第194話『三者三様マニフェスト』
燦々と日照る翌朝。アリシアはカフェの店先にいた。灼熱のクァルターナでは、オアシスのようなオーニングテントの下、ブリトー風の料理とピスタチオパイ、デーツミルクを並べて座っている。
市井に堂々あらわれたスターに、往来を行き交う人たちの反応は様々だった。
【ねぇ、あれってアリシアちゃんじゃない?】
【えっ、嘘ー! ホントだ~~ねえどうしよう! 実は今すっごく気になってて……話しかけてみようかな? でもこの前のコンサート、学生弁論会と重なっていけなくて……ちょっと後ろめたいんだよな~……】
と、あるところで名門校の学生が肩を寄せ合っていれば、
【なあ、あれって皇帝候補のアリシアだよな……? コンサートに行った客が、みんな可笑しくなって帰ってくるっていう……】
【あぁ。この前行ったうちのカミさんは、3日くらいで元に戻ってくれたけど……中には浮かれすぎて、正気に戻る前に自殺したやつもいるって……】
【あいつ、なんで捕まってないんだ? 凶悪性じゃアバシィナとほぼ同格だろ。コンサートをしてないうちに、早く逮捕したほうがいいんじゃ……】
【捕まってるよ。何度も何度も。でも、アイツがやったって確証がないんだ。尋問に特化した能力者や呪術師が、何度真相を尋ねても『自分は歌っただけ』としか言わないし、全員それが嘘だとは思えなかったらしい】
と、そそくさ場を離れる男性2人もいる。
肝心のアリシアはといえば、囁かれるその一切を聞き流し、ミルクストローに口をつけていた。
ところが、ある少女がテントに入ってくると、凪いだ瞳に波紋が広がる。少女は日除けのバンダナを外すと、アリシアの対面の椅子に手をかけた。
「アリシア。貴方ずいぶん早くから来ているのね。ぴったり定刻に来たのに、遅刻女にされたみたいで不快だわ」
「……ソーリー? でも、遅れをとったらどんなサプライズをされるかわかったものじゃないから。貴方とリラックスして話すためには、こうするしかなかったの」
警戒を打ち消し、愛らしい顔に笑みを乗せるアリシア。彼女は席についた少女――セレーネに、用意していたコップとミルクピッチャーを差し出した。
「クァルターナの気候は、北東人にはハードでしょう。これ、ワタシが奢ってあげるわ」
「……これは? すごく甘い匂いね」
「デーツって果実を使ったミルクよ。スウィートだけど飲みやすいし、栄養も豊富だから、今日みたいなグロッキーな朝にはちょうどいいと思うわ」
「へえ……ありがとう。いただくわ」
淀みない手つきでミルクを注ぎ、くっと飲み干すセレーネ。口を結んだアリシアの眼前、口端についた水滴を小さく舐めると、
「ふぅ……助かったわ。あまりに暑いからイライラしてて。でも残念ね。せっかく奢ってもらったのに、本来の味がわからないなんて」
「……?」
「痺れと麻痺、嘔吐、視覚と味覚の障害、血圧低下、呼吸不全――砂漠のごく一部に咲くソムシーファの毒ね。コップに塗布する程度の量でも、用意するのは骨が折れたでしょう。いえ、狂信的な支持者に貢いでもらったのかしら」
そう言ってもう1杯注ぎ始めるセレーネに、アリシアは思わず椅子を引いた。
「……っ、秘密。……わかっているなら、どうして飲んだの?」
「久しく口にしていないけど、この量なら分解できると思ったから。それじゃあ、喉も潤ったところで話を始めましょうか」
セレーネは横髪を指に絡めて、耳にはめ込んだ小型無線機に触れた。
「昨晩送った手紙の内容――テトリカ陣営の分裂と、アリシア陣営との合併について」
*
それから10日後、『皇帝選議』前夜。ギルたちは、クァルターナ中心にある宮殿前の庭園に集まっていた。
都市の全ての水源になっている、伝説の枯れない噴水をそばに、ギルは周りの人間を数え始める。
