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30.ドキドキ密室。二人っきりの特別調剤

 夕方、私は調剤バックを抱えて廊下を歩いていた。

 ルカに特別調剤をするためだ。

 騎士団の医務室に近づくたびに緊張でおかしくなりそうだ。

 シャロン様が昼間に来たことが、もうだいぶ遠い昔のような気がしている。


「あ、クレアちゃん!お疲れ様!もう上がり?」


 振り向くとユイちゃんがいた。


「ううん、まだ」

「あ、そうなの!?なんかそわそわと急いでたからこの後デートでもあるのかと思った~」

「で、デート!?違うよー!!」


 慌てて否定する。

 確かに緊張してたけど、まさかそんな風に見えていたなんて……

 なんとなく気まずくなる私をよそに、ユイちゃんが言う。


「私は夜勤なんだぁ。がんばらなきゃ!」


 じゃあね、と手を振ってユイちゃんと別れる。


「……私もがんばらなきゃ!」




 ***********




 医務室の前にたどり着くと、私は深呼吸をする。

 ルカに調剤。これは仕事。大丈夫。普通にやれる。


 ノックをして入ると、そこには誰もいなかった。

 まだルカは来ていないらしい。

 なんだかちょっとほっとした私は、机に調剤バックをおくと椅子に座った。


 ベッドが3つと、薬や包帯などが入った棚があるシンプルな部屋だった。

 応急処置ができるという感じの医務室なのだろう。



「はぁ……」


 在庫チェックしに来る時よりも落ち着かない。

 ここは普段、騎士団員しか来ない場所だ。

 つまりルカの生活圏内に入ったから、こんなにそわそわするのだと思う。


 あぁ、もう早く終わらせて帰りたいな。

 落ち着かな過ぎて体に悪い。

 とりあえず、ルカへの特別調剤の手順を確認しておこう。


 カバンから1枚のメモを取り出す。

 薬局長から聞いた手順を書いたものだ。


 ・白衣をきちんと着る

 ・まずは状態をよく見る(髪の毛と瞳は念入りに)。

 ・脈と魔力の測定をする

 ・調剤をする

 ・飲んだ後も測定をする


 私、基本的に調剤しかしたことないから、「状態を見る」とか「測定する」とかちょっと心配なんだよね。大丈夫かなぁ。

 仕事の内容的にもドキドキする。


 その時コンコンと扉がノックされた。

 体がびくっとはね、心臓がドキドキとこれまで以上に早くなる。


「はい」


 返事をすると、少しの間のあとそっとドアが開いた。


「失礼いたします」


 静かな声とともに入ってきたのはルカだった。

 ちらりと私を見ると、机の近くの丸椅子に座る。


「……よろしくお願いします」


 そう言いつつも、全くこちらを見ようとしないルカ。

 よろしくされたくない雰囲気満々……。

 そう思いつつ私も「よろしくお願いします」と返す。


 なんとなく気まずいけど、私のクビ回避に一役買ってもらったことにお礼を言わないと!


「あ、あのルカ。この間は庇ってくれてありがとう。私が押し付けた薬なのに……迷惑かけてごめんね」

「別に。迷惑なんてかけられてないから」


 それだけ言ってまた黙り込むルカ。


「……」

「……」


 沈黙が重すぎる!


「……え、あー、それじゃあ早速始めるね」


 なんとなく気まずい状況ではあったけれど、集中しなければ!

 私はメモを思い出す。えぇと確か……


 ・まずは状態をよく見る(髪の毛と瞳は念入りに)。


 そうね、顔色はもちろんだけど、髪の毛と瞳は元の色と違うから、きっと重要だものね。

 よし!やってみよう。そう決意してルカを見た。


 なんか……遠くない?


 彼は椅子3つ分くらい先の、不自然な距離で座っている。

 医者に見てもらう時ってもう少し近いよね?


