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魔法の専門書が高く積み上がった一室。ゼルは、教室ではなく、魔女の部屋にいた。
おじさんは、物覚えが悪く。いや、大器晩成型だったので、割高な特別授業を紹介されたのだ。おじいちゃん先生に「羨ましいのう、ワシもアイドルと2人っきりで、お喋りしたいわい。」と言わせただけはある美人の魔女が目の前にいる。目許がとても優しい。
狭い個室で、魔女と2人っきりの授業が始まった。魔女は、優雅な仕草で、ハーブティーを淹れてくれた。爽やかな香りが、心を満たしすごく落ち着く。美味しい。スッキリと頭が、覚醒する。
女性に耐性の無いゼルだが、今回は、大丈夫そうだ。だって、魔女は、おばあちゃんだ。
「じっくり覚えればええ。まだ若いんじゃから時間はあるさね。まずは、今日の復習をしようか。雷魔法について説明出来るかの?」
「琥珀を布で磨き、電荷を溜め静電気の、いや、たしか電気玉?を元気にするとビリッとくるだったか。」
「おんや、驚いた。最上級クラスの単語が出てくるとは、よく勉強しなさってじゃね。なら、原因はハッキリした。魔法は、極論を言えばすべて同じじゃ。魔力を理力のフィルターで変換し、望む現象を引き寄せる。つまり、魔力が足りなかったのじゃ。」
「その、魔力は、この年で上げる事が出来るのか?」
「心配せんでええ、初級はすごく簡単じゃ。それに、中級、上級までなら、時間をかければ覚えられる。特級、最上級、神級は、才能と大金が必要になるがの。魔力。そうじゃな、魔獣肉は、食べた事があるか?」
「あぁ、美味かった。説明しがたいが、高揚感を感じた。」
「そう、その湧き上がる力を、魔力味という。あれが純粋な魔力の本質じゃ。今は、その認識でええ。本当はもっと奥が深いが、それが必要になるのは、特級以上になってからじゃ。湧き上がる力、体内に流れる魔力を感じよ。そして、それを1点に集める。利き手の指が、最も簡単じゃ。内なる己と向かい合い、自分を信じて、世界と対話せよ。心の目で見る。信じるのじゃ。そうさね、最初は指先が熱くなるのを目指して、やってみんさい。出来るまで付き合うから、じっくり、焦らずやるとええ。」
「うぬぬ。」
集中する。深く深く意識を落とし込む。こんなに、真剣になったのは何時ぶりだろうか、多分初めてだ。以前なら途中で諦めて投げていた。エルフ少女を守ると決意した時から、男は変わり始めていた。
数時間があっという間に過ぎた。出来ない。29才の時、夜の店でお金を払い大人になったのが駄目だったのだろうか?巷の噂ならあと1年で魔法使いに、いや関係ないな。
おそらく、常識という鎖が邪魔をしている。科学の力に依存し、自分の力を高めようとしなかった。目で見えるものしか信じられなくなっている。アニメを見ていたのが救いか、柔軟な心が残っていなければ、絶望的だっただろう。
ふと、指先が熱くなるような気がした。これか?意識を集中する。
「ぷはっ、駄目だ。惜しい、熱くなったような。」
「頑張っておるの。必ず出来る。ただ、ここまで苦労する生徒は珍しい。魔法が1つでも使えるようになると早いんじゃが。」
「テレフォンなら、使えるが?」
「ふふ、特級ゴミ魔法ランク1位の脳内電話案内とな、冗談が上手いのう。ん?もしや、それは本当か、サーシャ、マグノリアについて分かるか?」
テレフォン:サーシャ、マグノリアについて
(探求の魔女。タナッカの古代遺物、魔導母艦を再起動した偉大なる魔女。目の前の人物。)
「ほ、本人。有名人でしたか?」
「ほう!これは、久方ぶりに探求欲が湧くのう。」
「え、えーと。」
「心配せんで、ええ。良い方法がある。テレフォンを使いまくるのじゃ。コツが分かるじゃろ。」
そこからは、テレフォンを使いまくった。この世界に少し詳しくなった。
魔女サーシャの授業は、分かりやすく、それでいて深い。おじいちゃんのアイドルなのも納得だ。この人はモテる。優しいのだ。そして、聡明。とくべつ授業を受けれて幸運だった。
身体の魔力袋という器官が重い。痛い。あまり、人体には詳しくないが、この熱く倦怠感を感じる部分に臓器は無かったはずだ。魔法とは科学で証明出来ない類いのものかもしれない。
テレフォンの質問が尽きる頃、ふと、視界が暗くなった。意識が闇に沈む。机に力なく倒れ込んだ。
「まったく、無茶をしすぎじゃ。ハーブティーを淹れたのでクッキーでも食べて、休むとええ。」
「ありがとう。」
素直に好意に甘え、手作りクッキーを頂く。口の中で、クッキーが、ホロホロと崩れる。優しい甘さ。澄んだハーブティーと相性がいい。じわじわと、重い意識がクリアになる。
