30.ドキドキ密室。二人っきりの特別調剤
夕方、私は調剤バックを抱えて廊下を歩いていた。
ルカに特別調剤をするためだ。
騎士団の医務室に近づくたびに緊張でおかしくなりそうだ。
シャロン様が昼間に来たことが、もうだいぶ遠い昔のような気がしている。
「あ、クレアちゃん!お疲れ様!もう上がり?」
振り向くとユイちゃんがいた。
「ううん、まだ」
「あ、そうなの!?なんかそわそわと急いでたからこの後デートでもあるのかと思った~」
「で、デート!?違うよー!!」
慌てて否定する。
確かに緊張してたけど、まさかそんな風に見えていたなんて……
なんとなく気まずくなる私をよそに、ユイちゃんが言う。
「私は夜勤なんだぁ。がんばらなきゃ!」
じゃあね、と手を振ってユイちゃんと別れる。
「……私もがんばらなきゃ!」
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医務室の前にたどり着くと、私は深呼吸をする。
ルカに調剤。これは仕事。大丈夫。普通にやれる。
ノックをして入ると、そこには誰もいなかった。
まだルカは来ていないらしい。
なんだかちょっとほっとした私は、机に調剤バックをおくと椅子に座った。
ベッドが3つと、薬や包帯などが入った棚があるシンプルな部屋だった。
応急処置ができるという感じの医務室なのだろう。
「はぁ……」
在庫チェックしに来る時よりも落ち着かない。
ここは普段、騎士団員しか来ない場所だ。
つまりルカの生活圏内に入ったから、こんなにそわそわするのだと思う。
あぁ、もう早く終わらせて帰りたいな。
落ち着かな過ぎて体に悪い。
とりあえず、ルカへの特別調剤の手順を確認しておこう。
カバンから1枚のメモを取り出す。
薬局長から聞いた手順を書いたものだ。
・白衣をきちんと着る
・まずは状態をよく見る(髪の毛と瞳は念入りに)。
・脈と魔力の測定をする
・調剤をする
・飲んだ後も測定をする
私、基本的に調剤しかしたことないから、「状態を見る」とか「測定する」とかちょっと心配なんだよね。大丈夫かなぁ。
仕事の内容的にもドキドキする。
その時コンコンと扉がノックされた。
体がびくっとはね、心臓がドキドキとこれまで以上に早くなる。
「はい」
返事をすると、少しの間のあとそっとドアが開いた。
「失礼いたします」
静かな声とともに入ってきたのはルカだった。
ちらりと私を見ると、机の近くの丸椅子に座る。
「……よろしくお願いします」
そう言いつつも、全くこちらを見ようとしないルカ。
よろしくされたくない雰囲気満々……。
そう思いつつ私も「よろしくお願いします」と返す。
なんとなく気まずいけど、私のクビ回避に一役買ってもらったことにお礼を言わないと!
「あ、あのルカ。この間は庇ってくれてありがとう。私が押し付けた薬なのに……迷惑かけてごめんね」
「別に。迷惑なんてかけられてないから」
それだけ言ってまた黙り込むルカ。
「……」
「……」
沈黙が重すぎる!
「……え、あー、それじゃあ早速始めるね」
なんとなく気まずい状況ではあったけれど、集中しなければ!
私はメモを思い出す。えぇと確か……
・まずは状態をよく見る(髪の毛と瞳は念入りに)。
そうね、顔色はもちろんだけど、髪の毛と瞳は元の色と違うから、きっと重要だものね。
よし!やってみよう。そう決意してルカを見た。
なんか……遠くない?
彼は椅子3つ分くらい先の、不自然な距離で座っている。
医者に見てもらう時ってもう少し近いよね?
「あの、もう少しこっちに来てくれます?」
目の前を指し示して言うと、黙ったまま彼は椅子を滑らせる。
まだ残る微妙な距離は、私が少し前に椅子を引いた。するとルカが視線を下へ向ける。
……全然目が合わないんですけど。
思春期とか反抗期の学生みたいじゃない。
もういいや、とりあえず状態をみてみよう。
髪の毛は黒で変わらず。
顔色は、まぁちょっと赤いけど演習後で暑いのかもね、問題なし。
えぇと瞳の色は……
「……やりにくいんだけど」
突然ルカがそう言ってうつむいてしまった。
「え、あ、ごめん、でも状態を見ないといけないから……」
「眼鏡の人、そんな風にしてなかったけど……」
「え?」
「そんなジロジロ見られたりしなかった」
表情はよく見えないけれど、声のトーンが不満をあらわにしている。
きっと薬局長は、話しながらさりげなく視診をしていたのだろう。
患者を緊張させてしまうのはよくない。
「……ごめん、不慣れなもので。でも、ちょっと我慢してね。まっすぐこっちを見てくれる?目の色だけ確認したらおしまいだから」
私の言葉にしぶしぶとルカが瞳をあげる。
真っ黒い瞳と視線がばちりとぶつかった。
ぎゅんっと心臓が浮き上がった。
ドクドクとものすごい音を立て始める。
「あ、はい。ありがと!」
なんだか異様に恥ずかしくなって、私はさっと視線をそらすとチェック表に「問題なし」と書き込む。ペンを持つ手が少し震えていた。
……久しぶりだからとはいえ、こんなにドキドキするのってちょっとおかしいよね。
「ねぇ」
「は、はい!?」
びくりとしてルカを見ると、彼が言う。
「なにか着なくていいの?」
「え?……あ!」
私は机に置いていた白衣を慌てて広げる。
「忘れてた!」
これはいつも着ているものとは違う、特別な白衣だ。
『クレアさん、この白衣は巫女の力が込められたものです。まぁ、気休め程度ですが呪いに耐性があるので、ルカ君の治療や調剤にあたるときは、必ずこれを着てくださいね』
そう言って薬局長に渡された。
白衣というか全体的に青みがかかっていて、ルカの手袋と同じ刺繍が胸元に施されていた。
あのシャロン様の力が込められているのか……彼女の中身を知って複雑な気持ちになるのは、私のせいではないと思いたい。
私はいつもの白衣を脱ぐと、特別な白衣を羽織る。
「あ、あれ?」
大きい。まぁ仕方ないか。
『申し訳ないのですが、急だったのでクレアさんの白衣まだ出来上がってないんです。しばらく僕のを使ってくださいね。あ、洗濯ずみなので安心してください』
ほんとに急な話だったもんね。
私は袖口をまくってから薬局長メモを確認し、ルカに向き直る。
「それじゃあ脈と魔力の測定しますね。えぇと、これは右腕なのかな?出してください」
「いつも左」
「はい。左で」
袖をまくった左腕を差し出された。
がしりとした腕は私の腕と全然違う。
普段見ることがないので少しドキリとしつつ、測定器を巻き付ける。
「……左手は触っても平気なんだね」
「今のところ」
測定器の数値を見ながら、肩からずり落ちないように白衣を掴んでいると、ルカが言った。
「その白衣、全然サイズ合ってなくない?」
「あー、そうなの。これ、薬局長のなんだ」
「……え?」
ルカが顔をあげる。
「突然すぎて私の白衣はこれから作ってもらうの。できるまでの間、薬局長のを借りることになって……。正直こんなにサイズが違うと思ってなかったからびっくり……ってあれ?なんか数値が急に上がってきたけど、ルカ大丈夫?具合悪い?」
驚く私に、ルカはそっぽを向いた。
ルカ、不憫な子……!




