21. 【ルカ視点】天才魔術師VS満月の英雄
長い髪を一つにまとめた男の後ろを歩く。
魔術師副団長、オーウェン・ブルー。
若き天才魔術師と謳われ、あっという間に魔術師副団長まで上り詰めたらしい。
噂によると、団長の推薦を「面倒だから副団長で」と言ったとか。
どんな振る舞いも許されてしまうその実力と、彼の持つ雰囲気に、共に討伐へ出る者たちからのカリスマ的人気があるのはもちろん、女性からの人気もあることを知っていた。
なので、先ほど廊下で二人を見かけたときはため息が出た。
彼もクレアの薬を気に入ってしまったらしい。
……エーテルなら演習場にたくさんあるぞ。
そこで薬を漁るなよ、クレア困ってるだろ。
心の中でしか言えないので、イライラがすごい。
「オーウェン様、お時間が過ぎています」
「あー悪い悪い。今行くよ」
クレアが視界の端に入る。
泣きそうな表情に見えて、すぐに目をそらした。
「……なぁ、お前ほんと雰囲気変わったな。新月が近いとかそれだけじゃないよな」
彼について演習場へ向かう途中で、突然そう言われた。
くるりと振り返って、こちらを見ている魔術師副団長。
背の高さとがっしりした体躯は、騎士団員とそう変わらない。
これで魔術師(しかも天才)だというのだから、本業としてはやりきれない。
「変わった、とはどういうことでしょう?」
呪いを背負う今の俺が、さらに変わるなんてことがあるのだろうか。
「うーん、なんていうかな。力が抜けたというか、少し貪欲さが出たっていうか、執着心が見えるっていうか……戦い方もそうなんだけどさ、生き方が?っていうの?なんか良いことでもあったのかと思って」
天才魔術師はあごに手をあて、顔を傾けながら言う。
……腹が立つけど、彼の言いたいことはわかる。
「そうですね。もう少し生きててもいいかな、と思うくらいには」
たぶんそういうことだ。
呪いのせいで自暴自棄になっていた少し前の自分と、今の自分はたぶん違う。
「へぇ……女?」
にやりと笑う彼に、こちらも笑い返す。
「手、出さないでくださいね?」
俺の言葉に一瞬止まった彼は、楽しそうに笑い出す。
「あははっ!いいね、お前。そういうこと言うやつだったんだ!真面目でつまんねーやつだと思ってた」
「……それはどうも」
「まぁでも、こういうのって早いもん勝ちだから」
「知ってますよ」
じっと伺うようにこちらを見る紫の瞳を見つめ返す。
「手を出したくても出せないお前はどうすんの?」
彼は俺の右手に視線を落とす。
魔術師副団長として、彼もこの呪いのことを知っている。
刺繍入りの手袋をした右手を、自分でも見つめた。
「……周りにならこの手を出すのはためらわない、ですかね」
「ははっ!冗談に聞こえねぇから怖いな」
彼はそう言って演習場の扉を開けた。
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「はぁーあ。昼飯の後すぐって結構きついよなぁ」
その男は、こめかみ辺りを撫でながら演習場に入ってきた。
彼の姿を見て、演習場にいた部隊長が階段を上ってやってくる。
「オーウェン殿、よろしく頼みます」
「こちらこそ、部隊長さん」
「今回は50名の騎士です。第一騎士団の中でもまぁまぁな部類に入ります」
「ってことは手加減しすぎないくらいにって感じでいいんだな」
「あくまで訓練、ということを忘れないでいただきたい」
オーウェンの言葉に、部隊長は苦笑いをする。
「了解」
オーウェンはそういうと、階段下の演習場に並んでいる50名の騎士をざざっと見渡す。
「うん、そこそこって感じの連中だ」
特に感情のない声色でつぶやくが、ふとある一点で目をとめた。
「オーウェン殿?」
「やっぱりあいつ目立つな」
ニヤリと口の端を上げるオーウェン。
彼の視線の先を見て、部隊長も気づいたらしい。
「あぁ、ルカですね。満月の英雄ですから」
「黒い」
「黒い?髪の毛ですか?」
部隊長の言葉には答えず、じっとルカを見つめるオーウェン。
「人間なのかなぁと思って……まぁいいや」
そういそういうと、彼はすっと天へと腕を伸ばした。
