33.新月の夜にて、金の笑顔
「なんなの?2人してニヤニヤと」
薬局長はいつものうさん臭さ爆発の笑顔、オーウェン様はほんとうにニヤニヤと意地悪そうに笑っていた。
……新月だとなにかあるってこと?
あの様子だとそんなに悪いことではないと思うんだけど……でもちょっと怖い。
もう失敗はできないし、これ以上ルカに迷惑をかけたら本当にこの仕事からおろされてしまうかもしれない。患者側にも拒否権はあるのだ。
私はひろい廊下を歩きながら窓の外をみる。
月の光がないぶん、ささやかだけれど小さな星の光がいつもよりもよく見えた。
本当はいつだってそこにいて、光っているはずの小さな星たちに気づいてあげられなかったんだなぁ。
なんとなくそんなことを思いながら、私は歩いた。
医務室の前までくると、私は目を閉じて深呼吸する。
この部屋に入る前はすごく緊張するので、深呼吸がルーティーン化しているのだった。
ルカはいつも私よりあとからやってくるから、空っぽの部屋に緊張する必要もないんだけれど。
「……いつもより緊張する……」
そわそわと落ち着かず、ドアノブへ伸ばした手を一度止める。
「大丈夫大丈夫。とりあえず頭をからっぽにして……」
今度こそ中に入ろうとして、ドアノブを掴んだ時だった。
同じタイミングで中からドアが引かれる。
「わ!?」
引っ張られるようにして、一歩部屋へ踏み込んでしまった私の目の前に、騎士団の制服が映る。
今日はルカのが早かったのかな。
なんでドア開けてるの?まさか帰るつもり?
そんな考えが一瞬のうちにばーっと頭の中を駆け巡る。
「ごめんねルカ。待たせちゃったみたいで……」
謝りつつ顔を上げた私は固まった。
そこにいたのは、私が思う人ではなかったからだ。
さらりとした金髪に、緑色の瞳。
息をのむほどに美しい男性が私をじっと見つめている。
優しい光をたたえた緑の瞳を見た瞬間、昔の記憶がフラッシュバックする。
全身鳥肌がたった。
「え……」
目の前の人物に驚きすぎて声が出ない。
あるわけない。
だって……今の彼は黒髪黒目で……。
完全に固まる私に、目の前のその人はふわりと笑った。
懐かしすぎるその笑顔。
「……ルカ、なの?」
上手く声が出なかった。
「……な、なんで……」
なにがなんだか全然わからない。
こめかみを指先でぐいぐい押しながら、状況を飲み込もうとする。
そんな私を見ていた彼は、すっと左手を伸ばし頭をぽんぽんと撫でてきた。
子どもをあやすような、慈愛に満ちた表情。
「あー、えっと……??」
なにこれ。もしかして夢?
よくわからなくなってきた。
ふと彼を見ると、緑の瞳と視線がぶつかった。
するとそれまでにこにこ笑っていた彼が、ふっと表情を変える。
余裕のなさそうな、真剣な瞳に目を奪われた次の瞬間――ぐいっと引き寄せられた。
「会いたかった……!」
ぎゅっと抱きしめられ、騎士団の制服の黒しか見えなくなる。
回らない頭が完全に止まった。
息をするのも忘れていたと思う。
「……クレアちっちゃい。こんなんだったっけ?可愛い……」
耳元でつぶやかれた言葉に、頭が真っ白になる。
彼の胸元で息をひそめ、石のようにただ立ちつくすことしかできない。
「……ずっとずっと触れたかった。俺、ほんとによく耐えたと思わない?」
「あ、あ、あの……あの、全然意味が……っ」
ドキドキしすぎて声がうわずる。
戸惑う私に気づいたらしい。
抱きしめる力をそっと緩め、彼が私を覗き込んだ。
宝石のような緑の瞳から優しい熱を感じ取り、じわじわと顔が熱くなってくる。
どうしようちょっと待ってほんとに。近すぎる。眩しい。もう無理。
あまりにじっと見つめてくるので、たまらずに私はうつむいた。
頭の上で小さく笑う気配。
そして私の背中に回る手は、さらにきゅっと力が込められた。
……ちょっともう待って。誰なのこの人。ほんとに私の知ってるルカなの?
