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第42話 エピローグ

最終話です。

 晴天に恵まれた仲秋の一日、数多くの参加者の熱いまなざしが注がれる壇上で、戴冠式は厳粛に執り行なわれた。

 この日を境に、一人の未熟な若者である〝王太子ローデリヒ〞は、王国の最高権力者〝国王ローデリヒ〞となる。

 それに伴なって、敬称も〝殿下〞から〝陛下〞へと変更される。


 戴冠式が開催される場所は、病床の国王ゲオルグの健康状態が最優先に考慮された結果、療養中であった郊外にある離宮の庭園が選ばれた。

 離宮といっても実質的には病気療養のための別荘に近く、そのままでは招待客が入りきらないという問題がでたため、喧々諤々(けんけんがくがく)の議論があった末、最終的に、離宮の庭園に特設の会場を(こしら)え、そこで執り行なわれる形に落ち着いた。


 王権の移譲という、国の一大事行事を行なう舞台を突貫工事で用意するために、宮大工たちが知恵を振り絞った結果、解体予定の宮殿や屋敷の再利用という方法が用いられることに決まった。

 一から作り上げるのは、構造部分の一部のみに限定し、あとは一度限りの式典で保てばいいと、使えそうな部分が離宮に運び込まれていった。

 そうやって、耐久性を一部度外視して組み上げられた、見た目だけは絢爛華麗な即席の会場は、戴冠式の当日まで、あとわずか数日というぎりぎりのタイミングになって、なんとか完成にまでこぎつけることができた。


 ――たった一度きり、この日のためだけに作り上げられた、人々の記憶の中にしか存在しない戴冠式の舞台は、他に類を見ないその特異性から、後年、数多く生み出されるこにとなる、一連の政変劇を題材にした舞台劇の掉尾を飾る最大の見せ場として、創作者(クリエイター)たちの制作意欲を大いに掻き立てることになるのだが、それはまた別の話である。


 招待された王国の重鎮や高位貴族、高官、諸外国の要人、国の枠を超えた有力者などを迎えた青空を屋根とした特設会場に、パラダイン辺境伯領の領主代行としてのクラウスと、副宰相の補佐に正式に任命されたオットーの姿もあった。


 新国王に即位するローデリヒの背後には、この二人の父親である、新たに宰相の地位に就いたヴァイス()()イグナーツと、引き続き将軍職を拝命したパラダイン辺境伯アーダルベルトが後見人として控えていた。


 王の前で跪いた王太子ローデリヒから、最高責任者として、王国を背負う覚悟を表明する誓いの口上が述べられる。その後、国王ゲオルグ・グラディウス自らの手によって王太子ローデリヒ・グラディウスの頭上に王冠が載せられると、会場中から盛大な喝采が湧き上がった。


「国王ローデリヒ陛下、万歳!」の叫びが、会場を揺らし、天に向かって舞い上がる。

 その中に混じる、「前国王ゲオルグ陛下、万歳!」の声を、本人がどのような思いで聞いていたかは、残念ながら記録には残されていない。


 ともあれ、儀礼的な()国王の激励の言葉を受け、跪いたまま新たな王国づくりに対する抱負を語った彼は、父である前国王に額衝き、その後ゆっくりと立ち上がった。

 決意を瞳に宿した国王ローデリヒは、自らの戴冠を祝福してくれる者たちの喝采に、顔を挙げて応えた。


「――国王ローデリヒ陛下、万歳!」


 歓声が鳴り止まぬ中、儀仗兵が旗を掲げ、勇壮な楽の音が鳴り響く。


 たなびく旗の間を、幸せそうな笑顔で待つ最愛の女性の下へ。

 彼は王の威厳をもって、これまでの道のりを一歩一歩確かめるように、ゆっくりと歩を進めていく。

 この後は、王国民に対するお披露目も兼ねて、王宮へと続く大通りパレードすることになっているのだが、王宮への道のりは〝戴冠式〞とは違って、非公式のものであるため、こちらは婚約者のシャルロットがローデリヒの隣に寄り添うことが、暗黙の了解となっていた。


 王宮へと続く大通りは、国中の人々が王都に集まってきたのではないか、とさえ思えるほどに、あふれ返る人波で埋め尽くされていた。


「――国王ローデリヒ陛下、万歳!」

「――王妃シャルロット様、万歳!」


 新しい国王とその婚約者を一目見ようと、街頭を埋め尽くした群集が、祝福をこめて二人の名前を高らかに叫び続けていた。

 この国でもっとも高貴で美しい未来の夫婦が、あらかじめ用意されていた華やかに飾りつけられた車上から、肩を並べて街頭からの祝福に応えて、心からの幸せをかみ締めるように手を振り続けていた。