ぶわっと風が彼の周囲で巻き起こり、その手のひらには光の塊がどんどんと膨れあがっていく。
そして次の瞬間、50名の騎士に向かって飛んで行った。その数3つ。
突然の攻撃に50名が光に包まれる。
「ちょ、何してんだ突然!オーウェン殿!やばいのはやっぱりあんたじゃないか!」
隣の部隊長が顔を真っ赤にしているが、「突然?一応予告っぽい動きはしただろ?」と言い、オーウェンは手すりに足をかけると、そのまま下へ落ちてゆく。
「さぁ、動けるやつはさっさと反撃してこい!敵は待っちゃくれねぇぞ!」
その言葉とともに、さらにまばゆい光が騎士団を襲う。
同時に数名の騎士が、オーウェンめがけて飛び出した。
「3…6…8人ね。まぁまぁだな」
ニヤリと笑うと、魔法の壁で8名の剣を受け止める。
そしてそのままドン!と騎士達をはじき返した。
「おいおい、非力な魔術師相手にふっとばされんなよ」
呆れたように言った時だった。
飛んで行ったうちの1人が近くの壁をけり、その反動で再び突進してきた。
「おっ!?」
杖でその剣を受ける。
黒髪の男だった。
「ふっとんだ真似してみたってわけね」
オーウェンの言葉に反応することなく、黒髪の男は剣でぎりぎりと杖を押してゆく。
しかし、突然ぱっと男は距離をとった。
「よくわかったな。今ぶっぱなそうと思ったのに」
光る杖を軽く振って笑うオーウェン。
数秒遅れて彼の背後が爆発する。ぎりぎりで逃げる者、爆風に巻き込まれる者様々だ。
「……至近距離で使う呪文じゃないですよ」
「わかってるよ。あんたに使おうと思ったのはこっち」
そう言ってひょいっと杖を黒髪の男に向ける。
小ぶりな杖からとんでもない量の小さな氷が舞う。
黒髪の男はたんっと飛び上がり、それらをよけると剣を振って勢いよく氷の粒を弾き飛ばす。
ストっと綺麗に着地すると黒髪の男は小さく笑う。
「容赦ないですね、訓練だと思って甘く考えていました」
「だろうな。でも安心していいぜ。ポーションならたくさんあるからな」
その言葉に黒髪の男の動きが目に見えて止まった。
それを見て、オーウェンはニヤリと笑う。
「大事な大事なポーションなんだろ?」
「……あいつらにあんまり使わせないでくださいよ」
イライラを隠しもせずに言った彼に、オーウェンは思わず吹き出す。
「自分でも使えばいいだろ?」
「迷惑かけたくないんで」
にらみ合う二人。
すると、背後からものすごい大声が飛んできた。
「オーウェン殿!いったん中止だ!!」
見ると、血相を変えて部隊長が飛んできた。
「訓練だといいましたよね!?やりすぎです!!」
「やりすぎ? まだ何もしてないって」
「あなたの感覚を基準にしないでください!」
「ポーションならたくさんあるだろ?」
「まずポーションを飲める状態に戻せっていってるんです!!」
というわけで、オーウェンがあまり得意ではないという回復魔法を使ったのだった。
一方そのころの薬局では……
「それにしても前代未聞の減り方ですねぇ。騎士団を壊滅させるつもりなんでしょうか」
「それはないと思いますけど……」
とは言いつつも、あまりのポーションの減り方に薬局長の言葉もちょっとありえるなと思ってしまう。
「クレアさん、エーテルはまだありますよね。ポーションの在庫が切れたら今日の営業に差支えがあります。ここからはエーテル出しましょう。魔術師団に回復魔法使ってもらわないとね」
「わかりました!」
というわけでそこからはバンバンエーテルが飛んで行った。
夜。
やっと薬運び係が来なくなり、私たちはカウンターにつっぷした。
薬局長特製の気付け薬の瓶があちこちに転がっている。
「……薬局長。これ訴えていいレベルだと思います」
「そうですねぇ。どこへ言えばいいんでしょう?国王?」
「いきなり本当のトップに言いつけるんですか?せめて騎士団じゃないですかね」
「魔術師団もありかもなー」
「そうですか。ついでにお給料も上げてもらおうと思ったんですけど」
「あぁ、それはいい考えです。さすが薬局長!」
先輩たちと薬局長のやり取りを、ぼんやりと聞く私。
もう誰一人、頭が働いていない魔薬師達だった。




