第09話『港町オルレオ』
昼下がり。ひとりでに閉まる門を背に、シャロは組んだ手を頭に置いて嘆息した。
「なんでウチが荷物持ちに……そういうのはギルの役目でしょ?」
「言っとくが俺も、自由にこき使える雑用係じゃねェぞ」
隣から釘を刺すのは、面倒そうに目を細めるギルだ。2人は、マオラオに選出された荷物持ちだった。偶の休日を潰された被害者とも言う。
何故この人選なのかというと、マオラオ曰く『買い物の仕方を教えるため』らしく――。
「初めておつかいする子供じゃないんだからさー」
「あんたらはそれより酷いねん。この前のこと忘れたんか? 8日前やっけ、なぁシャロ。あんたウェーデンの骨董屋でホンッッッマに要らんもんばっか買うて、オレがついとらんかったら、今頃その辺で野垂れ死んでどったで?」
「うぐ」
居た堪れなさそうに首をすくめるシャロ。マオラオは『あんたも』とギルに人差し指を突きつけ、
「あんたのことは見てへんけど、なんやえらい食費かけてたらしいなぁ!? 何をなんぼ食ったら5日で予算20万が消えんねん! ジュリさん頭抱えとったよ!?」
「えーっと、最初の夜にステーキ6枚、スープ8杯……」
「へーーッタクソ! ヘタクソ! ハァ~~ええか、オレがきちんと、手本のような買い物を見せたるからな!」
小さな足で地面を踏み締め、ドタドタと問題児を先導するマオラオ。そうして3人は、最寄りの街に続く紅葉の並木道を歩き始めた。
*
港町オルレオ。それが、戦争屋『インフェルノ』が縄張りとしている、大東大陸の最西端に存在する町の名前である。
小高い山に囲まれ、海を臨む小さな土地で、港には多くの貿易船や漁船が停められている。付近には露店も並んでおり、国内外の品物が圧迫するメイン通りは、朝から晩まで人が絶えない人気スポットだった。
山の斜面に並び立つ、白を基調とした石の家々は壮観で、絶景の観光地として知られる町であった。
特産品はオレンジとエビ。ちなみにこの町だとエビは、オリーブオイルとニンニクで煮込んで食べるのが主流だ。
ごねつつもなんとかやってきたギルたちは、今日も今日とて賑わうメイン通りの人波をかき分ける。と、
「あ、ウチあれ気になる!」
いらない小物に惹かれがちな、シャロの物欲がさっそく上昇。何やら小瓶に興味を持ったようで、吸い込まれるように露店に近づいていった。
「ねぇ、『水が尽きない小瓶』だって! 本当かな?」
「そうなんじゃね? 能力者が作ってるとか。だとしたら高そうだな」
「5000ぺスカだって。うーん、本物ならすごく安いと思うけど……試しに触らせてもらいたいなあ」
完全に店の前で立ち止まり、腕を組むギルとシャロ。それに気づかず進んでいたマオラオが、気配の消失にパッと振り返り、
「あっ! 早速なんか買おうとしとんな!?」
慌てて視界に入り込むと、両腕をぶんぶん振り回して、品物に向けられた視線を遮ろうとした。
しかし彼の背丈ではシャロはともかく、30センチ離れた身長のギルを邪魔することが出来ず、それどころか米俵のように担がれてしまう。
「うわっ、何すっ……」
「よーしマオラオくん、高い高ーい。さ、シャロ行け」
「サンキューギル。いっちょ買ってくるね!」
「あぁぁーーーっお前らーーーー!! くそっ、離せ) オレはアイツの浪費癖を治さなあかんねん! くぅぅっ……ここが人通りのない場所やったら、お前に1発ぶちこんで脱出したのに……」
じたばた暴れるマオラオは、奇異の目にさらされて抵抗を諦める。その間にシャロはぐんぐん離れ、露店の商人に話しかけてしまっていた。
「アイツ……今はオレらがおるからええけど、独り身なったとき絶対破産するやろ……」
「ンっで今からアイツの独身生活を気にしてんだよ。気持ちィ。つか、俺らの場合独り身になれるかもわからねェだろ。現状、牢獄か墓場でじめじめハッピーライフの2択だぜ?」
「それは、まぁ、そうやけど……」
「そもそも、テメェが面倒見てやればいい話だろ。シャロのこと好きなんだし。せいぜい80年苦じゃねェよな?」
「――は!?」
瞬間、マオラオはのぼせたように紅潮する。その後小刻みに震え出し、
「い、いつの話やねん、それ……たたた、確かに昔はなんも知らんかったし、可愛い女の子やなぁ〜〜とか思っとったけど! べ、別にシャロに惚れとるわけじゃ、う、うう……やめーやそういうん! 本人に聞かれとったらどないすんねん!」
「その真っ赤なツラと早口で、よく惚れてないって言えたな」
目を回すマオラオを地面に下ろし、呆れたように肩をすくめるギル。
実はマオラオ、過去にシャロへ一目惚れをした面食いなのである。シャロが男と知ってからは葛藤があったそうだが、この様子を見ると割り切れていないようだ。
と、マオラオを惑わせる元凶が、無事に買い物を終えたらしい。愛らしい顔をニマニマ歪ませて、小さな紙袋を手に帰ってきた。