「あの、もう少しこっちに来てくれます?」


 目の前を指し示して言うと、黙ったまま彼は椅子を滑らせる。

 まだ残る微妙な距離は、私が少し前に椅子を引いた。するとルカが視線を下へ向ける。


 ……全然目が合わないんですけど。

 思春期とか反抗期の学生みたいじゃない。

 もういいや、とりあえず状態をみてみよう。


 髪の毛は黒で変わらず。

 顔色は、まぁちょっと赤いけど演習後で暑いのかもね、問題なし。

 えぇと瞳の色は……


「……やりにくいんだけど」


 突然ルカがそう言ってうつむいてしまった。


「え、あ、ごめん、でも状態を見ないといけないから……」

「眼鏡の人、そんな風にしてなかったけど……」

「え?」

「そんなジロジロ見られたりしなかった」


 表情はよく見えないけれど、声のトーンが不満をあらわにしている。

 きっと薬局長は、話しながらさりげなく視診をしていたのだろう。

 患者を緊張させてしまうのはよくない。


「……ごめん、不慣れなもので。でも、ちょっと我慢してね。まっすぐこっちを見てくれる?目の色だけ確認したらおしまいだから」


 私の言葉にしぶしぶとルカが瞳をあげる。

 真っ黒い瞳と視線がばちりとぶつかった。

 ぎゅんっと心臓が浮き上がった。

 ドクドクとものすごい音を立て始める。


「あ、はい。ありがと!」


 なんだか異様に恥ずかしくなって、私はさっと視線をそらすとチェック表に「問題なし」と書き込む。ペンを持つ手が少し震えていた。

 ……久しぶりだからとはいえ、こんなにドキドキするのってちょっとおかしいよね。


「ねぇ」

「は、はい!?」


 びくりとしてルカを見ると、彼が言う。


「なにか着なくていいの?」

「え?……あ!」


 私は机に置いていた白衣を慌てて広げる。


「忘れてた!」


 これはいつも着ているものとは違う、特別な白衣だ。


『クレアさん、この白衣は巫女の力が込められたものです。まぁ、気休め程度ですが呪いに耐性があるので、ルカ君の治療や調剤にあたるときは、必ずこれを着てくださいね』


 そう言って薬局長に渡された。

 白衣というか全体的に青みがかかっていて、ルカの手袋と同じ刺繍が胸元に施されていた。


 あのシャロン様の力が込められているのか……彼女の中身を知って複雑な気持ちになるのは、私のせいではないと思いたい。


 私はいつもの白衣を脱ぐと、特別な白衣を羽織る。


「あ、あれ?」


 大きい。まぁ仕方ないか。


『申し訳ないのですが、急だったのでクレアさんの白衣まだ出来上がってないんです。しばらく僕のを使ってくださいね。あ、洗濯ずみなので安心してください』


 ほんとに急な話だったもんね。

 私は袖口をまくってから薬局長メモを確認し、ルカに向き直る。



「それじゃあ脈と魔力の測定しますね。えぇと、これは右腕なのかな?出してください」

「いつも左」

「はい。左で」


 袖をまくった左腕を差し出された。

 がしりとした腕は私の腕と全然違う。

 普段見ることがないので少しドキリとしつつ、測定器を巻き付ける。


「……左手は触っても平気なんだね」

「今のところ」


 測定器の数値を見ながら、肩からずり落ちないように白衣を掴んでいると、ルカが言った。


「その白衣、全然サイズ合ってなくない?」

「あー、そうなの。これ、薬局長のなんだ」

「……え?」


 ルカが顔をあげる。


「突然すぎて私の白衣はこれから作ってもらうの。できるまでの間、薬局長のを借りることになって……。正直こんなにサイズが違うと思ってなかったからびっくり……ってあれ?なんか数値が急に上がってきたけど、ルカ大丈夫?具合悪い?」


 驚く私に、ルカはそっぽを向いた。


ルカ、不憫な子……!

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