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18.新しい職場は「おしろ」です。

 カーテン越しに朝の光が入り込んでいる小さな部屋。

 白い壁に、小さなテーブル、椅子一脚、クローゼットとベッド。

 少し先には小さなキッチンもある。


 ベッドから身を起こし、すぐ横の窓のカーテンをあけるとリアディスの街並みが見える。

 家や店が綺麗に並び、そこを舗装された大きな道がまっすぐこちらにむかってのびている。


 王城の使用人寮に入って7日目、だいぶこの景色に慣れてきた。

 制服である薄いブルーで、ロング丈のワンピースを身に着け、髪の毛を整える。


 調剤の邪魔にならないように、必ずまとめるようにしているけれど、だいぶ扱いづらくなってきたので少し切ってもいいかもしれない。

 いつものバレッタをとめると、私はクローゼットから白衣を取り出した。


 左胸に、リアディス城の印がマークされているその白衣を受け取った時は、「え、これまで私が着ていた白衣と素材が違う……!」とびっくりした。

 手触りが良く、汚れの付きにくい特別な繊維でできているらしい。


 白衣を着て鞄を持つと、「よし!」と一人気合を入れて、私は寮の部屋をでた。


 しばらく歩いていくと声をかけられた。

 振り向くと、茶色い髪の毛をぴしりと後ろでまとめた女の子がいる。


「クレアちゃんおはよう!」

「あ!おはよう、ユイちゃん。これから出勤?」

「うん、今日は早番なの」


 そう言って笑う彼女は、私が王宮に来て『客室生活』をしていた時に、世話をしてくれていたあのメイドさんだ。

 私が転職を決めて、寮に入るときに色々と教えてくれた。

 今ではすっかり友達になったのだ。


「クレアちゃんどう?仕事は慣れた?」

「慣れないよ~。もともと田舎のゆるーい薬局でやってたからね。こんなにポーション作ったり、薬を作っては売るっていうことをしてなかったの」


 あの薬局のメイン層はお年寄りだったので、急いで薬を作るというよりはのんびり話し相手をしつつ、という感じだったのだ。


「そうよね、まだ一週間くらいだもんね。なにかあったら言ってね!」

「ありがとう」


 私たちは話をしながら、女子寮から王宮の使用人口へと向かう。


「そういえば、クレアちゃんにもらった傷薬の効きめがものすごいんだけど、あれってどこで売ってるの?」


「あぁ、あれはごめん、私が自分用に作ってたやつなの。市販できない成分をちょっと入れちゃってます」


 入寮する前に色々と手伝ってもらったお礼として、自作の傷薬をプレゼントしたのだった。


「あ、そうなの!?じゃあ薬局じゃ買えないんだー。メイド仲間にも少し分けたらすっごい評判いいの。香りもいいし」


「もしなくなっちゃったらまた作るからいつでも言ってね」


「ありがとう~!」


 そう言ってユイちゃんはにこにこと笑うと「じゃあお互い頑張ろうね!」と言ってメイドの控室へと入っていった。

 彼女と別れた私は、薬局へとむかった。




 結局私は、国王陛下からのお誘いを引き受けて、王宮内薬局に入ることにした。


 ルカを助けたいというその思いが、一番のところ強かったのだ。

 彼の日常を取り戻すためにも、そして昔のように彼と会うためにも、私はここで仕事をし薬を届け、解呪方法を見つける。そう決めたのだった。



 お城から一度帰宅した私は、母親に転職報告をした。


「お母さん、私転職する」

「え、転職?どこに?」

「おしろ」

「……は?」


 この時クッキーを頬張っていた母は、文字通り固まった。


「え、なに?お城?どこの?」

「リアディス城」

「え?リアディス?え?ほんと!?」

「うん。急なんだけど、来週には働き始めることになったの。だから私お城の寮に入って……」

「クレア」


 私の説明を遮る母。声のトーンがとても低い。

 あ、勝手に色々話が進んでて怒らせちゃったかな。心配になる私。


「リアディスっていったら満月の英雄がいるじゃないのー!!」

「はい?」


 先ほどとは打って変わった高い声の母に、私は目を丸くした。


「えー、すごーい!英雄があんたの薬を飲むかもしれないんでしょ?もしも英雄にあったらサインもらってきてくれる?」

「……」


 意外過ぎる言葉に私は唖然とする。

 しかし、母はそんなことなどお構いなしで話をつづけた。


「でもどうして急にリアディスに?  あ!!もしかしてルカちゃんにばったり会っちゃったとか?それでついに結婚してしまうとかそういうことなの!?」

「……おかあさん、1回落ち着こうか」


 きゃっきゃとはしゃぎだす母親に、私は深いため息をついた。

 しかし、微妙に合ってる部分が怖いなぁ。(ルカにあったとか、満月の英雄が薬をのむかも、とか)


