最終話 普通の毎日
満月の解呪から三日後――
私とルカは、改めてお世話になった人々に挨拶をした。
まずは、薬局のカウンターで作業をしていた薬局長に声をかける。
「薬局長、これお譲りします」
私が紙袋をそっと差し出すと、作業の手を止めた彼は、中を覗き込んで息を飲んだ。
「こ、これあの古い調剤道具ですね?本当にいいんですか!?」
「はい。カプセルは残り八個だけなんですけど……」
「いいえ!充分です!!ありがとうございます!」
大興奮の薬局長は、小声でつぶやいた。
「カプセルの成分を調べてみれば自分で作れるかもしれません。それに裏ルートで探せばまだありそうな気が……」
「薬局長?」
首をかしげる私にルカが言う。
「深入りしない方がいいと思う」
そこで、いつものスツールに座っていたオーウェン様を見る。
「オーウェン様、鏡どうもありがとうございました!」
「ん。ちゃんと使いこなせたな。大したもんだ。手取り足取り教えた甲斐があるな」
ニヤリと笑うオーウェン様に、何言ってるんですか!とツッコもうとした時だった。
「……冗談でも、そういうこと言わないでくれます?」
冷たく響くその声に、私はびくっとして隣りを見る。
完璧すぎる笑みを浮かべて、ルカがオーウェン様をにらみつけていた。
綺麗な顔してる人って、迫力がすさまじい。
「おいおい、ちょっとしたジョークじゃんかよ。そんなに怒る?」
からかう気満々!という様子のオーウェン様に、ルカは本気で突っかかっている。
「当たり前です。俺、そういうのほんとに許せませんから」
「あー、やだやだ。重すぎる男って余裕がなくてほんとやだよなー。クレアちゃん?」
「え、あー……そう、ですね?」
なんとなく同意してしまった私を、ばっとすごい勢いで振り返るルカ。
隣では、オーウェン様がケラケラ笑っている。
なんとなくの同意は、やはりまずかったらしい。
「ごめん。別にルカのこと嫌って言ったわけじゃ……」
「うん、今さらそこは気にしてないんだけど……」
ルカは小さく頷きつつも、不満げな顔をオーウェン様に向けている。
すると、オーウェン様はさらに言った。
「クレアちゃん、ちゃんと言ってやんな。余裕のない男は、なにしでかすかわかんないぞー」
楽しそうなオーウェン様の様子に、ため息をついたルカは「あー、もう限界」と片手でこめかみを押さえてつぶやく。
「え、なにが?何を?」と慌てる私を制するように、オーウェン様が私の肩にポンと手を置いた。
「一番我慢できないお年頃だもんな~」
「意味が全然違います。俺が我慢できないのはあなたです。クレアに触らないでください。っていうかそろそろ殴っていいですか?」
静かに、でも本気で怒るルカを、楽しそうに見て笑っているオーウェン様。
ルカって結構怒りっぽかったのね、とのんびり思う私だった。
*******
シャロン様に会いに行くと、彼女は私とルカを見て「まぁ!」と声を上げた。
「推しと歩くなんて幸せ過ぎて、明日世界が滅んでしまうんじゃないかと心配になりますわよね!?」
独特の表現に私が返事に困っていると、ルカが頷いた。
「そうですね。明日なら別に滅んでもいいかなって思います」
「ですわよねぇ!!」
わかりあう二人に、私は疎外感を感じつつ、小さな包みを取り出した。
「シャロン様、先日はお世話になりました。結界のおかげで助かりました。
これ、もらいものなんですけど……」
そう言って包みを差し出すと、シャロン様は怪訝な顔をしつつそれを受け取った。
「……!こ、これは……確か半年くらい前にフランツ様が使用されていたあのボールペン!?」
「はい、たまたま私がボールペンを無くしてしまった時に、それを薬局長がくれたんです。そのあとすぐ自分のものを見つけたので、私はそれほぼ使ってません」
「……あぁ……っ!!」
ボールペンを握り締めたまま、シャロン様は膝からがくりと崩れ落ちた。
「!?」
びくりとルカが驚いている。
「こ、こんな尊すぎるものを、たかが結界を張ったくらいで頂けるなんて……!!本当によろしいのですか!?」
「はい、こんなに喜んでもらえて、ただのボールペンも嬉しいと思います」
そう、本当にごく普通のボールペンなのだ。
(ちなみに薬局長がいつも使っているボールペンは、ちゃんとした一級品である)
「ありがとうございます。これは、グッズの一番高い場所に奉りましょう」
そう言って涙をこぼすシャロン様を少々心配しつつ、私とルカは部屋を後にしたのだった。
*******
ルカはというと、本来の自分を取り戻せたことに最初は戸惑っていたようだった。
右手を出すのはまだちょっと抵抗あるのか、長年の癖なのか、無意識に右手を隠そうとしてしまうらしい。
手袋をしないと落ち着かないらしく、たまに見かけるとなんとなくそわそわしている姿がおもしろい。
それでも彼は私を見ると、普通に近寄って話してくるようになった。
そんな彼と私の様子に、メイド界隈は大盛り上がりをしているらしい。
ユイちゃんは私を見つけると、すごい勢いで駆け寄ってきた。
「クレアちゃん!聞いたよ!新作の噂!」