心臓がおかしなことになっている。このままオーバーヒートしてしまいそうだ。
っていうか、右手は!?触れると灰になっちゃうんじゃないの!?
ずっと私を遠ざけてたはずなのに。
その時、部屋の外を歩く人々の声が聞こえてきた。
ドアを開けっぱなしだったことに気づいた私は、はっとして我に返る。
慌てすぎた私は、彼の胸をぐいっと押して離れた。
「……ごめん、嫌だった?」
この世の終わりかのような表情の彼。
まるで怒られた子犬ようにしゅんとしている姿に、私は申し訳なさでいっぱいになってしまう。
「あ、えっと、その、ドア閉めたくて……」
そう言ってドアをそっと閉める。
……まって。これすっごい密室じゃない?
今更ながらそんなことに気づいた私。
パタンと閉めたドアに触れたまま、彼の方を壊れた人形のようにギギギ……と振り返ってみる。
すると、金髪の彼は私をみてにこりと微笑んだ。
「邪魔されたくないもんね?」
「ち、ちがうよ!?」
私が慌てて否定すると、彼は楽しそうにくすくすと笑い出した。
とりあえずいつものように椅子に座る私達。
なんとか仕切りなおさねば!
「ちゃんと確認したいんだけど、ルカなんだよね?」
「うん。ルカ・エヴァンスだよ。クレアの幼馴染のね」
私の言葉に、金髪のルカはにこりとうなずいた。
幼馴染……ちゃんとそう言ってくれるのね。
胸のつかえがとれた気がしているとルカが言った。
「数値はかるよね?あ、その前に俺の状態を確認するのかな?」
「あ、もう大丈夫ですー」
近づいてくる彼を私は大慌てで制止した。
これ以上近づかれたら身が持たない。
「なんだ、残念」と言って笑う彼に調子が崩れる。
いつものルカじゃない。
黒髪だとか、そんな見た目だけのことではない。
いつもならこんな風に笑わないし、近づいてもくれない。
あの頃の……いや、あの頃より数倍凶暴な『大人の色気』を放つ金髪のルカが目の前にいる。
そして悪いことに、純粋なあの頃よりもだいぶ『距離感がおかしい』ことになっているように思う。
どちらにしてもすごく対処に困るというか……
そこまで考えてからふと気づいた。
「あれ?いつものルカってなに?本当のルカって……どっちのことなの?」と訳が分からなくなった。
「……ごめん、ちょっとわからな過ぎて……。調剤の前に一つずつ確認してもいい?」
頭を押さえながらそう言うと、ルカはにこりと微笑んだ。
「もちろんいいよ。でもその前に俺も一ついい?」
その言葉に私は彼を見る。
「これ、脱いでくれない?」
私の肩に左手を置いたかと思うと、彼は長い指でそのままするりと白衣を下へ滑らせた。
「は!?ちょっ、ちょっと!!!」
びっくりして身を引いた私は、白衣をぐっと引き上げた。
「な、なに!?」
「それ、あの人のだよね?他の男のものを着るのやめてほしい」
ほ、ほかの男って……ただの薬局長なんですけど。
「黒髪の俺も言ったでしょ?それ着ない方がいいって」
「それは私が転んで危ないからってことじゃ……?」
「違うよ。ただの嫉妬」
ズバリと言われて動揺する。
「そして、俺もものすごーく嫌だから、それ脱いでね?」
有無を言わせぬ綺麗な笑顔でそう言われて、私はしぶしぶ白衣を脱ぐ。
「うん、スッキリ。大丈夫だよ。新月だとしてもなるべく触らないようにするから」
なんだか異様に恥ずかしいので、制服の上からいつもの白衣を羽織った。
そんな私を見て楽しそうに金のルカが笑う。
なんだかよくわからなくなってきた。




