蕾ルート1話
俺と桜花姉が夕飯を食べ終わってすぐ。
部屋の窓が控えめにコンコンと鳴った。
「はーい」
相手は1人しかいない。
おそらく蕾さんだ。
カーテンをシャーと開けて、窓をガチャっと開ける。
「ごめんね、守君。今は放っておくべきかと悩んだけど、やっぱり心配で」
薄暗い外。夕日は既に傾き、闇が支配する住宅街。
まばらに街灯。ヒラヒラと舞う桜の花びら。
そして天からは月が優しく世界ではないが、少なくともこの辺り一帯は照らしてくれていた。
俺は無言で彼女に手を伸ばす。
上がってくださいと行動で促す。
「ありがとう、守君」
「いえいえ、お気になさらず」
「それで落ち込んでた理由は鬼絡み?」
「はい。蕾さんからしたら所詮は「おとぎ話」ですが、俺にとっては非常に重要な事態で」
「ふむふむ、お姉さんに聞かせなさい」
相槌を打つ蕾さん。
「おとぎ話ですよ?」
「今は考え変わったよ。鬼に会ってきたもん」
「え?」
素っ頓狂、あまりにも間抜けな疑問符が口から音を発した。
「希導家、つまりはこのお家の地下に鬼が眠ってるの。桜花ちゃんに頼んで、会わせて貰ったんだ」
優しくはにかむ彼女。
「鬼が眠ってる……?え?えぇ!?えぇぇぇぇぇ!?」
「いつかと同じ反応だね」
ふふっと微笑む蕾さん。
俺は思わずその笑み、そして月明かりが優しく包み込む姿に見惚れてしまった。
「蕾さん」
「うん」
「覚悟はいいですか?」
「ドンと来い!」
彼女は胸を張る。
俺はその姿に安心を覚えた。
「希導家に選ばれた結婚相手は、必ず早死にするそうです」
俺は目を瞑り、打ち明けた。正直相手の反応が怖かったのだ。
しかし、彼女の答えは軽かった。
「へぇー」
「へぇーってそれだけですか!?」
思わず閉じていた両目を開き、彼女の両肩に触れる。
「うん。それだけ」
「普通は驚いたり、俺の事嫌いになると思うんですが」
「守君」
「はい」
「私がその程度の覚悟で、君に振り向いてもらおうと必死になってると思っていたの?」
「違うんですか?」
「そうだよ!例え早死にする運命だとしても、私はあなたと過ごす大切な時間が愛おしいの。守君はそうじゃない?」
「違います。俺は怖いんですよ!大切な人が、蕾さんを失うのが!」
彼女は優しく俺を抱く。黒煙色の髪からは、柑橘系の匂いがした。
「私だって、死ぬのは怖いよ。でも、だからこそ君との時間を大切にしたい。だから、こうやって君に会いに来たんだよ?」
「蕾さん……」
彼女の肩で俺は情けなく涙を流した。
ひっくひっくと男が女性に抱かれて泣いている。
なんて弱い人間なんだ……俺は……。
「守君」
「ひっく……はい……」
「私は最期の時まで君と一緒にいたい」
「はい」
まるで女神のように穏やかに耳元で囁いた。
「だから、結婚を前提に私と付き合ってください」
「はい……!」
俺の涙は止まらない。
「はい、小指出して」
俺から離れ小指を差し出す。
「はい」
言われるがまま従う。
「私が死んだ後、ほかの女の子、主に紫音ちゃんとか紫音ちゃんとかに浮気したら、化けて出てやる。指切った」
「なんですかそれ」
思わず涙を流したまま彼女を見る。
「誓いだよ。私が逝っても他の女の子に手を出さない。約束できる?」
「もちろんです」
「じゃあ、私達は晴れて恋人同士。明日デート行こ♪」
「急ですね」
ははっと可笑しくて笑う。
「思い出は少しでも多い方がいいでしょ?」
ニコッと眩しい笑みで返された。
「ついでに、守君はバイト始めてね。働く場所は大島屋」
「それも思い出ですか?」
「もちろん。私が亡くなっても、君の胸に刻まれた思い出のアルバムに1ページでも多く記録しておかないと」
「わかりました。近いうちに面接に行きます」
「よろしい。それじゃあね。私の愛おしい人」
そう言い、窓の外から自分の部屋へと帰っていった蕾さん。
「じゃあ明日ね」
「ありがとうございます。蕾さん。俺の恋人になってくれて。励ましてくれて」
相手は既にカーテンを閉めて部屋の明かりが灯っていた。
俺の感謝の言葉に答えは帰ってこない。
それでいい。彼女の優しさにこれ以上甘えず、でも大事に咲倉蕾という女性を愛していきたい。
そう誓った。
始まりました蕾ルート
守と彼女がどんな物語を描くか。
お楽しみいただければ幸いです




