第195話『わくわく!トレジャーハント』
からりと晴れたクァルターナには、いくつかの気球が上がっていた。
全て、国内の新聞社が所有する気球だ。これから砂漠で始まる『皇帝選議』を余すことなく、かつ迅速に記事に仕上げ、同業の中で抜きん出た収益を上げるべく、砂漠の上を陣取り、各社静かに瞳をぎらつかせているのであった。
また地上では、あらゆる施設で『皇帝選議』の中継がされていた。
ポストバード郵便局も、旧神殿の図書館も、貧民街の地下闘技場も、夜間に開く市場もレストランもホテルも全て。有力な企業によって最新鋭の映写機が置かれ、リアルタイムで『皇帝選議』を観戦できるようになっていた。
【こんにちは、ネメジア新聞です。よろしければ『皇帝選議』について、貴方の所感をお聞かせください】
クァルターナ最大の催しに、どこか浮き足立つ朝の往来。巨大で物々しい機械が映し出す、空中ホログラムを見上げていた男性に、1人の記者が迫った。
【貴方は、どの皇帝候補を支持していますか?】
【支持って言ってもねえ……ろくな奴がいないだろう。前の皇帝が倒れて、いろんなとこで混乱があったときは、とうとうこの国も終わっちまうんだと思ったが……案外、皇帝が不在の今が1番、平和だったのかもしれないと思ってるよ】
その後も、記者は人を変え場所を変え、次々と同じ質問を投げていく。
【うーん、あんま大声で言えないけど……アタシはアバシィナがいいと思うわ。ほら、保守的な研究ばっかりしてると、近い将来やることがなくなるでしょう? 知のクァルターナが停滞するくらいなら、多少倫理は無視するべきだと思うの】
【わ、わたしは……すみません。規則により申し上げられません。だ……旦那様と奥様が支持される方を支持いたします】
【アリシアちゃんが1番! アリシアちゃんが1番! アリシアちゃんが1番! アリシアちゃんが1番! アリシアちゃんが1番! アリシアちゃんが1番! アリシ】
【テト……なんとか以外なら誰でも。だってそうだろう。体力だけあって、労働と夜の世話くらいしか能のない、お上りの猿に何が出来る? 国の運営を舐めすぎてる。まぁ、ああいう勘違いした手合いは、心配せずとも勝手に死ぬだろうがな】
といった意見を筆頭に、市井の反応はバラバラだった。
何故か全員、直前で候補を降りて支援者になったアリシアの名前を挙げるのだが、それを無視すれば、9チーム中最も支持されているのはシャルル陣営。7位にアバシィナ陣営、1票も入らなかったのがテトリカ陣営という具合だった。
*
第1ゲームの舞台。クァルターナより南の砂漠で、各陣営は点在していた。
「昨晩、クァルターナ宮殿の談話室でも話したが……第1ゲームの内容は、アニマルライドレースを兼ねた『宝探し』だ」
緊張した面持ちで、しかし毅然と立つテトリカが、支援者であるギルたちと、運営から与えられたラクダ風の生き物の視線を集める。エセラクダがぺっと唾を吐き、テトリカの頬に付着させた。
「〜〜ッ、この……っ」
青筋を浮かべつつ、迫り上がる暴言を呑み込んで、テトリカは唾を払い落とす。
「……宝は全部で3種類。『赤の靴』『緑の耳飾り』『青の手袋』……どれも歴代の皇帝に縁があり、3等級の国宝に指定されているものだ」
「3等級ってなんダ?」
「文化的な価値を測ったとき、上から3番目……最低クラスに属しているってことよ。でしょう?」
「ああ。その皇帝が個人的に愛用していただけの代物だ、当然の判定だな。なお、クァルターナに枯れない泉をもたらしたとき、初代皇帝が使ったとされる錫杖は1等級に分類される。さて、リッ……ジャック」
フィオネに援護されつつ、テトリカは水筒の水を浴びるジャックを射すくめた。
「昨晩の復習をしよう。我々は、この3種類のうち自陣営に指定された宝の、左右どちらかをこの砂漠から見つけ出し、第2ゲームの会場まで運ばなければならない。……では、このゲームで留意することは何だ?」
「エッ。ええーーっと……砂漠には塔がめっちゃあって……宝箱が置かれた塔が6つ? 空の箱が置かれた塔が倍ぐらいあるって言われててェ……適当に塔を探索すると、時間を無駄にしちまうってあれダロ?」
「そうだ。さらに、宝箱を見つけても3分の2の確率で、他陣営に指定された宝箱が出てくる。ここで私たちがとれる動きはこの2択だ」
目を回し、熱暴走しかけるジャックを横目に、テトリカは2本指を立てた。
「指定された宝の塔をぴったり当てる。もしくは、中身を問わずとにかく宝箱を探し、それを材料に他の陣営と交渉・協力。互いの宝物を交換するか、あるいは2馬力で砂漠を探索するという作戦だ。では、懸念点について……フラム、覚えているか」
「は……はい!」
硬直するフラム。日に焼けて萎んでいた尻尾がぴん! とまっすぐ跳ね上がった。
「まず、前者は僕たちでは限りなく不可能です。後者は、えっと……塔の探索以外に、『他陣営に指定された宝を調べる』『交渉に適した陣営を砂漠の中から探す』『強奪や戦闘の危険を承知で交渉する』という手間が発生します」
「ああ。だが、それを踏まえてもやはり後者を選びたい。というか、選ぶしかないと思う。手間を惜しんででも、より確実に宝を得られる方法でいこう。それに……」
テトリカが目を向けたのは、エセラクダに繋がれた幌車。その積み荷を点検するマオラオと、ジュリオット特製の冷感&日焼け止めジェルを、しっかりと塗りたくるフィオネだった。
