31.【ルカ視点混在】「昔から我慢してばかりなんだけど」
「あれ?ルカ、大丈夫?具合悪い?数値がものすごく上がってきちゃったけどっ……」
全然大丈夫じゃない。
測定器をいますぐ取り外したい。
頼むから離れてほしい。
いくらあの人が子持ちだとわかっていても、他の男の服を着ているなんて気分のいいもんじゃない。っていうか最悪だ。
数値を見てあたふたしだすクレアは、そんなことなんにもわかっていないだろう。
「大丈夫だから、早く薬をくれる?」
「え、あ、うん」
慣れていないらしい彼女は、俺の言葉で素直に測定器を取り外した。
……大丈夫か?こんな調子で。
俺以外の患者だったらどうするんだろう。
っていうか、俺以外の奴とこの状況になるなんて考えたくもない。
そう思っていたら、クレアが言った。
「ごめんね、ちゃんとできなくて」
申し訳なさそうに言う彼女に心が痛む。
「なるべく早くできるようになるから、少し我慢してね。数日間はきっと迷惑かけちゃうと思うけど……」
……数日間。
そうだ、これ、毎日……地獄だ。
こんなの耐えられそうもない。
しかも、そろそろ新月がくる。
今ですらこんな状態なのだ。
新月の自分……頼むから持ちこたえてほしい。
……正直、自信はない。
たぶん無理だろうけど、とりあえずその時の自分に期待するしかない。
そんな俺の内面など、クレアはまるで気づいていないようだった。
「いや、だめだね。仕事だもん。明日からはばっちりできるように頑張らないと!ルカだからってつい気が緩んじゃってたな」
もう学生じゃないんだから!と彼女は一人納得したようにうなずきながら、調剤の準備を始める。
俺だから気が緩む……?
その言葉がやけに胸に響いた。
彼女の「特別」になれた気がしてしまった。
単純すぎて自分が嫌になる。
「別にいいよ」
「え?」
「今さら遠慮されても遅いし」
もっと言い方があるだろ、と自分でも思った。
しかし、クレアは不思議そうに首をかしげる。
「え。私って今までずっと遠慮しない人だと思われてた?」
「そうだね。俺のことなんて気にせず、やりたいようにやってたよね。クレアは」
「す、すみません?って謝る必要あるかしら?私」
「ないよ。全然」
俺が勝手に好きなだけなんだから。
久しぶりのやりとりが、素直にそう思わせる。
「ルカってやっぱり優しいねー」
クレアが嬉しそうに笑うのを見て、思わず右手を握り締めた。
それから調剤を始めるクレア。
彼女の調剤を目の前で見るのは本当に久しぶりだった。
ラムネを一粒口に入れた彼女と目が合った時は「あ、えーとね、これ調剤前の癖になっちゃって。別におなかすいたとかそういわけじゃないの」と取り繕うように言った。
知ってる。
森でも食べてたし、トーマ王子にもあげているのを見た。
だいぶ離れていたからクレアは気づいていなかったけれど、彼らがパーゴラにいるところを俺も護衛していたのだ。
「ルカもいる?」
「いらない」
ラムネを差し出されたけれど断った。
一瞬クレアが悲しそうな顔をしたけれど、食べたらおかしくなりそうだった。
幼いころからこれまでのことがよみがえり、感情が爆発してしまう。
うまく説明できる気もせず、そのまま黙り込んでしまった。
「よし、できた!」
そう言ってクレアはふぅっと息をついた。
そしてポーションの瓶を俺に差し出す。
「はい、どうぞ」
出来立てのポーションを受け取る。
たぶん、彼女の作るものと薬局長が作るものは同じだ。
作る過程も全てが同じはず。
それなのにどうしてクレアのポーションはこんなに光って見えるんだろう。
「いただきます」
薬に対して言うことなのかわからないけれど、そう言った俺に「めしあがれ」とクレアがにこにこしながら言った。
「……甘い」
やっぱりクレアの薬が一番俺には効く気がした。
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「飲む前と飲んだ後、測定値が少し違うね!」
左腕の測定器を見て驚く私。
「薬が効いたってことかなぁ?」
「たぶん」
ルカを見ると、彼も小さくうなずいた。
「ねぇ、このまま飲み続けるといつか呪いがなくなったりしないかな?」
「……どうだろう?」
嬉しくなる私とは逆に、ルカはあまり表情を変えない。
少しの変化でも希望を持てたらいいのにな。
彼の腕から測定器を外すとくるりとまとめて、カバンにしまう。
「毎日ちょっとずつでも変わってくれたらいいね」
「クレア」
名前を呼ばれて振り向くと、ルカがまっすぐにこちらを見ていた。
「毎日これをやる必要なんてない。薬だけ置いておいてくれればちゃんと飲むから」
「え、でも測定もしないといけないし……」
「自分でできる。毎日こなくていい」
ルカはきっぱりとそう言った。
私はため息をつく。
「あのね、そういわけにはいかないの。私はルカの専属魔薬師である薬局長の命で、仕事として来ているの。わがままはだめだよ」
「……」
黙り込むルカ。
「ルカのためでもあるから、我慢して」
「……昔から我慢してばっかりなんだけど」
その言葉に思わずルカを見る。
「けっこう限界……かも」
そう言って彼は立ち上がり、私に背を向けた。
ぎゅっとこぶしを握り締めた両手。
え、そんなに嫌がられてた?
ちょっとまって、私の診察と調剤、そうとうまずかったのかな。
「ごめん、ちょっと待ってルカ!」
部屋を出ようとする彼を追いかけようと、椅子から立ち上がった時だった。
長い白衣をかかとで踏んでしまい、思いっきりバランスを崩す。
「わっ!?」
ころぶ、というのが分かった。ベタ過ぎると自分でも思う。
全てがスローモーションだった。
衝撃を予想したその時、がしりと受け止められる感覚。
ルカが左手で私を受け止めてくれていた。
「左手。あまり使わせないでほしいんだけど」
「ご、ごめん!ありがと」
慌てて離れようとした瞬間、きゅっと引き寄せられた気がしてドキリとする。
「危ないし、それ着ない方がいいんじゃない?」
彼は私を立たせると、耳元で静かにそう言って部屋を出て行った。
転びかけてドキドキしているのか、ルカにドキドキしているのかもうわからない私だった。
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