第12話『飲酒と博打は程々に』
注文の品はすぐに届いた。熱くテカテカと輝く肉料理たちに、ペレット除く食べ盛りの3人の目が輝く。ひとたび口に運べば、胡椒ベースの濃い味付けが、若い味覚を貫いた。彼らは生を実感した。
と、
「――あァ!?」
離れた席から突然、店のざわめきを凪ぐ大声が上がった。食べる手は動かしたまま、ギルたちもちらと声の方向を伺う。
「どういうつもりだァ、テメェ!」
皆が視線を向けた先。酔いが手伝っているのか、顔を真っ赤にして怒鳴っていたのは、上背が2メートル近い巨漢。すり切れかけた粗末な服装だが、全身よく鍛えられた『荒くれ者』という言葉の似合う男だった。
「テメェ、俺を舐めてんのかァ〜〜? イカサマなんかしやがって、ふざけんじゃねェ!」
ふらふらと頼りなく揺れつつ、巨漢は椅子から立ち上がり、向かいの席に座っていた男の襟を掴む。
ガクンと頭を揺らしたのは、純白の制服に袖を通し、若草色の長髪を後頭部でまとめた青年だった。腰から細身の剣を下げており、騎士のような風貌だ。巨漢に反して穏やかで、礼儀正しそうな顔立ちだった。
「チッ……黙ってねェで、なんとか言いやがれこのカス眼鏡!」
依然として涼しい顔の騎士に、巨漢は唾を飛ばして迫る。すると、騎士はにたりと口元を歪めた。
「あぁ……悪いね。君があまりに滑稽だから、少し呆然としていたよ」
騎士は手の中のものをばら撒いた。机に広がったのは、5枚組のトランプだ。ポーカーで高い点数になる組み合わせだった。
「素直に負けを認められないだけでなく、相手のイカサマを疑うなんて。いいかい、君は負けた。ボクとの賭けに負けたんだ。残念だけどこれは揺るがない。誓約に則り、この店への狼藉と出入りをやめてもらおうか」
「――!」
毅然とした態度の騎士に、頬を痙攣させる巨漢。無骨な手を襟から離すと、彼は岩のような剛腕を大きく振りかぶった。刹那、騎士が真横に吹き飛ぶ。
その先には別の客のテーブルがあり、それらを巻き込みながら、騎士は床に打ちつけられた。まだ温かい料理が投げ出され、落ちた皿が立て続けに割れる。座っていた女性2人が悲鳴を上げて逃げ出した。
「あーーっ料理が!」
「オレ、アイツ殴ってこようかなぁ!?」
料理の無残な末路にいきどおり、シャロとマオラオが勢いよく立ち上がる。しかし、それをギルとペレットが手で制した。
「な……っ、なんで止めるの!?」
「出航まで時間がない今、不要に滞在するわけにはいかないからです。それに……騎士の方も大概っスよ、アレ。制服の袖に何枚か隠してますからね。イカサマ自体は、嘘じゃないみたいっスよ」
淡々と分析するペレット。そうとも知らず、潰れた料理と皿と木片の中から、眼鏡のずれた騎士が立ち上がる。
「いっ、たたたた……ひどいな。歯が欠けてしまったじゃないか。昔から歯並びには自信があったのに……まだ抵抗するなんて、さっきの誓約は嘘だったのかい?」
「嘘ォ~!? テメェ、しらを切るのもいい加減にしやがれ! 俺ァ、イカサマ野郎の指図なんざ受けねェって言ってんだよ! テメェらが普段ピーピー鳴いてる『ルール違反』だ!」
「……はぁ。そこまで言われてしまっては、認めるしかないね。そうだ、ボクはルールを犯した。マナー違反の君とは、いいコンビになれそうだね」
ペッ、と歯の欠片を吐く騎士。首の骨を左右に鳴らし、手の汚れを払うと、彼は巨漢の胸に手をかざした。巨漢が身構えた直後、その分厚い胴体と脚を囲うようにして、突如白い大きな輪が出現。
「ッ!?」
輪はギュンと縮んだかと思うと、光の粒子を散らすと共に、巨漢の手足を縛る雁字搦めの鎖に変わった。
