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第27話 

「すこし、お時間いいかしら? 聞かせてもらいたいことがあるのですけど」

「……どうぞ」

「……ええっとね……」


 シャルロットとの会話は、ナターリエに強い違和感を抱かせた。

 こうして間近で会話を交わしていても、彼女は人を見ていないのだ。

 美しい相貌は自分のほうを向いているのに、目の視点が定まっていないことが違和感の正体であろう。

 内面がまったく読み取れない表情は、それでも比類なく美しかったが、きわめて無機的で起伏のまったくない仮面のようであった。


(これではまるで、感情のない人形を相手にしてるみたい……気分を変える必要がありそうね)


 ナターリエの決断は早かった。


「ここでは落ち着いて話ができそうもありませんね。場所を変えましょうか」

「……えっ?」


 ナターリエが笑顔で提案する。彼女としてはリラックスできる場所に移ろうと考えただけで、それ以上の意味はなかった。


「サロンに行きましょうか。許可制だけど、いまなら待たずにテーブルを取れるでしょう。あなたは利用したことはある?」

「……ありません」

「そうなの。落ち着いた雰囲気でいいところよ? 利用しないまま卒業してしまうのはもったいないわ」

「そうですか……」

「では、まいりましょう。あっ、そういえばノートの持ち込みは良かったのかしら?」

「あの、私に聞かれても……」

「そうだったわね。でも多分大丈夫でしょう」


 どこかに焦る気持ちでもあったのか、普段の彼女らしくなく、相手の同意も得ずに強引に決めてしまった。


 もしその場にアーデルハイドがいれば、ナターリエの軽挙に頭を抱えたことだろう。

 以前、アーデルハイドが、クラウスとの関係を問題視されたときも、少なからずナターリエが絡んでいたことを思い出してさえいれば、彼女がパラダイン家の屋敷に訪ねてきたとき、人目に付かないよう慎重に行動するようにと念を押していたことだろう。


 たとえば、衆目があるところで『クラウスにつきまとうのはやめなさい』と、ナターリエのような影響力の強い侯爵令嬢が注意すればどうなるか、ということである。

 当然、アーデルハイドへのストーカー認定待ったなしである。

 それが、結果としてオフィーリアに目を付けられる原因となり、殺人冤罪騒動へと繋がっていくのだ。


 なぜナターリエのような良識ある者がそんな軽挙に走ってしまうかと、疑問に思わざる得ないのだが、どうやら彼女自身に裏の思惑がなく、純粋に善意からの行為であるため、負の影響にまで思いが到らないらしいのだ。


 今回、ナターリエが行なったシャルロットの呼び出しも、それに近い暴挙といえた。


 パラダイン家へのナターリエの訪問が不意のものであったため、自分の言動に自覚を持たせることを、完全に失念してしまっていたのが致命的であった。

 それがもたらす騒動がどのようなものになるかは、誰にもわからないが、ろくなことにならないだろうことだけは予想がついた。


 ――余談だが、なぜアーデルハイドに近い人間たちに、このような短絡的な人物が多いかといえば、彼女自体がそんな人物を好んで、自ら近づいていっているからに他ならない。

 アーデルハイドの苦労に関してのみいえば、それは完全に自業自得であった……


 サロンに連れ出した問題の男爵令嬢を前にして、ナターリエは回りくどいことをせず、単刀直入にいきなり本題に切り込んだ。


「実はローデリヒ殿下のことをお聞きしたくて」


 いきなり核心に触れる。


「オフィーリア様にお聞きになればよろしいのでは? なぜ私に?」


 シャルロットの一見そっけなさを装った返答からは、感情の起伏が乏しいにもかかわらず、隠しきれない戸惑いがにじみ出ていた。


(私のこと、警戒しているのかしら?)


 ありえる、とナターリエは思う。

 今までシャルロットに話しかける場合は、たいていが苦言めいたことばかりであったし、こうしてナターリエからお願いことするなんて、おそらく知り合って以来、初めてのはずである。


(だからといって臆していてはいけないわ。これはある意味ローデリヒ殿下のお心をオフィーリア様に取り戻すための戦い! 真剣勝負の場なのですから)


 正面から正々堂々と立ち向かう。


 オフィーリアの命じた無茶な指示によって心神喪失に陥りかけたナターリエは、アーデルハイドの差し出した、正しい現状認識という苦い薬によって立ち直ることができた。

 アーデルハイドの指摘が、ナターリエの意に沿わぬものであっても強く心に響いたのは、それが不都合な現実と真正面から向き合ったものだったからである。

 彼女に後から切りつけるような卑怯なまねができるはずがはなかった。


 だからこそ、正面きっての戦いでは彼女も全力を出し切ることができるのだ。

 それはローデリヒを巡る争い。

 彼の歓心を再びオフィーリアが取り戻すことができればナターリエの勝ちである。


 ――ただ、彼女はひとつだけ勘違いしていた。

 じつのところ、オフィーリアがローデリヒの心を掴んだことなど、過去にただの一度もなかったのだ――




 ナターリエたちがサロンに向かうために連れだってたち去った後の教室では、まずシャルロットの態度が令嬢たちの槍玉に上がった。


「なに? あの礼儀知らずな態度! いったい何様のつもりかしら!?」

「あんなだからこそ、婚約を破棄されてしまったのでしょうに。まだわかっていなかったのかしらね」

「本当に! 田舎者は困りますわ、常識をご存知でいらっしゃらないようで」


 本人のいないところで言いたい放題であった。


 その後、ナターリエの思惑に対してさまざまな憶測が飛び交ったが、確たるものは出なかった。

 たいていは見当違いものであったが、これがひとつの事件として重要視されていることだけは、衆目の一致した意見であった。だから、こんな提案が出てくるのも、時間の問題だったのかもしれない。


「――ねぇ皆さん、ちょっとあのふたり、気になりません?」


 お互いの顔を見合わせ、淑女に相応しくない表情を浮かべた彼女たちは、二人の後をこっそりとつけていった。




 さらにその頃の騎士科では、アーデルハイドが申請書類の整理に追われ、当分の間はかかりきりになりそうな量に、悲痛なうめき声をもらしていた。


「ほかにやらなきゃいけないこと、いっぱいあるのに……覚えてなさいよ!」


 頼まれたことを断れない性分の彼女は、仕事を抱えすぎて、学院祭以外のことは頭から抜け落ちてしまっていた。

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