9.黒髪の騎士との出会い
次の日。
仕事が休みなので、森林浴を兼ねて薬草を取りに来てみた私。
薬を作るのが私の仕事だけれど、半分趣味にもなっている。
今日は自分好みの香りをつけたハンドクリームでも作ろうかなと思い、材料を集めようと考えている。
天気もよく気持ちがいい。
私はうきうきしながら、秘密のお気に入りスポットへ向かった。
近くには綺麗な小川が流れ、色々な種類の薬草がとれるので調剤するにはぴったりなのだ。
しかし、そこへ向かう途中でなにやら様子がおかしいことに気づいた。
ざわざわと人の声が聞こえ、あわただしく走り回っている人もいる。
「……人が倒れてる?」
見ると、あちこちでばたばたと人が倒れていたのだ。
人だけではない。
森の木々が倒され、焼かれたように焦げている部分もある。
そして、とても嫌なにおいが辺りに立ち込めていた。
奥の方には大きくて白い山のようなものがあり、そこに人だかりができていた。
驚いて立ち尽くす私の元へ、ひとりの男の人がこちらへ駆け寄ってきた。
「この辺りに薬局はありませんか!?」
すごい剣幕で聞いてきたその人は、あちこちケガをしているようで、泥や血で服も顔も汚れていた。
胸に王国騎士団のバッジをつけている。
「薬局はあるのですが、今日はお休みなんです。どうしたんですか?」
「魔物の討伐帰りにこの道を通ったところ、別の魔物に襲われたのです。
ここでの魔物の討伐に成功したのですが、先日から続く戦闘で薬が底をついてしまって……」
彼はそこまで言って、顔をしかめながら辺りを見回す。
「負傷者もまだまだ多く、城からの救援部隊がこちらに向かっているようですが、今すぐなんとかしなければ助からないものが出てきてしまう。
国の英雄が命を落とすようなことがあってはならないというのに……」
思いもしない言葉に息をのむ。
「英雄?」
「一番危険な状態なのは彼なんだ。なんとかしないと」
ひげのダンディな騎士はそう言って頭を抱える。
英雄ってあの新聞に乗ってた満月の英雄のこと?
もしかしてこの間の新聞に載っていた魔物退治をしていた人たちなのかしら?
衝撃を受けつつも、私は倒れている人々をざっと見回した。
「応急処置しかできませんがお手伝いします。
傷薬とポーションでいいですか?毒の症状はありますか?」
「毒の症状はないが……あなたは?」
「私は魔薬師です。今ここで薬をつくりますね」
怪訝な顔をするダンディな騎士に、普段持ち歩いている魔薬師免許を見せると、彼は目を見開いた。
「なんという奇跡……!よろしくお願いします!できることがあればお手伝いいたします!!」
「傷薬は10名分ほどならすぐできます。それから今一番必要な方にこれを。ポーションです」
私は昨日作ったポーションを差し出した。
作りすぎてしまい狭い店内に置けなかったので、調剤カバンのなかにとりあえず1本入れておいたのだ。
ダンディ騎士は感激したように息をのんだ。
「ありがとうございます。うごけるものをすぐ手伝わせます!」
彼は周りのの騎士たちを呼び集めた。
すぐに数名の騎士たちがやってくる。
「ポーションを作りたいのですが綺麗な水はありますか?」
「飲み水ならばなんとか」
「ではそれをお願いします。申し訳ないのですが、ポーション用の精製水ではないので、効果は少々落ちるかもしれません。すぐにきちんと手当を受けてください」
「わかりました」
飲み水を取りに行ってもらっている間に、持っていたシートを広げ、調剤バックを開ける。
ハンドクリームを作るつもりだったから、そこまでの用意はないけれど、ストックしておいた魔力カプセルを使えばポーション30本分くらいなら作れそうだった。
もし足りなければ、傷薬に使えそうな薬草を探すしかない。
そんなことを考えていたら、ふと視界にふらりと一人の騎士がやってくるのが見えた。
左手に水の入ったボトルを抱え、体を引きずるようにしてやってきたその人は、どう見ても重症患者だった。
右手には包帯をぐるぐる巻きにしており、その包帯もおかしな色に染まっている。
血まみれなのか、なんなのかよくわからない色。
この人の状態は「動ける人」としてカウントしていいのかかなり謎だ。
彼は水の入ったボトルを持ってぼんやりとこちらを見ている。
「あ、すみません!お水ですね?ありがとうございます!」
立ち上がって彼から水を受け取る。
その時に彼が本当に傷だらけであることがわかった。
服はボロボロで、あちこち血がにじんでいる。
黒髪には粉のようなものがかかっており、角度によってはきらりと光って見えるけれど「きれい!」というのではなく「死闘を乗り越えました」的な感じがする。
黒い瞳もうつろで「ただなんとか生きている」という状態のように見えた。
「すぐにポーションを作るので座って待っていてください」
「……いえ、大丈夫です。水を持ってきます」
そう言って来た道を戻ろうとする。
いや、無理でしょ、今にも倒れそうだし、どうしよう、無理に座らせていいかしら?
