第10話『殴り合え遠征前夜』
2日後の夜。戦争屋のメンバーは、再び食堂に集まっていた。といっても、料理にかかりきりのフラムが不在のため、席についているのは反省会よりも少ない6人だが。
テーブルには遠征前の景気付けに、少し豪華な前菜とスープが並べられていた。
「食べながらでいいわ、全員耳を傾けて。明日からの遠征について、改めて確認するわよ」
今回も主賓の席に座り、ノートを開いたフィオネが、紫紺の目で達筆な文字を辿る。
「まず遠征メンバー、これはギル・シャロ・ペレット・マオラオの4人ね」
「はぁ……改めて聞くと、めっちゃ気ぃ重たなるメンツやな……」
華奢な肩をすとんと落とし、マオラオはオニオンスープをひと口含む。
「というか……みんな普通に受け入れとるけど、今回やるのって誘拐やろ? 戦いとか全く関係ない子供の。あんま気ぃ進んでへんねんけど、オレだけなん?」
「エェ? 殺人に窃盗、経歴詐称、海外逃亡――既にこれだけやってて、子供の誘拐程度に気すり減らしてんスか? マオラオくん。一周回ってサイコパスっスよ」
「あぁ? 誰がサイコパスじゃ」
「つか、良心の話とかし出したら分が悪いのはマオラオのほうだろ」
「ねー。特に殺し方? 人の心がある人のやり方じゃないよね~。ウチやギルは基本即死だけどさ。マオの殴殺は意外とすぐに死ねないし……たまに、そばで聞いててゾッとするよ。マオの様子もなんだかコワイし」
とは言いつつ、呑気にりんごのサラダを頬張るギルとシャロ。言い返そうと身を乗り出すが、うまい言葉が見つからなかったのか、マオラオは悔しげに目を閉じて椅子にもたれた。
咀嚼の音だけがする時間が続き、ふとジュリオットが口を開く。
「もしマオラオくんが、『神子』の誘拐に抵抗があると言うのなら――私から1つ、アドバイスをしましょう」
「え? なに急に」
「あらゆるパターンを算出するんです。私たちが誘拐した世界、しなかった世界。それぞれで神子の身に起こる不幸を。すると、神子にとって誘拐が最も安全なルートだとわかります。少しだけですがきっと……自分の行いを信じられるようになる」
そう口にしたジュリオットの瞳は、遠いどこかを見つめていた。まるで、経験したことがあるかのような口ぶりだった。
みな彼の過去など知らないが、薬学なんて分野に精通した人間である。元は絵に描いたような善人だったのかもしれない。とすれば、戦争屋の行いに疑問を抱く日もあったのだろう。
そして、その度にあらゆる可能性をシミュレーションし、彼は自分を信じてきたのだ――とは思ったが、今のジュリオットが打算まみれの陰湿ヤク中であることに変わりはなかった。
「ジュリさんが言ってもなァ〜」
1COMBO!
「いっつも格好つけてるけど、大体キマってないよねー」
2COMBO!
「売れない啓発本みたいで痛々しいっスよね」
3COMBO!
続々とナイフを突き立てるギル・シャロ・ペレット。思いのほか冷めた反応に、ジュリオットは紅潮する。
「えっ、なんですその反応!? わ、私は真剣に……」
「ふっ……オレは、ふふ……っ、かっこええと、おも、思ったから……っ。ククッ、安心してや、ジュリさん……ふふ、はははっ……」
傷心のジュリオットを、唯一慰めようとしたマオラオも、笑みを堪えきれずテーブルに突っ伏す。方がぴくぴくと揺れていた。
4COMBO! K.O!
「ウッ……」
「あーあ、またジュリオットが死んじゃった」
咎める様子もなく、苦笑するフィオネ。瀕死の心にとどめを刺され、魂が抜け出たように頭を垂れるジュリオットを、本気で慰めてやる者はこの場にはいなかった。
*
小休憩を挟んで、肉体に魂が戻ってくると、まだ顔を赤らめたジュリオットが大きく咳をした。
「んッゔん! それで、確認の続きですが……今回の潜入は、変装をして行ってもらいます」
「変装? 何の? 教皇さんが住んどるところって言ってたし……その宗教の装束とかか?」
マオラオが首を傾げると、ジュリオットは眼鏡を押し上げ不敵な笑みを浮かべた。大体ろくなことにならないときの前触れのモーションだ。先程は優勢だった悪ガキ4人が、出来たてのハンバーグに舌を火傷しながら『うわ』と顔をしかめた。
「貴方がたが今回なりすますのは、宮殿の雑務をこなす女性の使用人……つまりメイドです。下っ端の」
「……は!?」
「必要な服や小物は手配してあります。とはいえ、細部のサイズ直しが必要になるでしょうから、早速これから試着にいきましょう」
いきいきと席を立つジュリオット。遠征メンバーの反応は嬉々と嫌悪に分裂していた。説明するまでもないが、シャロが前者でほかが後者だ。
いつになく青白い顔をしたペレットが、王様に伺いを立てるように上目遣いをした。
「えっと、あの……純粋に疑問なんスけど、何のために女装を? 男の人はいないんスか?」
「いい質問ですね。実はきちんと理由があります。今回潜入する宮殿……それを擁するアンラヴェル神聖国は、職を失った他国からの流れ者が多いことで有名なんですが……」
女性は宮殿の雑務をこなすメイドとして。男性は宮殿や街を守る『聖騎士』として、どんな身分や経歴でも幅広く採用しており、特に志望者の多いメイドは、近年飽和するほどの人数を抱えているんだそうだ。
つまり、とジュリオットは言葉を継いで、
「他の宮殿関係職に扮するより、メイドになったほうがずっと動きやすいんですよ。これが、今回皆さんにメイドの格好をしてもらう理由です」
表情筋の限界を無視して、ニコーッと口角を吊り上げるジュリオット。てっきり悪意が10割かと思ったが、いちおう論理的な理由はあるらしい。そう丁寧に説明されては、言い返す隙もなかった。
女装からは逃れられない。その事実を前に、ペレットは絶句した。ギルに至っては頬をつねり出すが、そもそもお前じゃ意味がないだろう、とは誰も言ってくれなかった。
「さぁ、更衣室に行きましょうか」
うきうきと報復をするジュリオットに先導され、重たげな足取りで食堂を出るギルたち。唯一嬉しそうなシャロが、ハミングをしながら扉を閉めた。
「……」
静寂が降りる食堂で、フィオネは白ワインを喉に通す。すると隣のキッチンから、色とりどりのグラスゼリーを持ったフラムが現れた。
「お待たせし……あれ? 皆さんは?」
「ああ、少し外してるわ。作ってもらったのに悪いわね」
「いえ、大丈夫です。皆さんの分は冷やしておきますね」
フィオネに海色のゼリーを出すと、尻尾をゆらゆら振ってキッチンに戻るフラム。その背中を見送ると、フィオネは深い溜息をついた。こめかみに手を当て、やれやれと首を振る。
「――次は、アタシに『処理班』のクレームが来ないといいけど」
—第1章 風評の戦争屋 編・完—
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霜月アズサ




