29.リアディスの麗しき巫女
翌日、ルカへの特別調剤のことを考えては落ち着かない気持ちになった。
あれだけ避けられているというのに、これから毎日ルカの元へ行き薬を作る。
きっと来るとは思うけど、目の前で存在を拒絶されつつ顔を合わせるなんて……仕事とはいえ、かなり精神を削られそうだ。
でも、私の薬でルカが良くなるのならやるしかない!
呪いがなくなれば、きっとルカだって私を拒絶しないはずだ。
昨日からずっと私は魔力と薬の関係、そして巫女のことを考えていた。
学校では『味と効果は変わらない』っていうことまでしか教わっていない。
薬の専門書を見てみたけれど、調剤者の魔力が効果に与える影響というのも載っていなかった。
……でもなぁ、魔力の硬さをコントロールするとかっていうのも、ここにきて初めて知ったからなぁ。
レベルの高い人達には当たり前のことが、まだまだあるのかもしれない。
もっと勉強しないと!
オーウェン様が言っていた魔力の色の話だってそうだ。
色で見えるなんて信じられないもの。
「巫女の魔力と私の魔力が似ているって……本当なのかなぁ?」
『別にあんたと巫女が似てるっていうんじゃないぜ?あくまでも魔力の色の話』
と言うオーウェン様を思い出す。
「……神聖な麗しき巫女とは全然似ても似つかないって言いたいわけ?」
わかってますよそんなこと。
しがない魔薬師と麗しの巫女が並べるはずないもの。
そう思った時だった。
入口から人が入ってきた。
扉が開いた瞬間に、全てがふわっと持っていかれたような圧倒的なオーラに惹きつけられる。
そこにいたのは透き通るような白い肌に、さらりとなびく銀髪、アーモンド型の美しい青の瞳に小さな唇……まるで人形のように美しい女性だった。
彼女はコツコツとカウンターの前までやってくると私をじっと見つめた。
「……クレア・ベネットさん?」
可愛らしい声でそう訪ねてくる。
私のことを知っていることに驚きつつも、とりあえずうなずく。
「あ、はい」
「引き抜かれた魔薬師の人、ですよね?」
見たことないくらいの美しさに、私はどぎまぎしてしまう。都会には美しい人がごろごろいるものなのね!
彼女は遠慮のない視線で私をジロジロと見ていたけれど、ふいに視線を逸らす。
「ふぅん。……なんだただの田舎娘じゃない」
声のトーンががらりと変わる。
小さな声だけれどはっきりとそう言った。
「え?」
「あなた、ただの魔薬師の癖に『癒しの女神』なんて言われていい気にならないでくださる?」
絶世の美女から発せられたとは思えない言葉に私は固まった。聞き間違いだと思いたいけど、彼女の表情を見るとそうではないようだ。
「癒しの女神というのは、私のような巫女が言われるべきなのですわよ」
「……巫女?」
ふんっ!と腕組みをする彼女をじっと見つめる。
巫女、巫女……巫女ってもしかしてさっき話題にしていたあの……
「リアディスの麗しき巫女……?」
私が言うと目の前の彼女はふっと笑った。
「あら、ご存知なのね。私がリアディスの麗しき巫女とほめたたえられているシャロン・メイリーですわ」
「……クレア・ベネットと申します」
「ま、まぁ!意外と素直なのね」
名乗られたので、とりあえずこちらも名乗らなければ失礼かもしれないと思っただけなのだけれど、シャロン・メイリーは悪い気はしていないようだ。
というより少し戸惑っているようにも思える。(なぜ?)
「とにかく!私が癒しの女神と言われるべき存在……あなた目障りなのですわよ」
うわ、目障りってハッキリいったわね。
それでも、とにかく冷静に対処しないと。
「……申し訳ありませんが、そもそも一介の魔薬師と国の巫女では立場が違うのではありませんか?」
「そんなのわかってますわ。当然でしょ!一般人が作るただの薬が、巫女の力に及ぶわけないもの。本当のプロフェッショナルが作る薬は素晴らしいに決まっていますけれども!」
これは、「薬」というよりも、「私」に対する批判ということなのかしら?
魔薬師のことは認めてくれているっぽいものね。
「えぇと……巫女と魔薬師ではアプローチそのものが違いますから、比べるものでもないかと……」
「そう!そうですわ!私は祈りと聖なる力で人々を癒す。そして魔薬師は薬で人々を癒す、やり方が全然違うのです!」
「……」
うん。違いますよね。やり方。
目的もあなたの方が、だいぶレベルの高いことを求められがちな気がします。それこそ解呪とかね。
……そこを突いてこないのかしら?この人。
っていうか何を言いたいのかしら?