「2、4……8、9。全部で9チームしかないのか。ってことは、皇帝候補も9人……そんなに少なかったか?」
「いいえ。……『皇帝選議』はエントリー後の辞退が認められていないから、おそらくアタシたちの知らないところで暗殺されたり、暗殺がばれて憲兵に突き出されたりした候補者が複数いたんでしょう」
淡々と答えるフィオネ。先日2発被弾した彼は、決して万全な状態ではなかったが、ジュリオットが処方した鎮痛剤を飲んでこの会合に出席していた。
その横ではフラムとレムが雑談をし、マオラオが離れた場所にいるセレーネたちを眺めている。
10日前、アリシアに密会を取り付け交渉に成功したセレーネ。以降彼女やペレットたちは、テトリカ陣営とは分裂した体で、マオラオたちとの交流をほぼ断絶していた。
といっても、彼らも日夜アリシアと共にいるわけではなく、夜間は離れた宿で別々に就寝。事前に決めた場所で、日中だけ共同作業を進めているらしいが。
「オレ……あっち行きたかったな……」
マオラオは弱く拳を握る。
スパイに選ばれなかった理由はわかっていた。全員の中で、情報戦に強い能力者はマオラオとセレーネ。どちらかは必ず、テトリカ陣営に残しておかなくてはならない。
そして、アリシアは精神に干渉するなんらかの力の持ち主だ。セレーネと違って耐性のないマオラオは、潜入したところで利用されてしまう。だから残された。
わかっているのだ。けれど、やるせなかった。
花都シグレミヤで助けられ、必要だと言われておいて、たかが表面上でもシャロと敵対しなければならないのだから。
マオラオは息をついて、順繰りと『元』仲間たちを見回し、最後にペレットを見た。同じくアリシアへの耐性はないくせに、サポート力の高さを買われて、シャロ救出のスパイに選ばれた同い年の少年。
「いいなぁ、ペレット。オレ、一生あいつに勝たれへんのやろな……」
マオラオは、すごすご噴水に近づいた。清涼な水の音を聞いて、みじめな気持ちを少しでも消化したかったのだ。
すると、噴水のふちに誰かが座っていることに気づいた。うつむいて、どこか虚ろな目をしたように見えるジャックだった。
「どうしたん、そないな顔して。喋られへんくて気ぃでも病んだか?」
だいたい見当はつくものの、あながち間違いではないだろう。マオラオがうがって尋ねると、ジャックは哀しげに目を伏せた。
「ウーン……それもあるんだけどサ……オレ、なんていうか……なんて言ったらいいんダロ……いろいろ、気づいちゃって……」
目尻にみるみる溜まって、涙がひと粒零れ落ちた。涙声が届いたのだろう、動物の耳を震わせたフラムたちが、雑談を止めてジャックを見る。2人も恐る恐るやってきた。
「オレ……ううん、うまく、説明できねー……オレが、オレが馬鹿じゃなければ……シャロだって……ううっ……」
「なんでぃ。口塞がれてんのも、嬢ちゃんが拐われたのも、てめえのせいじゃねえだろぃ」
嘆息したレムが振り向く。視線の先には、アリシアの側に控える男装の麗人。彼女こそが場の『声』を操作し、演技と筆談の不得意なジャックに、発言を抑制させている元凶だろう――とは、ここに来たときのフィオネの推測だった。
すると、
「あ?」
ふと、麗人のもとにフィオネとギルが歩いていった。レムたちの間に緊張が走る。が、獣人たちが捉えた会話は、彼らの警戒心を混沌の渦に叩き落とした。
「ご機嫌ようアリシア。先日はよくも、人の身体に2発もブチ込んでくれたわね。仕返しにもっと、気の利いたものをブチ込んだっていいのよ」
「あァ、見せてもらったよコイツの弾痕。あんた、銃なんてろくに握らないシロウトだろ。使い方なら教えてやってもいいぜ。夜通しかかるかもしれねェが」
「あぁ?」
「ハァ!?」
