34.金ルカと呪いの秘密
「……どうして金髪なの?呪いはどうなってるの?」
一番聞きたかったことを単刀直入に聞いてみる。
ルカは首をかしげて私を見た。
「薬局長から聞いてないの?なにも」
「うん。自分で確かめろって言われた」
「……あの人、そういうところあるよね。方向性は違うけど、オーウェン様と同じタイプ」
なるほど。そうかもしれない。
2人してニヤニヤしてたし。
「呪いはここにまだあるよ」
そう言って刺繍入りの手袋をはめた右手を見せる。
こうして見せられたことは今までなかったので、驚いてしまう。
少しだけ身を引いてしまった私の様子に気づいたルカは手を下げる。
「ごめん、怖いよね」
「……どうしてまだ呪いがあるのに金髪なの?」
「新月だから」
簡潔な答えに私は首をかしげる。
「俺よりもクレアのが専門でしょ?月の満ち欠けと魔力の話」
「……!」
彼の言葉に私ははっとした。
「月の満ち欠けと魔力は連動してるんだよね?満月の夜は魔力が上がって、新月は魔力が下がる。そういう風に聞いたよ」
「うん、そう。私みたいな魔薬師じゃあまり実感はないけど、魔術師とかだとけっこうな違いを感じるみたいよ」
「なるほどね。だから、新月付近の合同演習は少し楽なんだ。オーウェン様クラスでも影響があるってことだな」
ルカはそう言って笑う。
「でもさ、結局そういうことなんだよ。呪いも同じ。魔力なんだ。月の満ち欠けに影響されてるから、新月は呪いの力が弱まる。つまり元の姿に近くなるってことだね」
「呪いも魔力の一つっていうわけなのね?」
「そうみたい」
うなずくルカに、私は考える。
そっか。呪いも魔力……それは気づかなかった。
ということは、『その魔力を封じ込める』とか『魔力そのものを消す』っていうことが解呪につながるってことよね?
それって薬でなんとかなるのかな?
でも、巫女の力じゃないと無理だって前にオーウェン様から言われたし……
「クレア。考えるのはあとにしてくれる?俺も時間がないから」
「え、あ、ごめんね。忙しいもんね」
カバンから測定器を出そうとすると、ルカが左手で私の手に触れた。
「ちがうよ。俺は新月の夜にしかクレアに会えないんだから」
「え?」
ルカを見ると彼は困ったように笑った。
「この姿に戻るのって、ほんとに月に1度新月の夜の間だけなんだ。明日の朝にはもう黒い俺に戻ってる」
「そうなんだ……」
「そうしたらさ、また俺クレアに冷たくしちゃうから」
その言葉に胸がぎゅっとなる。
「本当はしたくないけど、黒い俺は心配性というか、まぁそうだよね。呪いの力が強すぎてどうにもならないから」
ルカはそう言って目を伏せた。
彼の表情には諦めがのぞいて見え、なんだか悲しくなってしまう。
「呪いの力の変化って自分でも感じるの?」
「うん、感じるよ。新月の今はすごく体がラク。右手も少し何かがまとわりついている感覚があるけどそれだけ。まぁ、生き物に触れちゃいけないっていうのは変わらないけどね。すこしは抑えられる」
そう言ってルカは机の上の花瓶を見た。色とりどりの花が美しく飾られている。
ルカはその中から花を一つ抜き取ると、右手の手袋を外す。
右手の甲に赤黒い印が見えたけれど、この間見たものとはまるで違い、印はうすくなっていた。
「集中するとね、少しだけ灰化を遅らせることができるんだ」
ルカはその右手で花にそっと触れる。
しかし、花は変わらなかった。
びっくりして私は彼の手元を見つめる。
変わらない。全然変わらずに色鮮やかだ。
「あー、限界」
彼がそう言った瞬間、花が白く変化していき、さらりと崩れていった。
でもそのスピードは、この間黒髪のルカが竜を灰化して見せた時よりもだいぶゆっくりだった。
「ね?呪いの力が弱まっているのがわかるでしょ?」
刺繍入りの手袋をはめながら彼が言う。
「ここまで弱まっていると、この手袋があれば何に触れても問題ないんだ。だからといって、ひょいひょい人に触れるようなことはしないけどね」
右手を開いたり閉じたりして、手袋の感触を確かめると、ルカは私を見た。
「もちろんさっきだって、右手はクレアには触れてないよ」
にこりと笑うルカに私は首をかしげる。
さっき?