私が色々と考えていると、シャロン・メイリーははっとしたように私を見る。
「……あなた、私に優越感を持っているんでしょう?だからそんなに余裕ぶっているのね!?」
「え!?別にそんなこと全然ないんですけど……」
優越感というよりも何だろう……残念感?とでもいうのだろうか。
とんでもない美貌で、すごい才能を持っているはずなのに、なんだかちょっと残念な人っぽいのだ。
「毎日毎日あの方と一緒にいられるからって……あの方に才能を認められたからっていい気にならないでくださるかしら!」
「え?え???」
訳が分からない。完全に置いてきぼりだ。
彼女は何かに怒っているようだが、それは巫女とか癒しの女神とか、そんな話ではない。
もっと違うことに対して文句を言っているようだった。
「……あの……すみませんが、どなたのことをおっしゃっているのでしょうか?」
恐る恐る尋ねる私に、彼女はキッと涙の浮かんでいる瞳でこちらをにらみつけた。
「しらばっくれないで!いつも笑いかけてもらっているくせに!!私はひと月に数回しかお会いできないのよ!?」
えぇぇえぇ?誰?
もしかして……ルカ?
彼女は巫女としてルカの治療をしている。主に満月の夜だ。それとルカが右手を使った時。
月に数回かもしれない。
そう思いついて胸がざわつきはじめる。
「あの方の穏やかな笑顔、確かな調剤の腕、状況把握の正確さ、なにをとってもあの方以上の男性なんていないもの!眼鏡だって素敵!!」
……ん?ちょっとまって。違うかも。
調剤の腕って……ルカは調剤しませんよね?
あれ~?よくわからなくなってきたぞ??
眼鏡って……ん~~???
「とにかく!!あなたに王都は似合わないわ。ここから出て行ってちょうだい。田舎のお年寄りにひっそりと薬を作ってればいいのです。あなたのことなんて、みんなすぐ忘れますわ」
彼女はいかにも意地悪なことをしてます、というように「ふんっ」と腕を組んで横を向いた。
どうしよう。
なんだかめちゃくちゃ敵意を向けられているなぁ。
何を言ってもこの人を怒らせそうだし、どうやって帰ってもらおう。
困り果てていると、調剤室からポーションを抱えた薬局長が出てきた。
「おや、巫女様。いらしてたんですね」
「あ……ご、ごきげんよう」
急に態度と声がが変わる巫女。
なによ、私以外の人間には猫をかぶってるってわけね?
そう思ったのだけれど、彼女は本当に緊張しているのか声が上ずっている。
「どうしました?おくすりですか?」
「いえ、あの、新しい魔薬師さんにご挨拶を……」
「そうでしたか。わざわざありがとうございます。クレアさんはとても才能あふれる魔薬師ですよ。癒しの女神という称号がとてもふさわしくて僕も心強いんです」
にこにこ~と言う薬局長に、シャロン・メイリーの顔がほわっと緩む。
ほんのり赤くなる頬と、どう見たって照れている瞳。
え……まさか、だよね?
「フランツ様がそうおっしゃるならそうなのでしょうね。安心ですわ。それでは私はこれで失礼いたします。ではクレアさんもごきげんよう。またおうかがいしますわね?」
最後の声のトーンが怖かったけれど、一応笑顔で彼女は出て行った。
「はーーーーーーーーーー」
思いっきりため息をついた私に、薬局長が笑う。
「お疲れさまでした。大変でしたね」
「見てたんですか?」
「はい。おおよそは」
「……」
だったら早く出てきてくださいよ。
「シャロン様はちょっとプライドの高い方なんですよねぇ。能力はあるのに嫉妬しやすくて少し困っちゃいますよね」
「……私に対する態度と薬局長への態度、全然違ってびっくりしました」
「あぁ、僕って一定層にウケるみたいで……ニッチなところをついてるんですかね」
……そうなんだ。
彼女、薬局長推し(ガチ)だったんだぁ……。
急にガクリと力が抜けていく。
昨日のオーウェン様といい、麗しき巫女といい、私ってたまたま一人でいるところをいっつも突撃されてない?
「あの……なるべく私を一人にしないでほしいです」
「おや、なんか嬉しいセリフですね」
「……私は一定層には入ってませんよ?」
「それは残念です」
からりと笑う薬局長に私はため息をつく。
……あの人と私の魔力が似ているのね。
なんとも言えない気分でいっぱいになってしまった。