「へ?」
レムが眉をひそめ、マオラオが赤面し、フラムが目を瞬かせた。アリシアたちの横でも、スパイとして沈黙を貫いていたジュリオットが激しくむせ、ペレットに目を丸くされている。
「な……なんですか? 今の……」
「……治安の悪い街の、挑発の常套句でぃ。ギル坊はともかく、あっちの兄ちゃんも知ってんのか……はぁ。お前さんは絶対に覚えるんじゃねえぞ」
「た……多分、アイツらなりにジャックに気ぃ使って、向こうの気を逸らしてるんやと思うけど……あ?」
マオラオは、フィオネが後ろ手でこちらにサインを送っていることに気づいた。
「『5』『あげる』『早く』……5分しかないぞ、いけるかジャック! あんさんの気づいたことってなんや! 今なら何言ったってええよ!」
「エッ? う、うん……」
ぽかんと口を開けたジャックは、しかし肩を落としたまま語り始めた。
「オレ……喋れない間、ずっと暇で……考えてたんダ。なんで、オレはアリシアに狙われないんだろうって……」
「……!」
「他人の声を操れる奴がいるんダロ? だから、オレの存在に気づいてないハズはなくて……多分、2人揃わなくても、リップハートの子供が片方いればよかったんダ。けど……本当にどっちでもよかったワケじゃないんだと思う」
ジャックは、弱ったように眉根を下げた。
「だって、オレのほうが先にクァルターナにいたんだゼ? 拐う機会なんて、シャロよりあったハズなんダ。それでもシャロが狙われたのは、『皇帝選議』が頭のいいやつを選ぶ戦いだからで……オレはきっと、眼中になかったんだって……」
「ジャックさん……」
「それと、オレ……もう1つ、嫌なことに気づいちまったんダ」
ジャックの声がひときわ大きく震えた。親からの叱責を覚悟した子供のように、肩が小さく縮こめられる。噴水の音に消えそうなほど、小さな声でそれは告げられた。
「オレ、シャロが拐われたこと……あんまり悲しめてないんダ……いや、悲しいし怒ってるんだケド、多分、兄貴が弟に想ってやるような、強い気持ちじゃないんダ」
「えっ? そないなことあるか? たまにあんさん、えらいオレのこと目の敵にするやん。独占したいとか、大事にしたいとかあったんちゃうん」
「兄弟って、そういうモンだと思ってたんダ。弟に近づく虫は払ってやるのが兄貴だって……でも、オレ……ホントは、どうでもいいと思ってて……だってそうダロ? みんな、好きな奴を好きになればいい」
ジャックは、跳ねた髪を握りしめた。藁にも似た、シャロと同じ亜麻色の髪を。
「考えてくうちに、どんどんわからなくなった。ウウン、最初からわかってなかったんダ。シャロとの付き合い方。アイツ、ずっと母さんに閉じ込められてて……本当にたまにしか、会えなかったカラ」
「――」
「アイツを助けるために、家出して兵士になって、金を集めたこともあったヨ。そのときは、兄貴だって胸張って言える気がしてた。けど……ギルと会って、友達もできて、教官にもだんだん認められて……ずるずる居続けて、気づいたら予定の3倍……3年が経ってた。3年間、オレはシャロを置き去りにした」
重苦しい沈黙が、ジャックたちを包む。マオラオがちらと伺うと、フィオネのハンドサインは、残り2分を示していた。
「そう思ったら、全部、ぜんぶ……おれが、わるいきがして……おれは、なんてダメな兄貴なんだろうって……」
「……まぁ、悪いかどうかはともかく……あんさん、考えるの下手くそやからやめたほうがええんちゃう」
「エッ」
ジャックが愕然と顔を上げた。シャロと同じ琥珀色の、少し濡れた瞳がマオラオを閉じ込める。弟のほうを連想させ、マオラオは一瞬怯んだが、時間がない今言葉を柔らかくラッピングする余裕はなかった。
