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11.5話 【ルカ視点】 黒髪の悪魔が生まれた日

 いつ死んでもいい。

 本気でそう思っていた。

 あの日、自分の右腕が使えなくなってから。


 この右手でいる限り、もう何も触れられない。

 うっかり人でも触ろうものなら、全て灰にしてしまう。


 だから、なるべく人と距離をとるようになった。

 自分の意思にかかわらず、人を消してしまうかもしれないという恐怖。

 一人で生きていくと決めたけれど、生きていることにもう意味を見出せなくなっていた。



 俺が呪われた時、黒い魔力を感じたらしい魔術師達が血相を変えて飛んできた。

 俺の右手の甲に赤黒く浮かんだ刻印、白い灰とそれにまみれたローブや装飾品、そしてそばに落ちていた分厚い魔術の本。


 彼らはこの状況を見て全てを悟ったらしい。


「魔術師団長を呼べ!!騎士団長もだ!」

「右手を動かしてはいけない!わかったな!?」

「……早く聖水を!巫女を呼んでくるんだ!!」

「その手に触れるな!とりあえず回復魔法を!」


 あちこちから聞こえてくる怒声のような叫びがどんどん遠のき、そのまま気を失った。


 気づいた時には救護室で寝かされていた。

 体は重だるく、指1本すら動かすのも無理そうだ。

 呼吸器をつけられているらしく、自分の呼吸音がやけに響いて聞こえてきた。


「気づきましたか。よかった」


 丸眼鏡をした男性がそう言ってにこりと微笑んだ。


「気分はいかがですか?……まぁたぶん絶不調ですよね」


 ツッコむ気にもなれずただ黙る。


「今、魔術師団長を呼びますね。寝ていてください。あ、あと動かないと思いますけど右手、使っちゃだめですよ?」


 そう言って丸眼鏡の男は出て行った。


 右手……そう言われると違和感がある。ぐるぐるとなにかが巻き付いているような……

 気力を振り絞り右腕を上げると、包帯と手袋がしてあった。

 きらりと光る糸が縫いこまれており、おそらく何かの魔力を込めてあるもののようだった。


「大丈夫か!ルカ!!」


 部隊長がドアをバンっとあけはなって入ってきた。


「お前に何かあったら、お前のおばあさまに顔向けできん!!」

「……部隊長……」

「とにかく、お前はゆっくり安静にしてるんだ!」

「ほらほら、そんなに大きな声をだしてはいけませんよ」


 そう言いながら入ってきたのは、魔術師団長だった。初めて近くで見たけれど、だいぶ高齢の女性のようだった。


「ルカさん、この度は我が魔術師団の者があなたに大変なご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ない。団長として心から謝ります」


 そう言って美しい所作で頭を下げる。

 そして俺を見ると、息をのんで表情を崩した。


「……まさかこんなことが起こってしまうなんて……本当にごめんなさいね」


 彼女はしわだらけの細い手で俺の頭をそっと撫でる。

 一瞬、2年前に亡くした祖母を思い出してしまった。


「この髪の色……そして瞳……あなたの本来の色が失われてしまったのね……」

「……?」


 まるで意味の分からない俺に、彼女は懐からそっと丸い鏡を取り出した。


「強い魔力で変化してしまっています。色の変化だけのようだけれど……」


 彼女はそう言って俺に鏡を向けた。


「!」


 息が止まる。

 そこに映っていたのは、呼吸器をつけられている黒髪黒目の男。


「……これ……これは……俺……?」

「あなたです。呪いの影響ね」


 彼女はそう言って目を伏せた。

 自分の容姿に特別こだわりがあったわけではない。

 ただ、確実に自分の中にとんでもないものがある、ということを見た目からも突きつけられた。

 ひどいショックに目の前が真っ暗になった。目を閉じる。


 しばらくしてから魔術師団長が言った。


「……あなたの右手は『黄泉の手』という呪いがかかっています。覚えていますか?」

「……はい」


 あの時、あの魔術師が放った魔力が右手にかみついてきた。

 右手が燃えるように熱かった。


「その手を持つものは、命あるものに触れてはいけない、ということも?」

「……えぇ」


 覚えている。この右手で触れた瞬間、彼女が灰になって崩れ去ったのだ。


「あなたに執着するあまりの行動だったようですが、魔術師団の禁書である古代の魔術書を勝手に持ち出し、ことに及んだようです」


 そう、そうだ。

 祖母を亡くし下働きとして働き始めて、しばらくしたころに顔見知りになった。

 少し年上の女だった。

 はじめは知り合いとして接していたが、少しずつ彼女の様子がおかしくなってきた。


 待ち伏せされる、物がなくなる、手紙が盗まれる、毎日見張られているかのような気味の悪さ。

 こちらの精神もおかしくなりそうだった。


 そして、下働きの期間をおえ、騎士団に正式入団となってすぐ、禁書を持って俺の前に現れた。そして……


 熱く、黒く燃える自分の右腕、捕まれた手の女とは思えない力強さ。


 その女は俺の右手に触れた瞬間、ニヤリと笑いながら崩れていった……。


「……俺が、彼女を殺してしまった……」


 部屋が凍り付いたように、静まり返る。


「……それは違いますよ」


 魔術師団長がきっぱりとした声で、沈黙を破る。


「相手を呪うということは自分にもその呪いが跳ね返ってくるということ。あなたは被害者なのよ」


 そういって、魔術師団長はあの女が使った禁書を開いた。


「この呪いについての説明書きを、一緒に確認しましょう」



 彼女はわかりやすく俺に使われた魔術と、その効果や解呪方法までもを説明してくれる。

 しかし、そこに書かれていたのはただただ絶望。


 体じゅうの血が湧いたように熱くなった。

 怒りとショックで頭が割れそうになる。

 呼吸が浅くなり、震えも止まらない。



「……なにか他の解呪方法がないか、私達も全力で探します」


 彼女はそう言ったけれど、そんな言葉は慰めにもならなかった。

 どういう呪いであれ、どういう経緯であれ、もうこの右腕は誰にも触れられない。

 俺の意思に関係なく、命あるものを消し去ってしまうのだ。


 人と距離を置くことにも疲れた俺は、この力を魔物討伐に使うことにした。

 大きくて凶悪なものも、この右手で触れれば灰と化す。

 使うたびに自分の命を削っていることに気づいたけれど、こんな状況で生きていても仕方ない。せめて人の役にたてるならと思いつつ、戦いに明け暮れた。

 呪いの力で戦うということに負い目を感じながら。




 そんなある日、彼女に再会した。


 あの薄暗い森で。

 半分死にかけていた自分。


 まさか会えるとは思っていなかった。

 正直会いたくはなかった。


 呪いで黒く染まった自分を彼女に見せることは絶対にしたくなかった。


 しかし、彼女は黒くなった俺に気づき、生きていることを喜んでくれた。

 彼女の薬は相変わらず甘くて、胸が苦しくなった。


「また会おうね」


 という彼女の叫びに頭がくらくらした。


 会いたい。でも会えば触れたくなる。

 彼女を傷つけるわけにはいかない。絶対に触れない。


 ―――距離をなんとかとるしかない。

 そう決意したとき、自分からいつの間にか「死んでもかまわない」という想いがきえていることに気づいた。

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