「――国王ローデリヒ陛下、万歳!」

「――王妃シャルロット様、万歳!」


 ――笑顔がはじけ、幸福感が世界を包み込む。

 その喜びに満ちた空気は、二人の、そしてこの国の輝ける未来を約束しているかのようであった――



      *   *   *



 ――戴冠式が終わった後も、喧騒はなかなか収まらなかった。

 即位したばかりのローデリヒは、さまざまな宮中の公式行事に追われ、息つく暇もないようであったが、それでも口元には微笑みが絶えることはなかった。

 新しい王の隣には、常に婚約者のマルケス男爵令嬢が寄り添っている。


 そして、それを遠くから眩しそうに眺める、一組の男女の姿があった。

 一仕事終えて、ようやく拘束から開放された、アーデルハイドとクラウスの二人組みであった。


「……シャルロット様、お綺麗でしたね」

「そうだな」

「もしかしたら、彼女の隣に、あなたがいた未来もあったかもしれませんが……惜しいことをしたと思いますか?」

「いや、むしろ、こうなってよかったと思う。だって、お前も見たろ? あいつ、あんなに幸せそうだったじゃないか。おめでとうと言ってやるよ」


 クラウスはそう言って一人、乾杯のポーズをとりつつグラスを掲げる。

 アーデルハイドはそのとなりで、グビリ……と杯の中身を干した。


「……なんだ、つまらない。クラウス様の悔しがる姿が見れるかもと思ったのに」


 小さく悪態をつき、酒臭い息を吐き出した。


「いったい何を期待してたんだよ! ……それで、お前はどうなんだ?」

「私ですか?」

「ああ、ぜひ聞きたいね」


 不意の質問に対して、アーデルハイドは軽く小首をかしげたが、すぐ当たり障りのない答えを口の端に乗せた。


「……まぁ、納まるべきところに納まったという感じじゃないですか?」

「……それだけか?」

「なんですか? はっきりしないですね。そんなのクラウス様らしくないですよ? 言いたいことがあるなら、はっきり言ってください!」


 クラウスが本当に聞きたかったのは、アーデルハイドが、自分自身の結婚についてどう考えているのか、そのことであった。口にこそ出さないものの彼女もいまや適齢期であり、婚姻の申し込みはそれこそ両手の指では数え切れないほど来ているのだ。

 知りたくもあり、また聞くのがこわい話題であったため、こうしてさりげなくほかの話題に混ぜて様子を見たというのが、クラウスが本来意図したことであった。


 さきのシャルロットに対する祝福の言葉も、当然本心からのものではあったが、だからといって心に負った傷跡が、跡形もなく消え去ったわけではないのだ。

 自身を取り巻く色恋沙汰に、臆病になってしまうのも無理からぬことであった。


「……いや、やめとく。せっかくみんな喜んでるんだ。俺たちもあやかろうぜ」

「そうですね……まぁいいでしょう。今日ぐらいはすべてを忘れて、ともに朝まで飲み明かしましょう!」

「そう! その意気だ! そこのおねぇさん! ここにジョッキふたつお願い!」

「はいよ! ちょっと待ってね!」


 ――明るい前途を約束するような幸福に満ちた開放感が、いまも暖かく王国全体を包んでいた。

 街には屋台が繰り出し、道行く人への呼び込みで休むまもなく熱気が渦巻く。

 繰り返される、酒が注がれる音。グラス同士がぶつけ合わされる音。陽気な笑い声。etc、etc……


「――国王ローデリヒ陛下、万歳!」

「――王妃シャルロット様、万歳!」

「……………………!」

「…………」


 遠くでは、いまだに新しい国王夫妻を讃える声が続いている。

 この包み込まれるような幸福感に、いつまでも浸っていたいと思ってしまうが、もちろんそういうわけにはいかない。彼らには待っている者たちがいるのだから。

 ただ、その日だけは、アーデルハイドの言葉通り、あらゆるしがらみを脇に置いて、積もる話を交えながら朝までふたりで飲み明かしたのであった。



 クラウスたちがパラダイン領に向けて旅立つ日が、徐々に近づいてきていた。



      *   *   *



「――名残惜しいですけど、もう行かなくては……」

「そうね。あなたと知り合えて、心からよかったと思うわ」

「いい人が見つかったらいつでも言ってください。すぐに還俗させるよう手配しますから」


 そう言ってアーデルハイドはいたずらっぽく片目をつぶった。

 相手は、修道院に入ることが正式に決まったシェーンバッハ侯爵令嬢ナターリエである。


 王都を発つ前に別れを告げる、()()()()のある者はいつの間にか多くなっていたが、その中でも特別な者はいる。

 目の前の令嬢は、さらにその中でも特に大切な一人であった。


「では、お元気で」

「あなたも」


 送別会まで開いたというのに、いつまでも未練がましいことだと思う。

 最初はしんみりとした雰囲気をまとって聞いていたクラウスも、あまりにしつこく繰り返される別れの言葉の応酬に、最後の方はさすがに辟易とした顔になっていた。


 このような感じで、いろいろな人たちに挨拶してまわり、ようやくのことで王都を発つ日がやってきた。


「――王都に来てから五年か。長いようで短かったな」

「いろいろありましたけど、私はあの学院に入学できて、よかったと思いますよ。できれば、卒業まで在籍できたらもっとよかったんでしょうけど、そこまで贅沢は言えませんから」

