第08話『キャッチ&リリース』
顔から血の気が失せたジュリオットは、なおも冷静に視線を走らせる。
「ここからは襲撃当日の内容です。シャロさんとギルさんに撹乱してもらっている間、私とペレットくんは城の地下と繋がる廃教会を訪問。国王アルベートと遭遇し、設計図のありかを聞き出しました」
「そのあと、シャロちゃんが王様をぶっ殺してー」
「そこに設計図を持った俺が合流して」
「ウチら、ぜーんぶほったらかしで帰ってきたんだよねー」
説明役のジュリオットを無視して、漫才のようなテンポで完結させるギルとシャロ。すると、フィオネが形のいい眉の間を押さえた。
「わかってる? 『処理班』からクレームをもらうの、主にアタシなんだけど……はあ、また今回も『遺体がぐちゃぐちゃで身元特定できないんだが』『何個瓦礫を撤去させる気だよ!』って言われるんでしょうね」
「ハッ、言わせておけばいいさ。俺らは壊す、アイツらは回収するのが仕事だろ。それに、向こうも出来るやつが揃ってんだ。口で言うほど苦にしてねェよ。それより、昨日渡した設計図はどうなったんだ?」
「ああ、ペレットに捨ててもらったわ。古代の機械に興味があるって言って、ちょっとの間眺めてたみたいだけど」
フィオネの言葉で、全員の視線がペレットに集まる。ペレットはへらりと笑った。
「だぁいじょーぶ、きちんと捨てましたよ。でも、なかなか面白かったっスよ、あれ。文字が読めないんで、詳しいことまではわかりませんでしたけど……図面はしっかり描きこまれてるし、現代じゃ見ない設計だし。読んでて楽しかったっス」
「あぁ、マジで捨てちまったんだ。せっかく手間かけて奪ったのに」
「まぁ、持ってても解析には時間がかかるし、製作者さえ手放そうとした危険物だもの。所持するメリットはもちろんあるけど、デメリットのほうが大きいと判断したから。心を持たないものはかえって動かしにくいしね、仕方がないわ」
「報われねェな〜?」
肩をすくめるギル。設計図のために1度死んでいる彼は、投げるように椅子にもたれかかった。
*
こうして反省会は終わりを迎えた。朝食もほとんど食べ終わり、お開きのムードが漂う中、フラムがぱたぱた食堂とキッチンを行き来している。しかし、まだ誰も席を外すことは出来なかった。
「それで、今度の遠征の話なんだけど」
進行役を取り返したフィオネが、両手の指を組んで机に身を乗り出す。
「次は、3日後ね。場所は大北大陸の『アンラヴェル神聖国』。教皇領国家――つまり、教皇が治めている宗教文化の強い国よ。最近、その国のある情報を手に入れたの」
以下が、フィオネの話の要約である。
まず、アンラヴェル神聖国を治める教皇一族の人間は、代々20歳になるまで女神セレネの声を聞く力を持つとされていた。真偽はともかく、昔から人々は、その子供たちを崇めて『神子』と呼んでいたらしい。
しかしおよそ40年前に生まれた神子を最後に、新しい神子の誕生は発表されていなかった。
そこに事件性を見出したフィオネは、アンラヴェルに集中して情報収集を行い、以下4つの情報を手に入れたそうだ。
①40年前に生まれた神子より後にも、神子は生まれていること。
②だが、その存在は世間から隠されていること。
③隠されている神子が、『洗脳』の特殊能力の持ち主であること。
「そして最後――その力を使って、アンラヴェルに戦争を促そうとしてる人物がいることよ」
以上、と報告が締めくくられると、頬杖をついたシャロが目を瞬かせた。
「誰が? 何が目的とかはわからないの?」
「ええ、これ以上は。けど、アンラヴェルは穏健かつ中立の非戦争国。何かの理由で争いを起こしたいけど、立場上クチを出せない教皇一族の中に、教皇や国民を洗脳してでも……って考えの人間がいるんでしょう」
「ふうん」
横髪を指に巻きつけながら、ひとまず納得したような顔のシャロ。今度はペレットが口を開く。
「俺らが今回出張る理由はなんなんです?」
