立ち尽くす。
ルカの治療にあたるときは、必ず着るってきまってるんだよね。
呪いに耐性があるみたいだし、着ないといけないよね?
そう思って白衣を広げたけれど……
『他の男のものを着るのやめてほしい』
昨日の夜、緑色の瞳で見つめられたことを思い出す。
いやいやいや!だってこれ絶対着ないといけないやつだもんね!?
私だって好きで着てるわけじゃないし、薬局長だって仕方なく貸してくれてるんだし……。
『それ脱いでね?』
にこりと綺麗な笑顔でそう言った金髪のルカが、ボンッと思い浮かんだ。
うっ……ちょっと無理。無理だ。
……脱いでおこう。また変なことになっても困るし。
なんだかものすごく恥ずかしくなった私は、薬局長の白衣を畳むと鞄にしまった。
*********
医務室に入った私は、一人でぐるぐると部屋の中を歩き回っていた。
座ってられない。落ち着かない。
「はぁ、ほんとどうしよう。どんな顔して会えばいいの?」
昨日のあれは呪いの反動で、一時的に距離感がおかしくなっただけなのかも?
素直になってくれたのは嬉しいけど、さすがに近すぎだもんね?
きっと人と触れ合うということが久しぶりで、距離感がつかめなかったんだ。
うん。きっとそうだ。
そもそも黒髪のルカは『新月の日のことは記憶に残ってない』とか、そういうあるあるなやつかもしれない。
だとしたら、私も知らぬふりをしておいた方がいいよね。
「よし!そういうことにしよう」
そう決めて椅子に座ったときだった。
ドアがノックされる。どきっと飛び上がる私。
き、来た!どうしよう。あー、もうやだやだ。
「はい」
声が裏返りそうになり、口元を抑える。
ドキドキと扉が開くのを待っていたが、ドアはなかなか開かない。
「……?」
不思議に思って見ていると、そーっと扉がひらいた。
「……よろしくおねがいします」
見るからに気まずそ~うな黒髪のルカがゆっくりと入ってきた。
うつむいてこちらを見ようともせず、耳はほんのり赤い。
あー、これ全部覚えてるやつだ……。
彼の様子を見て、逆に冷静になる私だった。
「あの、じゃあここに座ってくれる?」
目の前の椅子を指し示すと、彼は素直にこちらへやってきた。
「……」
「……」
しんと静まり返る部屋。
椅子に座った彼は、ずーっと床を見ている。
これはちょっと本気で気まずいのね、ルカ。
どうしよう。気にしないでって言えばいいのかな?
悩みまくっていた時だった。
静まり返った部屋の扉が突然バァン!!と開いた。
「失礼いたしますわね!!!」
そんな声とともに入ってきたのは、なんとあの『リアディスの麗しき巫女』シャロン・メイリーだった。
「「え」」
私とルカの声が重なったのは、気のせいじゃないと思う。
驚く私達を気にも留めず、彼女はつかつかと私の元へとやってきた。
「おひさしぶり、クレアさん。確認したいことがあってまいりましたわ! あら、ルカ様ごきげんよう」
ルカへにこやかに挨拶をした彼女は、くるりと私に向きなおりぐいっと迫ってきた。
「聞きましたわよ!あなた、フランツ様の白衣を借りているそうね!?
信じられないわ!早く脱いでくださらないかしら!?」
そう言って私の白衣をぐいぐいと引っ張り出す。
「え、あのっ……ちょっと!!!」
びっくりして白衣をぐっと掴むと、シャロン・メイリーはじっと白衣を見つめた。
「あら?これ、普通の白衣じゃない。フランツ様のはどこ!?
まさか持って帰って夜な夜な眺めていたりとかしないでしょうね!?」
「し、しませんよそんなこと!鞄に入ってます!」
私が大声で鞄を指さすと、彼女は鞄に駆け寄った。
そして遠慮も何もなく、がさがさと中身を漁りだす。
「これね!?」
彼女は鞄の中身をみて声を上げた。
「ちょっと!!こんな雑にフランツ様の白衣を入れるなんて信じられませんわ!!すぐに取り出していただける!?」
「え、別に出していいですけど」
「尊くて無理すぎる!!!」
「え。ええぇぇ~……?」
「はやく!!」
かみつかれそうな勢いの彼女におされ、私は鞄から薬局長の白衣を取り出した。
「どうぞ」
「え」
差し出すと、彼女は一気に顔が真っ赤になる。
「さ、さわるなんて、無理……死ぬ……!!」
「……必要なんじゃないんですか?」
「必要っていうか、その……あなたがフランツ様の白衣を着ているって聞いて、いてもたってもいられなかったのよ!」
彼女はそう言って、ふと気づいたかのように言った。
「そういえばあなた、なんでこの白衣を着ていないの?それ普通の白衣でしょ?」
その言葉に、私とルカがぴきっと固まった。
『ほかの男のものを着るのやめてほしい』
『ものすごーく嫌だから、それ脱いでね?』
金髪のルカの笑顔と昨夜の出来事が、ぶわっと頭の中を駆け巡った。
その瞬間、黒髪のルカと視線がばちりと合う。
光の速さでお互いにさっと目をそらしたけれど……無理。
恥ずかしすぎて死にそう……!!耳まで熱い!
私達が気まずさと恥ずかしさで悶えていることなど、シャロン様は全く気づく様子がない。
「ルカ様の治療の際には着るようにって、フランツ様から指導を受けているんじゃなくて?ちゃんと言うことを聞かないなんてありえませんわよ!?」
「着ても着なくても文句は言うんですね」
「あなたのはこっちよ!急いで作らせたから私がもってきましたわ!!」
そう言って、彼女は紙袋をぽんと私に押し付けた。
「これであなたがフランツ様の白衣を着る理由はなくなりましたわ!いいですわね!?」
「あ、ありがとうございます。助かります」
「助かります!?どういうことですか?フランツ様の白衣をお借りしていたのに助かるって……」
「いえ、あの持ってきてくださったことに対してですよ?その白衣ちょっと大きくて動きにくかったし……色々と問題が……」
私の言葉にシャロン様は「大きめ……白衣……」とつぶやいてがくりと崩れ落ちた。
な、なに?急にどうしたの!?
「あぁ、もうほんっとに……萌えしかない……許されるならば私が袖を通したかったけど、たぶんそれは無理。死ぬ……ほんと許せない……」
「……なんかすみません。ほんとに」
彼女のガチ推しっぷりに、謝ることしかできなかった。
そして、そんな私たちをルカが遠い目で見ていたのだった。