新作の噂、という表現がもう身構えてしまうけれど、ちょっと楽しみだったりもする。
「腹違いの姉弟だと思ってたら、実はれっきとした他人だったことが、お父さんから伝えられたんでしょ!? 『例え姉弟だったとしても、俺達は愛し合ってる!』っていう宣言に、真実を話したお父さん。そして、『黙っててごめんね、私はあなたを孤児院から引き取ったのよ。だからあなた達が姉弟なんてあり得ないことなの。でも、私達は本当の家族だと思って暮らしてきたわ』っていう涙なしでは見られない展開になってるって聞いた!!」
「……ユイちゃん、あの噂がここまでの超大作になったんだね。メイドさんてすごい……映像化されるんじゃない?」
「そしたら一緒に見に行こうねー!」
そう言って笑うユイちゃんにつられて、私も笑ってしまった。
とにかくそんな感じで、私達はなんだかとても温かい目で見守られている。
***********
それからルカと話しているうちに、私の母親の話になったのでルカを連れて、久しぶりに帰ってみることにした。
ドアを開けた瞬間の、母のテンションの上がりっぷりはすさまじかった。
「あらぁ、ルカちゃん!?久しぶりすぎてやだー!めちゃくちゃ男前になってるー!!元がいいから当たり前だけど、きらめきがやばいわねー!」
娘よりルカ。
昔からルカ派なので仕方がない。
母にとってルカは五年ぶりの再会なのだ。
私も、呪いのないルカとこのテンションで再会したかったな、と密かに思ってしまう。
「お久しぶりです」
「クレアが急に転職なんていうから心配してたけど、やっぱりルカちゃんがいたからなのね?もー、隠さなくてもいいのに。っていうかルカちゃん、なんでずーっと連絡くれなかったの?うちの息子になってくれるって言ってたのに、全然連絡くれないから、諦めてたのよー」
「ちょっとお母さん!」
「あの約束、まだ生きてるなら全然息子になります」
「ちょっとルカ!?」
「末永くよろしくね、クレア」
「あらぁ!まぁまぁ!」
堂々と息子宣言するルカに、母がニヤニヤしながら私を見てくる。
「まぁとりあえず入って入って!色々話しましょうよ。ねぇ、黒髪の英雄のこと知ってる?聞かせてほしいわねぇ!最近話を聞かないから、ちょっと心配してるんだけど……でもやっぱり今のルカちゃんみたら、黒髪の英雄もカバになっちゃうかもねぇ」
「カバ?」
首をかしげるルカに、私は「うん、ごめん。お母さんの表現独特だから」と答える。「バラとカバ」の例えをまだ使う母に笑ってしまう。
「バラもカバも、同じだったんだけどね」と小さく付け足す私を母は「なに?」と振りかえるのだった。
実家からの帰り道。
私達は久しぶりの道をのんびりと歩く。
「なんか信じられないなぁ。私がここにいたのって、ほんの三か月くらい前なんだよ?」
「三か月で俺の呪われた三年間を解決したって……ほんとすごすぎるよね」
「濃い日々だったなぁ」
「もう戻りたくない日々だ」
心の底からのセリフに、私は思わず笑ってしまう。
「クレア、ここに戻るの?」
「え、あー。全然考えてなかったなぁ。ここも好きだけど、今はあの場所が大事だし、ルカもいるし」
「ふぅん。そういうこと言ってくれるんだね?」
にこりと微笑まれて、急に恥ずかしくなる。
「俺はどっちでもいいな。騎士団やめても」
「なにそれ」
「え?だから、この町に戻ってきてクレアと何か始めるのもいいなって」
「……何を始めるの?」
「薬屋とか?俺が素材取ってくるからさ」
「おもしろいかもねぇ。でも、のんびりした街だから、あんまり薬の需要がないんだよね。お城の方が魔薬師としてのスリルはあるかも」
「スリルを求めるタイプになってしまったか……さすが破天荒」
「ルカのせいだよ。私それまでは、全然普通の魔薬師だったんだからね」
「もう普通じゃないよね。万能薬作っちゃうすごい魔薬師だ。そう考えるとちょっともったいないか。クレアの薬で助かる人、たくさんいるだろうし」
そう言って考え込むルカ。
私のことを素直に認めてくれていることも嬉しいし、彼の今後の中に私がいると思ってくれていることも嬉しい。
「そんな急ぐこともないんじゃない?ゆっくり考えれば」
「そうだね、もう月の満ち欠けに怯えることもないし、とりあえずはのんびりやっていこうかな」
そうだ。
もう自分のペースで好きなようにすればいい。
当たり前の日常が、やっと手に入ったのだから。
「なんにも気にせず、好きなことを自由にできるんだからね」
私がそう言うと、ルカは幸せそうに笑った。
「そうだね。こうやって隣に普通にいられるのって……本当に幸せだ」
ルカの右手が、私の手に触れる。
お互いのぬくもりを感じながら、ぎゅっと手をつないで歩いて行く私達。
大好きな人と、普通の毎日を歩めるのは、本当に奇跡なんだなと私は幸せな気持ちになった。
お読みいただきありがとうございました!
無事に完結いたしました。
楽しんでいただけたならば幸せです。
だいぶ路線が違いますが、スピンオフ的なお話あります→「才能を恋に全振りするポンコツ美少女は、今のところ全て空振ってます」
お時間があるときにでもどうぞ。




