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16. 幼い王子と甘い薬

 王宮生活3日目。

 帰るまであと2日もあるのかと思うと気が重くなる。


 念のため職場に連絡をしたいと言ったら、すでに連絡してあると言われた。

 母にもすでに連絡がつけてあった。


 怖い。何なの一体。

 私このまま監禁でもされるんじゃないかしら?

 そんな心配事がどうでもよくなる出来事が、さらに私を待っていた。





「クレアさん、どうぞリラックスしてくださいね」


 上品に微笑む目の前の女性は、カチカチに固まる私に優しい口調でそう言った。


 なんとこのリアディス国の王妃様から、お茶の誘いをいただいたのだ。

 国王陛下はいらっしゃらなかったけれど、緊張でどうにかなりそうだった。


 あぁ、もうどうしましょう。

 どういう振る舞いがいいのかが全く分からない。


 彼女はそんな私に気さくに話しかけ、美味しいお茶とお菓子を勧めてくれた。

 しばらくお話をしていると、王妃様がこう切り出した。


「あなたの薬、本当に驚くほど飲みやすかったわ」


 味見してみたの、と微笑む彼女がうちの母より年上とは思えない。


「それでね、お願いがあるの。私には2人の子どもがいます。上の娘はもう成人しているのだけれど、下の子はまだ4つ」

「存じ上げております」


 確か、王家の姉弟は年齢が離れているって新聞でみた。


「トーマは少々病弱で体が弱いのよ。そして薬もほとんど飲んでくれないの。

 私はね、あなたの薬ならあの子も飲んでくれるんじゃないかと思うの。

 今風邪をこじらせてしまって寝ているのだけれど、

 あの子に薬を調剤してくれないかしら?」


「……私が、ですか!?」


「えぇ。お医者様にも確認をとったから大丈夫よ」


「……でも、そんな、薬局長にお願いした方が……」


 昨日の丸眼鏡の彼を思い出す。


「あの子、フランツのことは好きだけど薬は嫌がるのよね」


 フランツ? あの人フランツっていうんだ。

 ぽやぽや〜っとした笑顔に騙されてはいけないあの人。


「だからお願い。ポーションでいいの。体力をつけさせてあげられないかしら?」

「……わかりました。王妃様の望みでしたら」





 *******





 というわけで私は、この国の王子であるトーマ様の部屋へと案内された。

 正直に言うと、もう偉い人に会うのは疲れた。

 王子が4歳であることが唯一の救いだ。


「クレア様、お待ちしておりました。さぁ、お入りください」


 品の良いグレイヘアの執事さんがドアを開ける。

 王子の広い部屋は日当たりがとてもよい。

 開けた窓から風がそよそよと入りカーテンを揺らしている。


「少し前に王子がお目覚めになられて、スープを少し召し上がったところです」

「そうですか」


 おなかに何か入れられたなら少しは安心ね。

 王子はベッドの横のソファに座ってぼんやりと外を見ている。 


「はじめまして、トーマ様。私は魔薬師のクレア・ベネットと申します」


 挨拶をした瞬間、トーマ様はぱっとこちらを向いた。

 くるりと大きな青い瞳がきらりと輝く。


「クレア……?」


 そう言って私を見たが、すっと表情が変わった。

 え、すごいがっかりした感じですか?


「申し訳ございません。トーマ様の姉君もクレア様と同じ名前でいらっしゃいまして、クレア姫が半年ほど前に隣国へ嫁がれたのです。

 クレア姫ととても仲が良かったので寂しいのでしょうね」


 なるほど。お姉さんじゃなくてがっかりだったのね。

 体調を崩していると、余計に寂しさを感じるものだし、仕方ないわ。

 なによりもまだこんなに小さい子どもなんだし。


「そうでしたか。トーマ様、お姉さまと会えなくて寂しいのですね」


 私がそう言うと、王子がちらりとこちらを見る。


「まずは体を元気にしましょう。元気になったらお姉さまにお手紙を書きませんか?」

「姉上に手紙?うん!書きたい!!」


 ぱぁっと笑顔が弾ける。ものすごく可愛い!