「考えてみい。もしあんたの頭がよかったら何や? 雷まき散らすバケモンがオレらの敵になって、今より面倒なことになってたかもしれへんやろ」
「……確かに?」
「それに、あんたが予定通りシャロと逃げてたら、アイツに拾われたオレは今頃生きてへんねん。……賢くてもアホでも、救えるものしか救えへんよ。あんたが苦心するだけ無駄や。あんたはシャロを助けた後、何をしたいか考えたらええ」
「マオ助……オレちょっとキュンと来た」
「それはいらん」
そこだけ真顔で諭すマオラオ。ジャックは目元を力強く擦ると、かすかに潤んだ琥珀の目に、一等星の輝きを乗せた。
「わかった。オレは、それだけを考えるヨ。楽しいこと考えるのは得意だからナ。それで、実行してやるためにも……オレは、テトリカを皇帝にする」
ジャックはふちから立ち上がり、月光を浴びる噴水を背に、両手の関節を小気味よく鳴らした。
「シャロには王様の椅子じゃなく、オレの膝に座ってもらうゼ」
*
そうして、『皇帝選議』前夜祭が始まった。
各皇帝候補を除いて最大6人、それが9チームで約50人の支援者たちが、陣営ごとに縦に並んで宮殿の前に集まる。
それを離れて取り囲むのは、国内すべての新聞会社の社員たちと、長らく暇を出されていた宮殿の使用人たちだった。
併せて、200人はいようかという一同が見上げるのは、宮殿正面にあるバルコニー。そこには厳かな装束をまとう老人が1人と、思い思いの装いをした9人の皇帝候補がいた。
マオラオはその中から、シャロの姿を探して戸惑った。特徴的なボブカットの頭が、パッと見て見つからなかったからだ。
しかし、よくよく目を凝らして気づく。シャロは、髪をさらに短く整えてそこに立っていた。
「……あ?」
マオラオの困惑を置き去りに、老人の長い演説が始まる。どうやら老人は、暗殺された前代皇帝の側近であったらしく、今回の『皇帝選議』を進行する議長だと名乗ったが、マオラオの頭にはほとんど残らなかった。
やがて、各皇帝候補の紹介が始まった。
最初に前へ進み出たのは、1番端にいたアバシィナだった。褐色肌に白の装束をまとい、月光の下に絢爛な装飾と短い金髪をきらめかせた彼は、海色の瞳に不敵な光をたたえる。
【あー、あー。発声よし発声よし。いやあ、ご機嫌よう諸君! この国で、ワシを知らんやつはほぼおらんと思うけど……ワシはアバシィナ=イェブラハ。これでも御歳122歳……3歳? 今は20代のピチピチ男子やってますう】
緊張で異様なほど静まりかえる庭園に、彼の溌溂とした挨拶が響き渡る。
【えー、せやな……ワシが皇帝になったら……クァルターナ最古の遺跡、クァルコ遺跡を発掘して、『無の世界』を目指そうと思っとる!】
【……無の世界?】
参列者の誰かがぽつりとこぼした。聞こえてはいなかっただろうが、その疑問に答えるようにアバシィナは胸を張り、
【無の世界は、この世界のもう半分。南の極にあるこの大南大陸より、ずうーーっっと下にある空間のことや。今まで観測されなかったから『無の世界』。地理学者や海洋学者の間では、今ホットな話題やね】
「……後で通訳してあげるわ、とりあえず聞き流して」
南西語がわからず、困惑するフラムやジャックに、列の先頭に立つフィオネが視線を配る。
【その世界は、今は行かれへん。目に見えない境が、ワシらの世界と『無の世界』の間にあるからな。けど、初代皇帝の時代にはまだ、境はなかったと睨んでる。せやから、当時の記録と初代皇帝の遺骨が欲しいねん】
【だから、クァルコ遺跡に……?】
【いや……記録はともかく、どうして遺骨が必要なんだ。】
【なんで遺骨? って思ったやついるやろ。それはな、死人と会話する術を手に入れて、それに必要になるからや。まぁ、詳しいやり方を説明すると、怒られるんで秘密やけど】
