18.5 【ルカ視点】聖人は虫なんて叩かないだろ。俺は叩くけどね。
「あー、やっと昼だー」
演習場を出たとたん、同僚達がはーっとため息をついた。
「なんで今日はあんなに走らされたわけ?」
「知らねぇよ。たぶん先輩の機嫌がわるかったんだろ?俺たちに八つ当たりしてんだよ」
「マジ無理。俺、午後の内勤たぶん寝るわ」
「いいなー、俺なんて見回りだよ」
ぶつぶつと文句を言いつつ、食堂へと向かう。
すると、同僚のうちの一人が俺を見て言った。
「つーかさ、ルカはなんでそんな体力あんの?」
「ほんと。いっつも平然としてるよなー」
『体力お化け』と昔クレアに言われたことを思い出す。
体力の有無について考えたことはないけれど……。
「……いろんな欲を訓練で発散してるから」
と答えると、同僚たち全員が一瞬固まる。
そしてどっと笑い出した。
「やばっ!健全!ルカくん思春期かよ」
「聖人?聖人なの!?」
からかう気満々の同僚たちだったけれど、わりと本気で言った言葉だ。
人との関わりを断っている自分は、ここ以外でなにかをする気にはなれない。
それが厳しい訓練だとしても、他に何も考えずに済むことに変わりはないのだ。
そんなことを思っていた時だった。
「おい、見ろよ。癒しの女神様だぞ」
同僚の一人がそんなことを言った。
弾かれたように視線を上げる。
向こうからたくさんの箱を載せた台車を、一生懸命に押して歩いてくるクレアが見えた。
「演習場の倉庫にいくのか。なんだよー、もうちょっと演習場に残ってりゃよかったなー」
「まぁ待て。この感じならすれ違うから声かけられるって!」
「あの子、なんかいいよなー。普通っぽさっていうか、初々しさっていうか……癒し系?」
「あー、わかる。ここのメイドとか美人だけどプロっぽさがあって気を張るもんな」
「女神様なら何でも許してくれそう。約束の日とかちょっと寝坊しても、優しく起こしてくれて許してくれそう……痛っ!!なんだよルカ!!」
後頭部を抑える同僚が、恨めしげに俺を見てくる。
「……でかい虫がいた」
左手をそっとおろしながらそう答えると、同僚は「虫ぃ?」と言いながら頭をさする。
馬鹿かお前。クレアは寝坊する側なんだよ。起こしてもらうとかマジでふざけんな。
だいたい、どういう設定で話してるんだよ。図々しい。
むかむかする気持ちを抑えつつ、クレアを見る。
うつむいて困ったように眉を下げている彼女は、今にも泣きそうに見えた。
……なにかあったんだな。
クレアが王宮内薬局に入ったという話は聞いていた。
予想通りとはいえ、面白いものではなかった。
外堀を埋められていたのはわかる。
クレアの調剤の腕は本物なのだ。引き抜かれるのもの当然。
クレアはわかっているのだろうか?
自分が今注目を浴びてしまっていることに。
がらりと変わった環境にきっと戸惑っているのだろう。
昔からため込むタイプだから、相当弱っているのかもしれない。
思わず右手をぐっと握りしめる。
……何もしてあげられない自分がもどかしい。
向こうから歩いてくる彼女との距離が、どんどん近くなり、そわそわと落ち着かない気分になる。
クレアも大人数で歩くこちらに気づいたらしい。
通路のギリギリ端を小さくなって歩く。
「お疲れ様です」
同僚たちがここぞとばかりに声をかける。
「お疲れ様です」
クレアはぺこりと頭を下げると、視線を落としたまま、先ほどよりも速足で台車を押して行ってしまった。
俺には全く気付かなかったらしい。
「なにもう。学生時代を思い出す」
「わかる!なんか甘酸っぱい」
「女神様いいよなー」
「お前、彼女いるんだろ」
「それとは別だろ」
わいわい言い出す同僚たちの言葉に、つい舌打ちをしてしまう。
聖人なんかではない。
この呪われた右手と同様、心の中はいつも彼女への独占欲でどろどろとしているのだ。
叩きましたね。
ドンマイ同僚!