「探索はマオラオが、交渉はフィオネが得意だ。いざ戦闘になったとしても、こちらにはジャックたちがいる。臆することはない」
「何ちゃっかり名前呼びしてんねん」
「いっ……いいだろう、別に。他にもリップハートがいてややこしいんだ。それに、思いのほかお前たちが、名字で呼ばれ慣れていないとわかったからな。緊急時、指示が通らないと命取りになると思って……呼び方を改めることにしたんだ」
言葉尻に進むにつれ、悔しそうに声を縮こめるテトリカ。こだわりがあったのか、名前呼びは癪らしい。じっと目を細めたマオラオが、大の字でこんがり焼けているジャックを指さした。
「この人にも言ってくれません? オレ、『マオ助』なんですけど。なんやマオ助って舐めとんのか」
「ま……マオラオさんはいい方ですよ。僕なんか『ワン公』ですよ。フラムのフも入ってないし、名前ですらないんですけど……」
「ここらで改めさせな、一生ついて回るかもしれへん。おーい起きろ〜〜」
ジャックをつつき回すマオラオとフラム。彼らの背に『話を続けるぞ!』とテトリカがいきどおるのを見ながら、フィオネは風に呟きを溶かした。
「騙されるために、生まれてきたみたいな子……」
*
2キロほど離れた地点には、シャルル陣営がいた。チームとして統一感を出すため、全員シンプルだがフリルを用いた上等な服を着用している。アリシアの手配だった。
アンドレがラクダの綱を点検したり、ジュリオットが余分に薬草を擦っていたり、ゲーム前に各々準備を進めていたが、アリシアの一声で視線は彼女に集められた。
「アテンションプリーズ? 昨晩シャルル様とワタシで考えた、ファーストゲームの攻略法を貴方たちに共有するわ」
「……」
銃身を磨いていたセレーネは、ちらと幌車の荷台をうかがった。幌という皮を張った屋根の下では、シャロが目を閉じて休んでいる。彼は時折そうしていた。
ジュリオット曰く、アリシアがかけた洗脳に無意識下で反発しており、その反動で疲れが溜まっているのかもしれない、とのことだった。
「まず、スタートしたらワタシとアンドレが即行動……効果範囲内の他陣営の精神をハックして、仲間内でバトルをしてくれるよう仕向けるわ」
「――!」
「運良く各チームの『皇帝候補』が死亡すれば、そのチームは脱落。ゲームへの参加権をロストする。ライバルが減れば、慌てる必要もなくなるから、ワタシたちはゆっくり指定の宝を探しましょう」
小さく微笑むアリシアに、ジュリオットたちは顔を強張らせた。
試されている。おそらくアリシアは、ジュリオットたちがテトリカ陣営とまだ繋がっている可能性を疑って、遠回しにテトリカたちを殺すと宣言し、シャルル陣営への忠誠心を確かめているのだ。
『殺し合え』という命令をこめた歌を、アンドレの力で拡散して競争相手を減らす。それは、第1ゲームの最適解に等しいように感じられた。故に、『もっといい方法がある』と反論することは出来ない。
だが、アリシアの力が発動してしまえば、耐性のないテトリカ陣営は術中にはまるだろう。そして皇帝候補のテトリカはもちろん、ギル以外の全員が死亡する。
「……っ」
セレーネは、静かにアリシアを睨んだ。
まだ、アリシアが能力者かどうかはわかっていない。アリシアが徹底的に寝食を分け、アンドレと交代で寝起きして、セレーネたちを警戒していたからだ。
もし呪術師だった場合、アリシアを殺害すればシャロの精神に呪いが残る。アリシア亡き後も、シャロは家の再興を目指して彷徨うことになるだろう。
そうすれば、半数が彼を精神的支柱にしている戦争屋に大きな亀裂が入る――というのがフィオネの予想だ。
「だとしても……」
殺し合うくらいなら、戦争屋がなくなった方がいいのではないか。セレーネの胸中には、ずっと疑問がこびりついていた。
――ふと、ペレットが口を開いた。
「いいんじゃないっスか? 俺なら各地にある塔も一瞬でいけますし。案外早く終わりそうっスね」
「……! ペレット君?」
「うち、ジュリさんといいミレーユさんといい、暑いのとはまるで縁がない人が多いっスから。暑くて気が狂っちまう前に、とっとと終わらせて涼しいところに行きましょう」
セレーネを始めとし、周りから困惑の眼差しを集めつつ、調合中のジュリオットの前にしゃがむペレット。彼は不審なリズムで瞬きを繰り返した。
「……?」
ジュリオットは訝しんでいたが、やがてそのリズムの正体に気がつく。5年前。医学生だったジュリオットと、暗殺者だったペレットが放りこまれた、中央三国の『不信戦争』――そこで使用されていた、モールス信号であった。
言葉はいたって単純だった。『見ろ』だ。
意味を理解した途端、ジュリオットは目を細め、紺碧の双眸をほのかに光らせる。嘘を見抜く能力、『絶対審判』の使用だった。陽光が眩しい朝の砂漠では幸い、間近で見なければその光には気づけなかった。
「ミレーユさんが狂っちまうならまだしも、こっちは相当厄介ですよ。気の弱いお医者サンみたいなツラしてますが、その気になれば爆薬も作れるマッドサイエンティストですから。あんたがイカれちまわないことを、俺は切に願ってますよ」
意味深長に口の端を上げて、立ち上がるペレット。瞬きで瞳の光を消すと、ジュリオットは少年に小瓶を放り投げた。
「――目薬です。狙撃手なんですから、乾燥は放置しないほうがいいですよ。それと、ご心配なさらず。あと10分はもちますから。それまでに準備を終わらせます。もっとも、それ以降はどうなるかわかりませんけどね」




