28.薬局長のありがたいお話
午後の営業が始まってしばらくすると、会議から薬局長が戻ってきた。
私のクビについて話し合っていたというあの会議だ。
接客していた私は事務所に呼び出される。
「さて、それじゃあお話をしましょうか」
薬局長と事務所の椅子で向かい合った。
ドキドキして手が震えてくる。
そんな私を見て、薬局長がふわりとほほ笑んだ。
「クレアさん、お咎めなしです」
「うわぁぁ、よかった~」
脱力のあまり机に突っ伏した私。
「そんなに心配してたんですかー?」
「してました。人生終わったと思ってました」
うずくまる私に「おやおや、そこまででしたか」と薬局長が言う。
「僕は全然心配してませんでしたけどね。
あなたは『森で第一騎士団と英雄を救った』という実績がありますし、『トーマ王子の専属魔薬師』であり『王子を身を挺した守った』という状況もありました」
薬局長は「短い期間ですごい体験してますよね」と笑う。確かに。
「そして、なによりルカ君本人が『自分が無理に薬をもらった』と言っていました」
「……ルカがなにか不利になるようなことになっていませんか?」
「大丈夫ですよ。彼はあの場で『トーマ王子を救った騎士』ですからね。
むしろまた株を上げました。彼にとっては皮肉な結果なのでしょうけれど」
その言葉に、あの時一瞬で魔物を灰にしたルカを思いだす。
赤黒く光る手、「気味が悪いだろ」と自嘲気味に笑ったルカ。
呪いを拒絶しているルカ本人が、その力で人を助けるということに嫌悪感と罪悪感を抱えている。
そして評価されてしまっているのだ。
「クレアさん、ルカくんに特別調剤をしてくれませんか?」
「……え?」
「実はね、今回の会議の議題はあなたのクビに関してはほとんど議題に上がっていません。むしろ、あなたの作った薬に関してなんです」
私の作った薬?
薬局長を見ると、彼は小さく頷いた。
「ルカ君が右手を使った後にはいつも巫女を含めた治療チームが入ります。
巫女と、ルカ君の専属魔薬師である僕、騎士団付きの医師です。
ここ最近は無茶をしなくなりましたけど、ルカ君はほんっとうに危なっかしいことばっかりしていました」
薬局長は苦笑する。
そういえば、ダンディ騎士も「毎回命を投げ出そうとする」って前に怒ってた。
「ポーションを飲ませて、巫女の聖水治療という流れなんですけどね。今回あなたが彼に渡したミニポーションを飲んでからの聖水治療は、今までにないほど効果がみられたそうです」
「呪いがなくなったんですか?」
期待を込めて聞く私に、薬局長は首を振る。
「いいえ、残念ながらそうではありません。
ただ呪いの力がおさまるのが早かった、ということのようです」
「以前、あなたが森で騎士団に会った時もそうです。
あなたのポーションを飲ませたんですよね?あの時も、城に戻ってからの治療が驚くほどスムーズでした。
すごかったですよー。『癒しの女神って誰だ!?』ってあの時は大騒ぎになりましたもん」
「そ、そうだったんですか?」
まさかの裏側話に驚くことばかりだ。
「あの時に勝手ながら調べさせていただいたんですけど、3年前に採用試験を受けようとしてくれていたんですね」
「あ……はい。落ちました」
「いえいえ、あの年は大人の事情で外から採用できなかったんです。すみません。あ、これ秘密ですよ?」
そう言って人差し指を口元に当てる薬局長。
「とまぁ、そういうわけなので、あなたの薬をルカ君が定期的に摂取すれば、呪いの力を弱められるのではないかと僕らは考えました」
「……なるほど」
「今の段階では、クレアさんの作ったポーションが効いているので、それをルカ君に投与し続けてみるということです」
「今の段階?」
「はい。あなたの作ったポーションが効いているのか、はたまたあなたの魔力が効いているのかははっきりしていませんからね」
「……私の魔力」
「はい。ぼくもね、試しに魔力を柔らかくして調剤してみたんです。だいぶ甘くなったんですけど、クレアさんほどの効き目にはならなかったんですよね」
「……え」
「魔力の硬さを色々試してみたんですけどねぇ、やっぱり僕の作ったものではだめだったみたいです」
のほほんさらりとすごいこと言ってる気がしますけど……。
魔力の硬さ調整をそこまで自由自在にできるんですか?
この人の底知れなさに怖くなってくる。
「ルカくんにはあなたの薬がいいようなんです。恐らく魔力の質そのものが合うのかもしれませんね」
……魔力の質。
さっきのオーウェン様に言われた言葉が頭をよぎる。
『あんたの魔力の色って巫女の色に似てるんだよな』
彼は色って表現していたけど、それって質ってことなのかもしれない。
私の中で、いろいろな情報がパチパチとはまっていく。
薬局長はそんな私を興味深そうに見つつも、黙って待ってくれていた。
「特別調剤ということは、ルカのところへ行って薬を作って飲ませるってことですよね?」
「そうですね。本当はね、あなたにルカ君の専属魔薬師になってもらおうかなって思ってたんですけど、彼すごく嫌がるんですよ」
「え……」
ガーンとショックを受ける。
こんな公的な場でも拒否されるとか、もうありえなくない?
「あなたに見られたくないんでしょうね。辛い所や弱っているところもそうですし、呪われて醜いと彼は自分自身を嫌悪していますから」
「……そんなことないのに……」
「まぁお年頃ですもんね」
軽い物言いに、思わず笑ってしまう。
「なので、今は僕が専属魔薬師のままでいることにします。
その方が色々と都合のいいこともあるでしょう。
クレアさんには、特別調剤を『僕からお願いしてやってもらう』という形をとりますね。
これなら強制力あるでしょ?」
彼はそう言っていたずらっぽく笑った。
明らかに面白がっている表情はめずらしい。
「とりあえず明日からお願いします。毎日訓練後に、ということで話はつけてあります」
「毎日!?」
「はい。大丈夫です。騎士団を通じて伝えましたので、さすがの彼にも拒否権はありません。逃げ回ってばかりじゃ治るものも治りませんからねぇ」
「……治るもの、だと思いますか?」
私はそっと薬局長をみる。
「どうでしょう?何事もやってみないとわからないですからね」
「そうですね」
この人に否定されなかったことが、なんとなく救いになった気がする。
「案外、呪いも精神状態が大事かもしれませんよ?」
お年頃ですからね、と楽しそうに笑う薬局長だった。
「薬を通して、私の魔力をルカの呪いにぶつける」ということが、現実可能となった瞬間だった。