「こうやって、自分の腕に右手をのせてぎゅっと……」
腕を輪にしながら実演して見せるルカ。
その瞬間、思いきり抱き締められたことを思い出してしまい、顔どころか耳まで熱くなった。
「や、もういいです!わかったから!!」
恥ずかしさのあまり、つい大きな声を出してしまった。
すると、ルカが小さな声で言った。
「ごめん、クレア」
暗いトーンに思わず彼を見る。
「前に黒の俺が言ったかもしれないけど、左手で触れるのも本当は怖いんだ。
でも、新月だとちょっと気が緩んじゃうというか、手袋があれば絶対に大丈夫だから……手が出てしまいました。ごめんなさい」
そういってしょぼんと頭を下げるルカ。
「別にいいです」「大丈夫」「気にしないで」のどれが正解なのかが全然わからない。怒る、という選択肢が出ないのが自分でも不思議だけれど。
「ま、まぁ、右手が触れないように気をつけてくれたのであれば……今回は別に……」
あぁ、ついルカに甘くなってしまう自分よ……!(私は昔からルカの反省している姿に弱いのだ。あまり見ない姿だし)
「……今後も気をつけます。なるべく」
その言葉に一抹の不安を覚えたけれど、どうやら本気で言っているらしいので、そこはツッコまないことにした。
というかこれ以上この話を続けると、私の心臓がもたない。
「えーと、そういえばさっきの話の続きなんだけど!」
無理やり声を上げる私。わざとらしさなんて気にしたら負けだ。
「呪いの力を制御できるなんてすごいよね! ルカなりに呪いについて研究していたんだね」
「そりゃそうだよ。だって、人に触れたら殺してしまうんだから」
「……そうだよね」
「どうしたらいいのか、ずっと考えてた。たくさん花を枯らせたし、そこらじゅうの草を灰にしてた。どうにもならなくて苦しかったよ」
初めて聞くルカの気持ちに、辛くなる。
「だから、初めて新月が来たときは驚いた。呪いがなぜか解けたんだって嬉しかったよ。でも朝が来たらまた黒くなってる。最悪だよね」
その時のルカを思うだけで、涙がでそうになる。
ルカはそんな私を見てにこりと微笑んだ。
「そんな顔しないで。クレアのおかげで、今生きていられるんだから」
「……でも、私はまだ何もできていない。呪いを解くって……なんでも治す薬を作るって約束したのに、それどころか何をしていいのかもわからないんだもの」
自分のできなさに落ち込むことしかできない私。
「そうしたらさ、一つだけ頼んでもいい?」
ルカの言葉に顔を上げる。
「次に会った時にこうやって俺の話を聞いてくれる?」
「……それだけ?」
「うん。この呪いを解くなんて簡単なことじゃない。でも、昔みたいにクレアがそばにいて一緒に話していることが、俺が生きている意味になるなって思って」
絶対泣きたくなかったのに、涙が出た。
私だってそういう当たり前を取り戻したいと思ってた。
ルカもそう思ってくれていたんだ。
「……なんか申し訳ない。そんなことでよければ……」
指先で涙をぬぐうとルカが言った。
「『そんなこと』じゃなくて、俺にとってはすごく大事なことだから」
優しい声色でもうだめだった。
私はうんうん頷いて、こぼれる涙をこらえる。
「あと、やっぱりもうひとつ」
その言葉に首をかしげる。
「なるべく気をつけるって言ったばかりなんだけど……」
ルカはうつむきながら口元に右手を当てると、少し言いにくそうに口ごもる。
ちょっと黒髪のルカっぽいなぁ、と思って見ていたら、次に出た言葉は黒髪のルカとは全然違った。
「うっかり抱きしめちゃうかもしれないけど、逃げないでね?」
「……え?」
「だって月に1度だから。毎日我慢してるからいいでしょ?」
逃げられるとさすがに傷つくっていうか、力づくって嫌だし……とかなんとか言っているルカの声が遠くなる。
毎日我慢してるって……?誰が?あの黒髪のルカが?
びっくりして涙も止まる。
「そんなに驚くことかなぁ?呪いの強弱があるとはいえ、基本的には黒髪も今の俺も同じ中身だからね?」
……同じ?目の前のあなたと?
あっちの黒いルカは無表情だし、あんまり私を見てくれないし、目が合ってもすっごい逸らされるし、話しかけても迷惑そうに一言返すだけ。
ごくまれに優しい時もあるけど、でも……思い出すだけでもけっこうしんどい。
「……全然別人みたいな気がしちゃうけど……」
「だとしたら、だまし通せている俺の勝ちだね。黒い俺を褒めてやってよ」
そう言って切なげに笑う金のルカに、私は首をかしげるのだった。




