第13話『お土産は自分用も欲しい』★
教皇領国家、アンラヴェル神聖国。それは、世界で最も多くの信徒を抱える古い宗教、『セレネ教』の聖地である。そして前述の言葉から明白だが、国王に代わって教皇が統治者を務める、世界唯一の宗教国家であった。
大北大陸に位置しているため、年間を通して気温が低く、夏以外は常に雪が降っている。
が、これでも易しい方で、アンラヴェルより北方にある『大森林』と呼ばれる地帯は、生命を脅かす超極寒のため、侵入禁止令を布かれた未開の地となっていた。
そんな危険と隣り合わせの雪国を統治する教皇は、代々、初代教皇の血を継ぐ『アンラヴェル家』の、20歳以上の長男か長女――つまり、女神セレネの声が聞こえなくなった元『神子』と決まっていた。
そのため、今回ギルたちが誘拐する神子は、他国でいうと王子、又は王女にあたる、本来なら統治権の継承を約束された存在だった。
まぁ、『洗脳』という危険な能力を持って生まれ、世間にその存在を公表されずにいる時点で、神子がそれ相応の待遇を受けられているかは、望みの薄いところであるが。
最後に、アンラヴェル神聖国を語る上で重要なのは、その本の出版数であった。
アンラヴェルは本の出版に意欲的な国で、聖典はもちろん、小説に教本、図鑑にエッセイと、幅広いジャンルの著者を数多く支援していた。近年法律が見直され、いくらかの本が発禁処分を受ける前は、それは自由な執筆が行われていたらしい。
ただこのように、知力を重点的に育成していたのと、宗教観的に国民全体が争いを好まなかったせいで、武力の低さは世界と比較しても著しいようだ。
今回神子が何者かの企てる戦争に利用されれば、この世に1冊しかない貴重な歴史書や戦術書もすべて焼け落ち、世界も戦争屋も多大な損失を被るだろう――とは、フィオネが述べた見解だった。
そんなアンラヴェル神聖国の中枢。歴代の教皇と神子が住まう『アンラヴェル宮殿』に、これからギルたちは潜入するわけなのだが――。
*
正午。ギルたちは出発から3日と少しを経て、ついにアンラヴェルに到着した。
埠頭にタラップがかけられると、我先にとシャロが飛び出していく。が、彼は油断していた。秋のアンラヴェルの寒さを舐めていた。
「さっっむ!?」
港の空気は、舌が凍ったと錯覚するほど冷たかった。シャロは自分の肩を抱きしめ、歯をかちかちと鳴らして震え上がった。
「いいいいいや、何これ、めめっめっちゃ寒い! やばいウチ死ぬ!」
「だーーーっほんまや寒ーー!?」
続いて降りてきたマオラオが絶叫。その次のギルは余裕綽々で港を見回していた。どうやら寒さには慣れているようだ。
最後に降りてきたペレットは、寒さに白目をむいていた。ボディラインが雪だるまになるまで厚着をして、顔の下半分をマフラーで覆っているにもかかわらず、北風は彼の意識を刈り取ることに成功したようだ。ガクブルと震えながら、
「よよよよく耐えられますねギギギギルさん」
「誰だよギギギギルって」
ギルはじとりと目を細め、白い息を港にたなびかせた。
「まぁ、俺は元々アンラヴェルで……」
「ギャーーッ!」
会話を掻き消す大絶叫がした。咄嗟に見たのはマオラオのほうだ。彼は、シャロの腕に閉じ込められて頬擦りをされ、耳の先まで茹で上がっていた。
どうやら、惚れた相手に暖房として利用されているらしい。ギルとペレットの声が重なった。
「カワイソ……」
「かかかかわいそう」
「うーん、マオ、あったかーい……寒い時期はマオを触るに限るねぇ……あ、ねえ! 今日はもう、宿に泊まるだけなんだよね?」
「あァ、そうだな」
「じゃあさ、この辺でちょっと買い物しようよー、ウチ知ってるんだ! アンラヴェルって紅茶と、茶葉を使った焼き菓子が有名なんだって! クッキーとか、マドレーヌとか」