「別に、お前だけ残ってもよかったんだぞ?」

「冗談じゃありませんよ。あなたを一人になんて、させられるわけないじゃないですか」

「信用ないんだな」


 アーデルハイドはちらりと隣を一瞥し、すぐに顔を正面に戻した。

 続けて口から出た言葉は、自分に言い聞かせているような含みを感じさせた。


「いえ、私がそうしたいだけです」


 思ってもみなかった返答を返されたクラウスは、驚いたように目を見開き、やがてその言葉から受けた喜びを隠そうとするかのごとく、不敵な笑顔を作った。


「ふん。憎まれ口もお前らしくていいが、たまには素直なのも悪くはないな」

「何を言っているんだか。私はあなたの忠実な騎士ですよ? 憎まれ口なんて……クラウス様の前ではちょっと本心がこぼれてしまうだけですから」

「おい! 見も蓋もない言い方はやめろよ!?」

「いいじゃないですか。誰が聞いているわけでもなし……」

「いや、俺が聞いてるだろ!?」


 パラダイン辺境伯領は他国と国境を接する、王都から相当離れた場所にある。

 気軽に行き来できる場所ではなく、クラウスとアーデルハイドにとっては、王立学院に入学してから、これが五年ぶりの帰郷ということになるのだ。


 久々の故郷への想いは、心を浮き立たせずにはおかなかった。


「城に戻ったら、今回の褒美として母上になんでもおねだりしてみるといい。多分大抵の願いならかなえてくれると思うぞ?」

「願い――ですか?」


 アーデルハイドは万感の思いをこめて目をつむった。

 まぶたの裏に浮かぶのは、慌ただしくも充実感に満たされた日々の記憶。


 ややあって、ゆっくりと目を開けたアーデルハイドは、敬愛する主君に向けて、心の奥底にしまってあった大切な自分の想いを、ほんの少しだけ表に出して見せた。


「――願いなど、私はクラウス様のお側で一生お仕えできれば、それ以上望むものはありません。いまさら願いなんて……」

「なに言ってんだお前?」


 クラウスは呆れたように、まじまじとアーデルハイドのことを見つめてきた。

 アーデルハイドはガラにもないことを言ってしまったと、頬が赤くなっているのを自覚した。

 そんなかわいい反応を見せる幼馴染に、クラウスは真面目くさった口調で、こちらも心からの想いをそのまま言葉にした。


「当たり前じゃないか! お前は俺の騎士だぞ? 手放したりするはずがないだろう。一生どころか、来世でも俺の側から放すものか! 覚悟しておけよ!?」


 クラウスの無茶な宣言に、一瞬驚いた顔を見せた後、すぐにはじけるような笑顔に変わった。

 湧き立つ心を言葉に変えて、アーデルハイドは弾むような調子で簡潔に答えた。


「はい! クラウス様!」

「うむ、わかってくれているならそれでいい。では行こうか。道のりは長い。俺の側を離れるなよ!」

「クラウス様こそ、迷子にならないように注意してくださいよ?」

「減らず口を……まあいい。のんびり行こう。それぐらいのわがままなら母上も許してくれるだろう」

「ええ、お供しますとも! まいりましょう、共に!」


 ふたりは(くつわ)を並べ、申し合わせたように歩調を揃え、のんびりと歩き出す。

 ――向かう先は同じ場所。


 五年前、この地にやってきた一組の少年と少女は、多分にあどけなさを残す子供だった。

 彼らは思惑の糸に絡められ、翻弄されつつ、多くの試練を経て成長を遂げた。


 ――そして五年後の今、あのときの少年と少女は、領主代行とその騎士となり、共に故郷に凱旋する。

 途中、回り道もあったが、結局はそれが二人の絆をより強固にした。


 まっすぐに伸びる道は、彼らの未来を暗示するように、どこまでも遠くへと続いている。

 彼らは振り返ることなく、前を向き、その道を確かな足取りで歩んでゆく。


 その先も、さらにその先も……


 ――たとえ死が二人を別つとも、結び付く魂は永劫に離れまじ――


本編はこれにて完結です。

短い間でしたが、最後までお付き合いくださりありがとうございました。


感想などありましたらお気軽にどうぞ。

よろしければこの下にある文法・文章評価、物語評価にもご協力をお願いいたします。

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