「……テメェ、何しやがる! こんな、ふざけたもの……ッ」
巨漢は鎖を引きちぎろうと腕に力を込める。が、鎖が擦れる音がわずかに立つのみだった。怒りより焦りが勝る巨漢に、騎士は冷ややかに告げた。
「特殊能力『咎人の鎖』――これは、罪人だけを縛れる絶対に外れない鎖だ。もう1度君に言う。ここでの狼藉と出入りをやめてくれないか。快い返事がもらえるなら鎖は外すし、そうでないならこのまま海に突き落とす」
「ッ、テメェ……アンラヴェルの聖騎士だろうが! 女神セレネだかなんだかを崇める分際で、民間人を騙した挙句脅迫かぁ!? こんな野郎を信者に抱えて、セレネさんもつくづく男運が悪ィようだなぁ!?」
「あはは、そうだね。死後、ボクは彼女の下にはいけないだろう。でも、だからといって君の暴虐と、大勢の被害を見逃すわけにはいかないんだ。ボクは彼女の信徒であると同時に、治安を守る騎士だからね」
騎士は歩み寄ると、鎖の端をリードのように掴んで、巨漢の身体を引き寄せた。
「さぁ、選択の時間だ。心を入れ替えて、正しい生活を送るか。鎖に縛られたまま、近くの海に落とされるか。もっとも、この辺りは例年毒クラゲの被害が多い。後者はおすすめしないけどね」
「……っ」
ふいに、巨漢の目が逸らされた。一瞥したのは、自身の肩の傷跡だ。真っ赤に腫れ、線の形をなしている。彼の顔がみるみる青ざめていった。
「クソ……ッ、わかった。出ていく、出ていきゃあいいんだろ!」
「よろしい。君はいい子だね。それじゃあ、壊したものの弁償はこちらでしておくから、君は気にせず退店するといい。それと、この店には不定期的に見回りに来るから。次に会う場所は、ここでないことを祈っているよ。おやすみ」
騎士がかざした手を下ろすと、巨漢に巻きついた鎖が霧散。巨漢は肩をかきむしり、不機嫌な大股で酒場から出ていった。
直後、騎馬兵の掛け声のような、大地を揺るがす歓声が上がった。
「お、おぉぉーーー!!」
「すげーーッ、あのデカブツが逃げちまった!」
「くっ、今回も俺の邪眼の出番はなかったということか」
「ありがてえ……! ここの店気に入ってたんだけど、最近アイツが陣取り出して気分が悪かったんだ! 兄ちゃん、本当に助かったよ!」
興奮しながら、騎士に絡み始める酔っ払いたち。彼らが酒を勧めると、騎士は『いえ、勤務中なので……』と申し訳なさそうに笑ったが、酔っ払いは聞く耳を持たず、ずるずると客席に引っ張っていった。
静観していたギルが、居心地悪そうに席を立つ。
「すっげェ熱気。暑苦しいし、そろそろ出るわ。騎士の奴に顔見られても面倒だしな」
「えっ早。もう食い終わったんスか、ギルさん」
「ウチも、てかペレット以外全員食べ終わったよ。じゃ、会計はペレットよろしく~」
慣れたようにウィンクし、ご機嫌に酒場を出ていくシャロ。ひらひら手を振るギルがそれを追い、空いた皿をひと所にまとめるマオラオと、まだステーキが半分近くあるペレットが取り残された。
「……それ食べようか、オレ」
「……シャス」
《豆知識》
4人の酒耐性は強い順にギル・マオラオ・シャロ・ペレット。
ギルは常時発動している『神の寵愛』により、アルコールが毒と見做され、浄化されてしまうのでそもそも酔うことが出来ない。
マオラオは素で酒に強く、本人はそこまで酒好きではないが、飲もうと思えばギルを除く戦争屋の中で1番飲むことが出来る。シャロは意外に酒好きだが、酔うのは早い方で、酔いが回ると笑い上戸かつ凶暴になる。
ペレットは本当に酒がダメ。