ぺろ、と舌を出して愛らしさを演出するアバシィナ。それには目もくれず、彼の発言に庭園中がどよめく。
【ただ残念ながら、記録も遺骨も重要文化財としてクァルコ遺跡に納められた上、歴代皇帝しか入られへん呪いがかかっとるっちゅう噂や。せやから、ワシは皇帝になって堂々遺跡に入り、記録を読み漁って皇帝の魂と話す。以上!】
アバシィナは満足げに息をつき、皇帝候補たちの列に戻っていった。
間に3人挟んで、5番目に現れたのはテトリカだ。彼は緊張した面持ちで面前に立ち、クァルターナの夜風に長い黒髪を靡かせた。
【私は……私の名はテトリカ=ヌタ! ヌタの大森林に棲む、古く偉大な一族の長だ!】
「……あれ? ヌタって、もしかして最近殺した人たち?」
アバシィナ陣営として、庭園に参列していたバーシーが、ハクラウルを振り返る。その囁きをかき消すほど、凛とした大声でテトリカは訴えた。
【私が皇帝に君臨した暁には――この水都クァルターナにある身分制度を、そのままひっくり返してみせよう!】
「あれ?」
マオラオは困惑した。彼の目的は、クァルターナで酷使されている同胞たちの地位向上。そう聞いていたからだ。だからてっきり、制度の撤廃でも宣言するのだと思っていたのだが――。
【身を粉にして働き、驕り昂らず、潔白な精神を持った者こそクァルターナの頂点に立つべきだ! 聞け同胞諸君! 記者連中は書き留めろ! 我々の苦しみはじきに晴れる。私が、貴君らの鎖を断ち切る一太刀となろう!】
「……なァ。言葉がわからねェのに、嫌な予感しかしねェんだけど……アイツ、大丈夫か?」
怪訝な顔をしたギルが後ろから囁くと、フィオネは指先で自分の額を押さえた。
「……皇帝候補やその支援者は、カースト上位の人間が多いから、身分云々は控えめにするよう伝えてたんだけど……あの子、緊張して猫被り用の演説が全部飛んだから、本来用意してた文章で押し切ろうとしてるわね」
「……よくわからねェが、ダメなんだな?」
遠い目をするギル。挑発的なテトリカの演説で、庭園からは彼を非難する声が続々上がっており、テトリカ陣営の『皇帝選議』がのっけから波乱を生むのは、想像に難くなかった。
やがて、興奮した獣のように目を開き、息を切らしたテトリカが、皇帝候補たちの列に戻っていく。それからまた3人挟んで、最後にシャロが現れた。
「――っ」
ジャックが息を飲んだ。フィオネは、紫紺の双眸を鋭く細める。
シャロの容姿は、最後に見たときからかなり変容していた。
横髪を切り揃え、襟足を強調したウルフカットは、性別に捉われなかった彼に男性的な印象を与える。
ペレットが用意したヌタ族の装束も、青と白を基調にした、童話の王子様然とした上品な衣装に変わっていた。
アリシアが着せたのだろうか。
進み出た小柄な皇帝候補に、庭園にいる支援者のほとんどは懐疑的な表情だ。しかしアリシアだけは、微かだが満足気な笑みを深めていた。
数多の目が、数多の感情で見つめる中、シャロの口が開かれる。
「ボクが、シャルル=リップハートだ」
「――!?」
マオラオの瞳が揺れた。彼だけではない。ギルも、フィオネでさえ驚愕を隠せなかった。
アリシア陣営の列では、ミレーユが痛ましげに俯いている。先にアリシアと接触した彼らは、このことを既に知っていたのだろう。意志だけでなく、シャロの人格にまで手が加えられていることを。
皆の動揺をよそに、シャロは淡々と続けた。
「皇帝になってすることはない。ただ、呪術の名門リップハートをあるべき場所に戻し、根付かせ、繁栄させる……ボクのやることはそれだけ。以上」
ギルたちには一瞥もくれず、踵を返して戻るシャロ。
こうして、全ての皇帝候補の演説が終わり――皇帝を決めるための、最初の朝が来た。