「まずはおくすりを飲みましょう。熱で疲れた体を少し楽にしますよ」

「……でも僕、薬は苦手なんだ」


 顔をしかめるトーマ様に、グレイヘアの執事さんがにこにこと言った。


「トーマ様、このクレア嬢は先日騎士団を救った魔薬師様でいらっしゃいます」


「! そうなの!?じゃあもしかして英雄を救った癒しの女神様?」


 こんな小さな王子様にまでその話が届いていることにびっくりする。

 彼はワクワクしたように、きらきらと目を輝かせて私を見ている。


「……そう言っていただけるのは嬉しいのですが、私はただの魔薬師ですよ」


「でも、騎士団の人達がみんな、癒しの女神の薬はすごい!甘い!って言ってた。僕も飲めるかな?」


「頑張って作りますから、お試しくださいね」    


 私はうなずくと、すぐそばのテーブルに調剤セットを用意する。

 王家の方々にはその場で薬を調剤する決まりらしい。

 薬に何か変なものを混ぜこませないためだという。


 でもちょっと緊張するなぁ。

 メイドさんもトーマ様の護衛騎士もいるし、執事さんもみんな見ている。

 私はふぅっと息をつくと作業を開始した。






「出来上がりました」


 ポーションを差し出すと、トーマ様はキラキラした目で私を見ていた。


「すごいね、すごく綺麗な光だった。フランツもそうなんだけど、癒しの女神様の光はもっとほんわかしてた気がする」


 たぶん調剤の光はみんなおなじだと思う。

 けれど、まだ幼い王子は私を「癒しの女神」として見ているから、そのように見えたのだろう。

 特に否定はせずにっこりと笑う。


 王子はポーションを光に透かしてみたり、色々な角度から眺めていたが、やがて意を決したように「……飲んでみる」と言った。


 ものすごい決断をしたかのような、重々しい口調が逆に可愛い。


 ポーションを口元へ運んでは離し、「うぅ~」「あーちょっとまって」と言ったり、じっと見つめたりすること20秒。(可愛くていくらでも見てられる)


 本気で覚悟を決めたらしい王子は、そっとポーションを飲む。

 一口飲んだ瞬間に、ぱぁっと瞳が輝いた。


「えっ、こんなの初めて飲んだ。美味しい。甘い!」


 そういうと、ごくごくとポーションを飲み干してしまった。

 執事もメイドさんも、みんな驚いてトーマ様を見ている。


「トーマ様が全ておくすりを飲んだ」

「信じられません」


 え、そんなにトーマ様って薬が嫌いだったんだ?

 逆に驚いていると、トーマ様が言った。


「ありがとう!すごく美味しかったよ!

 なんかほわほわって体が柔らかくなった気がする。

 お姉さんは本当に癒しの女神さまだね!!」


 にっこりと眩しい笑顔を見せる王子にきゅんとなった。

 本当に可愛い。昔のルカを思い出す。


「おくすりが飲めて本当に良かったです。ゆっくり休んで早く治してくださいね」


「うん、ありがとう。ねぇ、薬を作る前に口に入れたのってなに?」


 小さな王子の言葉に、私はピシッとかたまった。


「え」

「なんか白い丸いの食べたでしょう?フランツが作るときは食べてないよ。あれが甘い薬の秘密なの?」


 興味津々!という瞳で私を見つめるトーマ王子。


「あー……」


 やってしまった。

 無意識に調剤前のラムネを、いつも通り食べてしまったのだった……まずい。


「あ、あれはそうですね。上手に薬が作れるようにっていうおまじないです」

「えー!おまじない?すごい!きくんだね!」


 無邪気な王子と、微笑ましく彼を見守る大人たち。

 ラムネの件はたぶん怒られないと思うけど、すごくドキドキする。


「また作りに来てくれる?クレア、ちゃん」


 王子は少し恥ずかしそうにそう言った。

 クレアちゃん? 


「あのね、お姉さんはクレアって名前でしょう?

 でも姉上と同じ名前だから、呼び捨てにすると僕がなんだか変な気持ちになるんだ。

 だったらクレアちゃんのほうがいいかなって思ったんだけど、いい?」


 下から覗き込んでくる王子の瞳の可愛さよ。

 可愛すぎて困る。


「い、いいです!嬉しいです。ありがとうございます、トーマ様」

「良かった。クレアちゃん、また薬を作りに来てね」

「はい」

「姉上にお手紙も一緒に書いてくれる?」

「はい。喜んで」


 私がそう答えると、4歳の王子はにこにこーっと笑った。

 癒しの王子様だわ。


クレアちゃん外堀、埋められてます。

もしよかったよ!と思っていただけたら、ぴっと何か反応をお願いします。

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