16.5 【ルカ視点】天才魔術師と「女神の薬」争奪戦
「なー、聞いたか?今なら限定であの女神さまが作った甘いポーションが薬局に置いてあるらしいぞ!」
「え、なになに?」
「昨日、薬局に現れたあの子がポーションづくりを頼まれてた所を見てた奴がいたんだよ」
「マジ?まだ女神様ここにいたんだ?じゃあ俺訓練後、買いに行こうかな」
「俺も欲しいけどさ、ポーションなんてどれも見た目は同じだろ?どれが彼女が作ったものかわからないから困るよな」
同僚たちの話し声が聞こえてくる。
「……クレア、なにしてるんだよ……」
思わずため息をついてしまう。
早く帰ってほしい。でもたぶんそうもいかないのだろう。
彼女をここに迎えると聞いた時から、こうなるのではないかと思っていた。
クレアの薬がいかに特別かということが、大舞台で証明されてしまったのだ。
自分がその大きなきっかけになってしまったことも悔しい。
それに、先ほどこの訓練場へ向かう途中で渡り廊下を歩くクレアを見かけた。
共にいるのは王子お付きのメイド。
「……はじめからそのつもりだったんだな」
病弱な王子にクレアの薬を飲ませたい。
そういう思いがあったのだろう。
引き抜く気満々じゃないか。
お人よしのクレアは断り切れないだろう。
病弱の王子、そして国の騎士団を救った癒しの女神……色々な方向から捕まえにかかっている。
はーーっと深いため息が漏れる。
懐から青いクリスタルカットのふたのクリームケースを取り出した。
あの森で返しそびれて、ずっと胸ポケットに入れていたのだ。
自分が学生の頃に贈ったものを、ずっと使ってくれていたのだと思うと、胸がいっぱいになる。
「何だルカ?どうした?」
先ほどまで噂話をしていた同僚たちが声をかけてきた。
クリームケースをしまいながら彼らを見る。
……こいつらもクレアの薬を飲むのか……。
「……ケガすんなよ」
「え、なにこわ。今日の演習?」
笑って答える同僚に、もう一人が言う。
「いや~、無理だろ。だってほら、今日の対魔術演習、魔術師副団長がくるらしいぜ」
「え、そうなの!?だってこないだ南の方の魔物討伐に行ったばっかりだろ?あれ、1か月くらいかかるって話だったじゃん」
「満月でもないのに、1週間で戻ってくるとかって鬼だよな」
「あの人の場合、月の満ち欠けなんて関係ないんだろ。規格外だから」
「なんにしてもそんな大きな成果上げたなら、ゆっくり休んでりゃいいのにな」
あー、今日は地獄の演習決定だ~。
同僚たちがガクリとうなだれる。
その気持ちはすごくわかった。気づけば深いため息をついていた。
*************
……地獄とはここのことか。
騎士団員たちの心の声が聞こえてくる気がした。
下手したら魔物討伐に出た後よりもボロボロなんじゃないかとすら思う。
さすがに右手を使った時ほどの疲労感はないが、普段の演習では感じることのない体の重さに魔術師副団長へ恐怖すら感じる。
「おつかれー。ちゃんとケアしとけよ」
ビシバシやってきた本人から「ケアしとけ」と言われて思わず笑ってしまった。
あんたがやったんだろ、という目で全員が彼を見ている。
視線に絶対気づいているだろう彼は、こちらの視線になど目もくれず一点を見つめた。
「お?なんだこれ」
演習用に届けられたポーションとエーテルの箱が積まれていた。
「……へぇ~。なんか面白そうなものが入ってるな」
そう言ってしゃがみ込んだ彼は、箱からエーテルの瓶を1本取り出すと、その場でぐいっと一口飲む。
「……なにこれ、甘っ!」
彼の言葉に、その場にいた騎士団員がびくっと反応した。
「もしかして、これが癒しの女神サマってやつの薬?」
そう言って俺たちに振り返る。
……魔術師団にも話が通っていることになぜか焦りを感じてしまう。
っていうかクレアの薬もっと大事に飲めよ。ジュースじゃないんだぞ。
腹が立って、思わずにらみつけてしまった。
副団長はあっという間にエーテルを飲み干すと、ちらりとこちらを見た。
「女神さまの薬、その箱の中にあと3本残ってるぞ。残りはいつものやつ。美味い薬引き当てろよ」
その言葉にボロボロだった騎士団員がざっと箱に集まった。
副団長をにらみつけていたら出遅れてしまった……あいつのせいだ。
「どれも同じじゃん」
「わかんねーよ。どの3本だ?」
「なんか違いってあるの??」
同僚たちのやりとりを聞きながら傷薬を塗ることにした。
使わないでおこうと決めた青い蓋のクリームケースを懐から出す。
悔しいからこれを使おう。間違いなく彼女が作ったものだ。
ふたを開けると、クレアの好きな花の香りがほんのりとはなをかすめる。
ちょっと……いや、かなりこれは良くない。
やっぱりやめておこうかと考えていた時だった。
「傷薬だけで平気なんだな、さすが英雄」
いつの間にかそばに来ていたらしい副団長が俺を見ていた。
少々乱れた魔術師団の制服は、演習のせいではない。
彼はいつも制服を着崩しており、濃紺のローブを羽織ることで良しとしているらしい。
「珍しいな、それ。匂いつき?」
彼はクリームケースを見てそう言った。
秘密を知られた気がして急いで蓋をする。
そんな俺を楽しそうに見ながら、副団長が言った。
「お前、ちょっと雰囲気が変わった気がするんだけど……新月はまだ先だろ。なにかあった?」
「……どうでしょう?自分じゃあまりわからないですね」
「ふぅん?」
そう言ってこちらをじろりと見る。
すべてを見透かされてしまいそうなその視線に居心地が悪くなる。
「まぁいいや。じゃあな」
そう言って、彼は一つにまとめた長い髪をなびかせて演習場を出て行った。
ふっと全身から緊張感が抜けた瞬間、
「あー!甘い!俺当たり!!!」
「げー、残り2本だぞ!!」
「当たったー!!!」
「マジかよ!!あと1本!!」
ポーションで盛り上がる同僚たちに、ため息をつく俺だった。