 母を通して私を見ると、けっこう運の強いラッキーな娘に映っているようだ。

 ……まぁね、そうかもしれない。

 なんだかんだ運だけでここまで来たようなものだもの。

 そんなたまたま運のよかった「普通の私」がここにいていいのか、この1週間本当に悩んでいる。






「おはようございます」


 職場の事務所に入ると上司である丸眼鏡の薬局長が、観葉植物の水やりをしていた。

 これが毎朝の日課のようだった。


「クレアさん、おはようございます」


 彼は振り返って穏やかに挨拶を返すと、「今日もいい天気ですねぇ」と楽しそうに言う。


「少しは慣れてきましたか?」

「そうですね。でも、ほんとに忙しくてびっくりしています」


 素直にそう返すと、薬局長はうなずいた。


「ちょっと特殊ですからねぇここは。風邪薬とかよりポーション、エーテルの方が出るし、傷薬とか火傷薬に毒消しまで常に大量に出ますからね」


「……私のいた所は風邪薬、湿布、胃薬、とかそんなのばっかりでした。あとは世間話を聞くくらいです」


 私の言葉に、薬局長はふわぁっと花が開いたように明るい表情を見せる。


「あぁ、いいですね。のんびりした町の薬局が目に浮かぶようです。僕はそういうところで働くことにあこがれていたんですけどねぇ」


「なんでここにいるんでしょう?」と首をかしげる彼に「なんででしょう?」と首を傾げ返してしまう。

 知れば知るほど不思議な人だと日々思っている。






「頼んでおいた毒消しとポーション10個を取りに来ました」

「はい、そこに用意してあります!」


「あと、追加注文いいかな?毒消しと日焼け止めと今回は血清も一緒に……」

「はい、注文票にご記入おねがいします」


「すみません、火傷薬と傷薬3つずつください」

「はい、少々お待ちください」


 王宮内薬局は大盛況だった。

 このお城で働いている人のための薬局だから、注文も幅広いし、量も多い。


 あれこれ対応しているうちに、お昼になり、薬局が午前の営業を終了した。

 ふーっと一息つくと、すぐそばにいた先輩もはーっと息をはいた。


「はーー。疲れた。ちょっと今日すごいね。薬が出てく出てく」

「はい、忙しかったですね」


 先輩の言葉に心からうなずくと、彼女は私にこういった。


「クレアさんすごく丁寧でいいと思うんだけど、これだけ忙しいし、もう少し巻きで接客したほうがいいかも。いちいち相手の言葉にうなずいたり、色々原因やら尋ねてたらすごく時間がかかるでしょう?」


 怒っているわけではなく、普通のテンションでそう言われた。

 えっ!と思いつつも頭を下げる。


「すみません。気を付けます……」


「うん、別に暇ならいいんだけどね。ここってそんなに暇なことはないし、あんまり愛想振りまいてると『癒しの女神がいる』って余計な客まで増えて大変でしょ」


「……す、すみませんでした」


 愛想を振りまくとか、そんなつもり全然なかったんだけどな……。

 でも、縮こまって謝ることしかできない。


「癒しの女神」と言われるのだって、私自身は違和感しかない。

 なんだかとても恥ずかしい。

 するとその時だった。


「クレアさん、在庫管理してきてほしいのでちょっといいですか?」


 ひょっこりと調剤室から薬局長が顔を出す。


「わかりました。今行きます」

「すみませんが、お昼休憩はそのあとでいってきてください。あ、あなたはお昼今行ってきていいですよー」

「はーい」


 笑顔の薬局長に、先輩は「じゃあお先に」と言って薬局を出て行った。

 先輩を見送り、薬局長の元へ行く。


「在庫管理ってどこのですか?」

「あー、そうですねぇ。とりあえず、演習場あたりを見てきてもらいましょうか」


 考えながらのんびりと言う彼に、私は首をかしげる。

 今思いついたような言い方。


「彼女はね、効率第一主義なんです。それ以外、何の他意もないと思いますよ」


「え……」


「ここに来るお客様は皆、時間に追われています。その中で必要な薬を買いに来ている。

 彼らの時間をここで奪わないためにも、効率を上げることは重要ですよね」


「……す、すみません。私遅いですよね」


 あぁ、そうだよね。忙しい中時間を割いてきてくれているんだもんね。

 昔いた薬局とはちがうんだから。


「でもね、あなたの親身な接客もすごく大事だと思いますよ。王宮を維持するために働く人々を肯定し、支えることが、彼らのモチベーションをあげる。それがまわりまわって、お互い良い方向につながると思いませんか?」


 薬局長はにこりと微笑んで私を見る。


「クレアさんは、前の薬局でもきっと患者様に寄り添った対応で信頼されていたんでしょうね」


「……だといいんですけど」


「大丈夫ですよ。それにあなたの薬づくり、とても丁寧です。だいたい、魔薬師も3年目くらいから慣れてきて、調剤がルーティン化されてしまうんですけどね。クレアさんはちょっと違いますよね」


「そんなことないです」


 おなかすいているときは「チョコ食べたいなー」とか思いながら作ってます。とは言いづらい。


「才能といってしまうのはあまり好きじゃないんですけどね、本当は。だってきっとこれまで努力されてきたでしょうから。強い思いがあって努力されて、いまここにいる」


 薬局長は眼鏡越しに、私をまっすぐに見つめた。


「あなたが認められたのは、偶然とか運だけではありませんよ」


 ……彼が突然そんなことを言い出したので私はびっくりした。

 ここ最近の私の悩みまで彼に見透かされていたのだろうか。


「悩み過ぎず、できることをコツコツとやっていきましょうね」


 じゃあ、演習場の在庫管理お願いしますねー、と言って薬局長は調剤室へと消えていった。


「……できることをコツコツと」


 私にぴったりの言葉だなと思った。


転職しました。

お城生活スタートです!

理解ありそうな上司でよかったですね、クレアちゃん。


明日はルカ目線でお送りします。


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