「簡単な話よ。あの国には宗教的な理由で発禁されて、回収された書籍や論文が山ほど隠されているんだけど……戦い慣れていないから、防火対策も移送準備もおろそかになってるでしょうし、なるべくあの国に戦争してほしくないのよね」
「それ、戦争屋というかあんた個人の目的じゃないっスか」
「んー、具体的には何しに行くの? 教皇って人に直接会って、『おたくの神子さん狙われてますよー』って言いにいくとか?」
「詳しい話は後でするけど……まずは、『神子』のいる宮殿に使用人として入って、神子を誘拐して宮殿の様子を見てもらうわ。ターゲットの不在で焦って、容疑者が本性を現したら潰す。そして神子を元の場所にリリース」
すると、ガーリックトーストを大きくかじって、ギルが鋭く追求した。
「でも、国の中心にいる連中は『神子』の存在を知ってるんじゃねェの? 急にいなくなったら、知ってるヤツ同士が疑心暗鬼になって、それこそ内乱が起きるきっかけになるだろ」
「いいえ。絶対ではないけど、『教皇もしくは国民全体が洗脳される』以外の線で戦争が起こることはないわ。ずっと平和だった国で、戦争を起こすのは難しいの。みんなやり方がわかってないし、発端だと知れたら総叩きになるから」
リップを塗った薄紅の唇で、知略をちらつかせた意味ありげな弧線を描くフィオネ。歌劇団の俳優並みに端正で彫りの深い顔立ちの彼は、悪役顔がたいへん様になっていた。
「ふーん。で、遠征メンバーは前と同じなのか?」
「ええ、そうよ……って言おうと思ったんだけど」
フィオネはちらりと紫紺の目を向けた。
視線の先では、説明仕事を終えたジュリオットが座ったまま天を仰いでいた。すっかり開いた口からは、昇る魂の幻覚が見える。当分は難易度の高い仕事をするのは不可能だ、と傍目に見てもわかった。
哀れみの眼差しで見やって、『どうしよう』と顎をつまむフィオネ。沈黙が降りる食卓に、ある人物が身を乗り出した。
「やったら、オレが代わりに行こか!?」
戦争屋の『監視課』担当・マオラオだった。
焦げ茶色の髪に紅玉のような赤い瞳を持ち、地方の民族衣装である深紅の着物と、膝丈の黒い穿き物をまとう少年だ。ウェーデン襲撃時にシャロをサポートしていた、無線機の通信相手でもあった。
16歳にして身長152センチの数値を持ち、筋肉質ではあるが全体的に華奢。フラムと属性被りの童顔も相まって、小動物的な印象を受ける人物だった。が、
「まぁ、別にオレも元気ちゃうんやけど……ジュリさんよかマシやし、もし荒事になっても戦えるし」
何より印象に残るのは、その喋り方であった。いちおう彼も他のメンバーと同じく『北東語』を喋っているのだが、出身地の言語と混じっているのか、独特な発音や言葉選びをするのである。
なんとなくニュアンスが伝わってしまっているので、本人も周りもあまり彼の状態を問題視しておらず、そのためそれが矯正される予定はなかった。
「いいの? 助かるけれど、変に乗り気ね? マオラオ」
「だって、屋敷残っててもモニター眺めてるだけやん! いや、大事な仕事なんはオレもよ〜〜わかっとるけどな? 流石にしんどいなー思て、ハアアアァァァァ〜〜〜ッ……」
デカい溜息を1つ。座ったままくいっと腰を捻ると、背もたれを抱きしめて突っ伏した。小さな背中に哀愁が漂う。フィオネは思わず苦笑して、
「じゃあ、ぜひお願いするわ。けど、遠征まであと3日しかない。あまりゆっくり出来ないから、あとで誰か2人くらい連れて、必要なものをひと通り揃えてくるといいわ。費用は後で渡しましょう」
「ええんか!? ありがとう、わかった!」
首が取れる勢いで振り向いたマオラオは、満面の笑みで頷いた。晴れ晴れとした笑顔だったが、労働からの解放による産物と知ると、途端に悲しく見えるのだから不思議である。ギルはぼんやり眺めていた。
「じゃあ、これで一旦終了ね。わからないことがあれば、あとで聞きに来てちょうだい。最終確認が2日後の夜にあるから忘れないように。解散」
反省会は、フィオネのその言葉をもって締めくくられた。