「聞いて聞いて! 露店商のオッチャン、ウチの麗しいお顔に免じて2000ペスカもまけてくれたんだよ! ……って、どうしたのマオ。顔すごいことになってるよ?」
「ハァ!? チビ!? こ、これから伸びるっていつも言うとるやろ! それより早よ、必要なもんの買い物せんと、なぁ? ギル……」
聴覚にバグを起こしながら、早歩きで雑踏に消えていくマオラオ。それを見たギルは噴き出すのを堪え、シャロは眉をひそめながら、その背中を追いかけていくのであった。
*
夕方。マオラオはチェック欄を埋めると、メモ帳を袂にしまい込んだ。
「これでよし、っと……ふふ。遠征に必要なもんも、個人的に欲しかったもんも買えたし、フラムのおつかいまで果たせて満足や」
膨れたカバンを撫で、満ち足りた表情のマオラオ。しかし名前を呼ばれて我に返る。振り向くと声の主はギルで、彼と隣のシャロの腕には、野菜が詰まった紙袋が抱えられていた。
「流石にこれ以上持てねェぞ。あとの2つはお前が持ってくれ」
ギルが顎で示したのは、足元に置かれた紙袋だった。それぞれ1週間分のトマトとじゃがいもが詰まっている。
「あぁ! すまん。今持つわ」
マオラオはカバンの膨らみを後ろに回し、左腕にトマトの、右腕にじゃがいもの袋を抱える。が、
「ぉぎゃーーッ!?」
想像を超えた重量に悲鳴を上げ、取り落とすに近い勢いで紙袋を戻した。
「お、重!? オ……オレがこの程度の荷物を持たれへんとは……待て、オレ最後にまともに動いたの何日前や……?」
「あ~、そういえばマオって、運動の影響が出やすいんだっけ」
「鍛えたらすぐムキムキになるけど、ちょっと休むとすーぐ人並み以下になるって言ってたよな。最近モニター室にこもってるから、弱っちくなっちまったんじゃねェのか」
「やかましい! あの部屋は仕事でこもってんねんぞ! 誰が好んで入るか、あない暗くて静かで画面以外なんもあらへん部屋。……とにかく、屋敷戻ったらすぐに運動するとして……問題は、どうやって徒歩30分の屋敷まで持って歩くかや」
少し離れたところにある、森の奥深くへと続く1本道を見て、汗をひと粒流すマオラオ。
荷馬車をよこしてもらうか、いや連絡手段がない、でも往復するのは面倒くさい――と、3人で知恵を絞ろうとしていたそのときだった。
「あ、買い物終わったんスか?」
突然、背後から気怠げな声がして振り向く。いつのまにか少年が、パーカーに両手を突っこんで立っていた。
「あっクソガキ!」
「ペレットです。1文字も合ってないっスよシャロさん。……ところで、見たところ俺の助けが必要そうですけど、口の利き方には気をつけたほうがいいんじゃないっスか?」
ちょい、とペレットが大量の荷物を指さすと、シャロはその足元にスライディング正座をして、
「クソガキ様、あ間違えた、ペレット様助けてください! クソ、あまた間違えた、ペレット様の能力をウチらに使ってください!」
「ハァ〜~全然だめっスね。ちょっと、シャロさんにお手本見してやってくださいよ」
「おちょくってんと早よ使えやペレット様〜」
「右に同じくですペレット様〜」
「反抗しないと気が済まないんだなあんたらは」
ペレットは額を押さえて溜息をつくと、並んで正座するシャロたちを見下ろし嘲笑する。
「はぁ……素直に頭下げときゃよかったのに。これはあんたらが選んだことっスよ? 俺はもう関与しませんから、せいぜい頑張ってくださいね?」
パッとその場から消えるペレット。取り残された3人は、瞬間地面を殴りつけた。
「――ッの野郎ォ! ふざけてんとちゃうぞ!」
「ウチが下げた頭にいくらの価値があると思ってんだ~!?」
「朝探してもどこにもいねェと思ったらガキがよォ!」
周囲の注目を集めながら、罪なき地面に八つ当たりをするギルたち。結局振り出しに戻ってしまった。さて、どうやって持ち帰ったものか。再び考えていると、今度は本物の救世主が現れた。
「おや? どうなさいました? 戦争屋の御三方」
「オッチャン!」
見上げるとそこには、シャロが小瓶を購入した露店の商人がいた。荷馬車の御者台に乗り、ギルたちを不思議そうに見下ろしている。マオラオが事情を説明すると、露店商は少し考えて頷いた。
「ふむ。では、よろしければ私が皆さんをお屋敷にお送りしても?」
「えっ、いいの……んですか!?」
「えぇ。普段から戦争屋さんにはお世話になっていますし。その恩返しだと思ってくだされば」
微笑む露店商に呆然とするギルたち。初めて人の優しさに触れた野良猫の間の後、遅れてワッと盛り上がると、露店商を囲んで囃し立て始めた。
肝心の『お世話』が何なのかはわからなかったが、おそらくジュリオット辺りが商売に関して、彼にアドバイスをしていたのだろう。
あのセルフヤク漬け社畜眼鏡は、あれでいて商才があり、いろんな商人に恩を売っては人脈を広げているのだ。
そうして長いこと囃し立て、露店商から『少し恥ずかしいのですが』とお言葉をいただくと、3人は荷馬車に乗せてもらい、無事に屋敷へと帰還した。