「頑張ったの。今なら、使えるはずじゃ。」
「スタン!」
指先に持った魔法カードに、始めての変化が訪れる。ピリッとした刺激が、奔った。
使えた。
感動よりも、安堵感。落ちこぼれなくてすんだという安心感。
そして、この感覚を忘れない内に練習しないと焦燥感が湧き上がる。その時、魔女に優しくカードを取り上げられた。
「良くやった。じゃが、じっくり覚えればええ。1回の授業で、唱えられるのは1回限り。これは、お約束じゃ。」
「すまない、忘れていた。もしかして、すごく身体に負担がかかるからか?」
「いいや、大人の事情じゃ。」
魔女は、首を振り、すっと目を細める。優しい眼差しだ。そうか、大人の事情なら仕方ない。急ぐ必要はあるが、無理ならば従うしか無い。
若い頃なら遠慮して、そう納得していた。でも、おじさんの人生経験が囁く。聞いておけと。いいから、恥じらわず聞いておけと。
「唱えた分だけ、支払いますが?」
「素晴らしい。なんと優秀な生徒じゃ。時間は無いぞ。ガンガン唱えるのじゃ。」
やはり、金か。異世界も世知辛い。
魔法の授業は、それなりに高い。だが、錬金術はかなり稼げる仕事なので、問題ない。おそらく、提示された赤の森の買い戻し金額がとんでもなく高いのだろう。現状、少しでも貯蓄したい所だが、先の展開を考えると、腹を切ってでも先行投資をする必要がある。
だから、ガンガン使っていく。大丈夫、こんな事もあろうかとエルフ少女の財布を持ってきた。棚の中には、財布が2つあったが、たくさん中身の入ってる女性用の財布を持ってきたのだ。
やばい。明日からは、お小遣いを貰えないかもしれない。だから、今日は使えるだけ使おう。
駄目なおじさんだった。
「金なら、ある!全ての初級魔法の取得分まで先払いしよう。」
「素晴らしい、大賢者になれる素質があるやもしれん。さぁ、習得するのじゃ。」
さて、やりますか。静かなる闘志を燃やす。今日、この世界で、初めて魔法を習得する。テレフォンは魔法らしくないのでカウントしない。
「行くぞ、スタン!スタン!スタン!スタン!」
「頑張れ、頑張れ。」
ビリビリが、バチバチに変わった。明らかに威力が上がってくる。体内の魔力袋という器官が重くなり、目眩がするが、俺は止まらない。
「スタン!スタン!スタン!スタン!」
「後、一歩じゃ。」
その時、魔法カードが、一瞬光り、焦げた。煙が漂う。明らかな変化。
次で、いける感覚がある。
「スタン!」
「おめでとうなのじゃ。」
呪文10回目にして魔法カードから出たのは、強烈な雷光。バヂッと痛そうな音が鳴り、カードに火を点けた。ゆっくりと燃えるカード。
おぉ!これが魔法を覚えた瞬間なのか。手元で魔法カードが燃える炎を見て、静かにだが高鳴る鼓動。最高の達成感を味わう。この達成感は、富士山に登頂した時を超えた。
高電圧を、覚えた!
熱っ!この火は、本物じゃん。いい気分に浸っていたら火傷しそうになった。思わず燃え尽きそうな魔法カードを、床に落とした。慌てて、踏んで火を消す。床が少し焦げだ。
「ウォーター」
手慣れた様子で、サーシャ先生が水魔法を唱えてくれ、完全消火した。
それを確認すると、視界が暗くなった。脂汗が流れる。強烈な倦怠感と、魔力器官が重くなる感覚。立っていられなくなり、ぐらりと昏倒した。
これは、この現象は知っている。本日2回目の魔力切れだ。
深い森の中にいるのか?まるで原初の森。濃密な森の匂い。あぁこの香りは、魔女サーシャのハーブティーだ。
意識が、じっくりと戻ってきた。魔女サーシャと目があう。年に似合わず可愛らしい外套を着ており、帰り支度はバッチリだった。
「ゆっくり起きたらええ。身体は痛むかい?ハーブティーを飲むと楽になるさね。」
「あぁ迷惑をかけたな。ありがたく頂く。」
「子供は、迷惑をかけるのが仕事じゃ。気にせんでええ。」
魔女サーシャは、優しく笑う。おじさんゼルでも、おばあちゃんの前では、子供扱いだった。本当に、この人には敵わない。年を綺麗に重ね、いつまでもお姉さん、そんな人だ。
震える手で、ハーブティーをありがたく頂き、意識を覚醒させる。まだ少しふらつくが、あまり待たせるわけにはいかない。
「世話になった。」
「また、明日も待っとるでの。」
外は、もう夜だった。こんなに、頑張ったのは何時ぶりだろうか。いや、初めての経験だった。少女の為に、チカラを使うと決めた時から、生き方が変わり始めていた。
2つの月が煌々と輝き、魔獣の遠吠えが聴こえる。冷たい外気を頬に感じながら、マーシャル工房へと帰る。