暖房の肩を顎置きに利用しながら、海沿いのカフェや土産屋をツンと顎で示すシャロ。すると、暖房が無理やり腕から抜け出した。命からがら、ゼェゼェと息をして、
「あ、あんなぁ、観光に来とるわけちゃうねんぞ! 買い物なんかしてられるかぁ! 明日は朝から潜入せなあかんねんから、はよ宿行って飯食って休む! ええな!」
「え~~、無駄遣いしないから許してよー。潜入中のおやつとか、ジュリさんたちへのお土産は、無駄のうちに入らないでしょ? マオにも買ってあげるからさー。じゃ!」
「オッ……おいコラーー! 話しとる途中で店に行くなー! って、いつの間にかギルもおらん! くっそー、もうペレットだけが頼りや。ペレット、あんさんの能力でアイツら2人とっ捕まえて……」
と、ペレットを振り向くと、彼は街頭にぴったり額をつけて、カタカタ震えながら熱心に何かを唱えていた。マオラオはドン引きしながら耳を澄ませてみる。
「3.141526535897932……」
「えっ何? 怖い。ハァ、どうしよ……コイツらまとめて海に捨てようかな」
特大の溜息をつくマオラオ。どうしようもない同伴者たちに、彼はこれからの任務で起こる大波乱を予感していた。
*
夕方。一同は、アンラヴェルの中央都市に宿をとっていた。部屋割りはギル・ペレットと、シャロ・マオラオの二部屋だ。決めたシャロ曰く消去法。
「ペレットはまずないでしょ? で、ギルかマオかで迷ったんだケド、やっぱギルはエロガキだからねー。可愛いシャロちゃんの身の危険を考えると、やっぱ離れてたほうがいいと思うんだ」
「誰がキレると大鎌振り回すやつに欲情するか」
ケッと悪態をつくギル。世間からはイカれ野郎と名高い彼だが、その辺の道徳観は持ち合わせている上、そもそも男色を示していなかった。仲間を襲うはずもなかった。
なので、この部屋割りにはシャロの自己愛が多分に含まれているのだが、荒唐無稽な評価かというとそうでもなく。実際ギルは齢19にして、風俗を利用するマセガキだった。
「――うぁ!」
2人部屋にて。シャロはベッドに倒れ込んだ。
「お尻が痛いよ~~、2度と長距離の馬車には乗りたくないよ~~」
「あっシャロ! もう、コートのままベッドに倒れるなって何回言うたら……」
少し離れたところから、世話焼きの母親のようなお小言をこぼすのはマオラオだ。港町の屈辱の出来事から数日、鍛え直した身体で張り切って荷物を運ぼうとしたら、部屋の入口で挟まってしまったらしい。
シャロは呻きながらうねうね動くと、なんとかベッドを降りてコートをスタンドにかけた。その足でマオラオを手伝い、荷物を運び込む。1泊目にして大量のお土産が部屋を席巻した。
「――よし、これで全部だね。じゃあ、ウチはそろそろお風呂にいってくるよ」
「え? ずいぶん早いな。まだ浴場誰もおらんのちゃ……う……」
そこまで言って、マオラオは口を止めた。強張った顔には『しまった』と書いてある。なお、肝心のシャロは呑気に寝間着とタオルを探していたのだが、マオラオは心ここにあらずの様子だった。
「す……すまん。あんさんは1人がええんやったな。ゆっくりしてきいや」
「ふふ……そんな気にしなくていいよ。ま、シャロちゃんが乙女だって主張を変えるつもりはないけどネ」
浴場に持っていく一式を抱え、軽快に部屋を飛び出していくシャロ。ドアが閉まるその一瞬、彼はマオラオを振り向くと、隙間からにやにやと笑みを送った。
「――あ、覗いちゃダメだからね」
「……は?」
ぱたんとドアが閉まる。呆然と固まるマオラオは、やがて林檎のように紅潮、壊れたように口の開閉を繰り返して、
「ハァァーーーッ!?!? だっ、誰が覗くかぁ!」
隣のギルたちから騒音苦情が来た。




