第25話
ナターリエに請われたクラウスは、渋りながらも、当時、ほぼ初対面に近かったシャルロットに向けて口にした、いくつかの言の葉を明かした。
思い出したくないことなのだろうか、クラウスの述懐には、どこか韜晦するような響きが含まれていた。
――クラウスの告白を聞く二人の女性の反応は正反対なものであった。
ひとつ披露するごとに、ナターリエの顔は恥じらいで赤く染まっていき、対照的にアーデルハイドは表情を失い、顔に落ちる影の色が濃くなっていった。
『――たとえ死が二人を別つとも、結び付く魂は永劫に離れまじ――』、『――君は美の女神の化身、私の光、魂の喜び。わが人生は君と共にあらんことを――』、etc……
「……とまぁ、こんなところだ」
言い終えて顔を背けたクラウスの横顔を、じっと見つめるアーデルハイドの周りから、心胆を凍てつかせるような冷気が漂いだしはじめている。その原因に心当たりがあるクラウスは、何も言わず、ただ首をすくめるだけであった。
一方、真っ赤に染めた頬に両手を当てたナターリエは、興奮を抑え切れないようであった。
――神話に出てくるような、気品を勇壮さを兼ね備えた、年頃の少女の理想が具現化したような高潔な騎士。
見た目も立ち居振る舞いも、夢の中でしか会えないような天上の存在が、情熱的な言葉でただ自分だけを求め、永遠の愛を誓う――
これで陥落しないなど、心が歪んでしまった者だけに違いない!
そんな物語のような一場面を頭の中に思い浮かべ、ナターリエはうっとりとした陶酔を全身で顕にしていた。
「ロマンティックですわ、クラウス様! そんな情熱的な求愛の言葉を聴かされれば、心を奪われずにいられる女性などいないでしょう。これではシャルロット様のせいにはできませんね。なぜ言い続けておあげにならなかったのです?」
「いや、それがな……」
「……?」
挙動がおかしいクラウスの様子を目にして、逆に落ち着きを取り戻したナターリエは、ようやく室内の微妙な空気を感じ取った。
クラウスとアーデルハイドを見比べて、自分の知らない何かが、二人の間に横たわっていることを察した。
「? どうかしたのですか?」
「いや……」
「アデルさん?」
「そうですね。ナターリエ様には情熱的に聞こえたのですね」
「ええ、素敵だと思いました。私もこんなプロポーズの言葉をもらえたら、と」
「なるほど。プロポーズ……たしかにそう聞こえても不思議ではないかもしれませんねぇ」
凍てつくような冷たい口調でアーデルハイドは吐き捨てた。ただし、その対象はナターリエではなく、クラウスであった。
「だ、そうですよ、クラウス様?」
「…………」
「……何か問題が?」
「ナターリエ様には関係のないことです!」
「ぜひ、聞かせてもらいたいわ。無関係とは言い切れないでしょう」
「私の口からは言いたくありません!」
アーデルハイドに拒否されたナターリエは、クラウスを見つめる。
「……っ」
女性二人から射抜くような視線を突き刺され、もはや逃れられないと観念したクラウスは、それらが引用であることを白状した。クラウスがシャルロットに対して口にした愛の言葉の数々は、彼の頭から生み出されたものではなかったのだ。
――そして、それ以上の問題は、その台詞の出典にあった。
「え……アデルさんがクラウス様の騎士に任命されたときの誓いの言葉? 忠誠の言葉を愛と美に置き換えただけ……?」
一瞬の静寂。
その直後、室内であるにもかかわらず、ヒュウッと、極寒の風が室内を吹きぬけていった。
* * *
それからまもなくナターリエはパラダイン家を辞した。
来訪したときの沈み込むような悄然とした雰囲気は消え去り、どこか吹っ切れたように明るさを取り戻していた。
昨日から降り続いていた雨は、いまはもう止んでいた。
残された二人の表情は、帰宅の途に向かった令嬢のものと違い、いまだに曇ったままであった。
「いい加減、機嫌直せよ」
「何の話ですか!? 私は怒ってなどいません!」
「怒ってるじゃないか」
「怒ってません!」
むきになっているとの自覚があったアーデルハイドは、強引に話題を変えた。
「それより、どう考えたらいいのでしょうね?」
「何を?」
「ナターリエ様の話です。聞いたかぎりでは、オフィーリア様がまた暴走し始めたように思えますけど……」
「……だろうな。警戒しておいたほうがいいと思うが、 彼女には期待してないのか?」
「期待ですか?」
「そうだ、彼女はお前の友人だろう」
「残念ながら、前提となる部分が私とナターリエ様とでは違うので。ナターリエ様はずいぶん好意的に解釈してらしたけど、私は逆に言葉以上のものを求めているのだと疑っているんですよ」
「だろうな。俺もお前に賛成だ」
「ナターリエ様のことは私も好きですよ。信頼もしています。ですが、他人の思惑を善意に解釈しすぎでしょう。オフィーリア様へのアドバイスも、もっと早ければ効果をもたらしたかもしれません。今となってはもはや手遅れでしょうが」
「そうだな。こちらもぎりぎりだが間に合ってよかった」
「では?」
「ああ、近々はじまるだろうな」
クラウスたちの予想は的中した。数日もたたぬうちに事件は起こった。