そう思ってみていたら、彼ががくっと膝をついてしまった。
「座ってください。すぐ作りますから!動きたいならポーションを飲んでからですよ」
「……わかりました」
そう言って態勢を変えようとしたので、私は体を支えようと彼の腕を取ろうと手を伸ばす。
その時だった。
ボロボロの体とは思えない速さで、彼が身を引いた。
険しい表情で右腕をおさえている。
「……え」
びっくりして固まる私に、彼は小さく息をついた。
「……すみません。触らないでください……痛むので……」
「そうですよね、すみませんでした」
顔を伏せながら言う彼に謝る私だったけれど、あの避け方は痛むとかそんな感じではなかった。
だって痛みがあるならあんなに素早く動かせるわけがない。
心底触ってほしくないという感じだ。
気まずい空気が流れる中、彼はすぐ近くの木にもたれかかるように座った。
そしてそっと目を閉じる。
えぇと、大丈夫かしら?あの人死なない??
なんとなく不安になったので、私は調剤カバンから青い蓋のクリームケースを取り出した。
「あの、これ私物なんですけど傷薬です。もしよければ使ってください」
すると黒髪の彼がそっと目を開けた。
目を開くことすら辛そうなんだけど、なんだろう。
なんかやけに色っぽいし、よく見たらまつ毛も長い……。
いやいや、それどころじゃないわ!
ポーションを作ったら、まずこの人に飲んでもらわないと!
差し出した傷薬に、黒髪の彼はゆっくりと視線をあげる。
「ケースは古いんですけど、中身は作ったばかりなので大丈夫です」
ぼんやりとした様子の彼に傷薬ケースを押し付けると、彼はしばらくそれを見つめていた。
私の言葉が届いているのかもわからない。
そう思っていたけれど、急に彼は驚いたように息をのんだ。
「何かありました?」
びっくりして声をかけると、彼はゆっくりと私を見る。
じっとこちらを見つめる黒い瞳は、先ほどとは違いほのかな光が宿っている。
しかし、その奥には私を捉えて離さないような強い意志を感じた。
思わず見つめ返すと、彼は何かを言いたげに小さく口元を震わせる。
その時、ダンディな騎士が先ほど私が渡したポーションを手にやってきた。
「ここにいたのか!探したぞ!!」
そう言って、座り込んでいる黒髪の彼にポーションを無理やり飲まそうとしている。
思った通り、彼が一番の重傷者であるということだ。
つまり、彼が満月の英雄。
世間でも有名な黒髪の悪魔だ。
英雄と言われる人がこんなボロボロになって戦っているとは思わなかった。
命を懸けて戦っている、というのがよくわかり切なくなる。
「あの、あまり無理やり飲ませると気管に入りますから」
私がそう言ってダンディ騎士をとめると、彼ははっとしたように手をとめる。
「すみません、そうですね。こいつがあまりにも無茶をするんで腹が立ってまして。
毎回自分の命を投げ出そうとする。心配する身にもなってほしいもんです!ほんとにいい迷惑なんですよ!」
「自分で飲めるな?」そう言ってポーションを黒髪の彼に握らせると行ってしまった。
心配のあまり怒るダンディ騎士は、きっと良い人なんだろうとは思うけど……。
私はそっと座り込んだままの黒髪の彼を見る。
「あの……お手伝いします?スポイトもありますけど」
「いえ……大丈夫です」
彼はそう言ったまま、手元のポーションを見つめた。
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