4 未来と意志
――――――夜の新田川高校の前に、美樹の車が停まる。
三日ぶりに登校した昂大は、黒く染まった校舎を見て肩を落とした。
「じゃ、またね」
「色々ごめん……そ、その……ありがと」
美樹は助手席側の窓を開け、小さく手を振った。昂大は恥ずかしそうだったが、憑き物が落ちたように清々しくなったように見える。
美樹と別れた昂大は、正門の横にある勝手口から中に入る。
誰もいない校舎に入ると、一つだけ明かりがついている部屋を目指した。
ノックして、引き戸を引く。
校長室にいたのは万屋だった。真新しい大きな校長席に座り、何やらパソコンを打っている。昂大に気づくと手を止めた。昂大は万屋の顔を見ることができず、棚や来客用のソファを見ている。
「昂大」
「……はい」
「済まなかったな」
突然の思ってもいなかった謝罪に、昂大は狼狽えた。
「意図的に話さなかったことで、お前を傷つけてしまったことは明白だ。済まなかった」
「い、いや、万屋さんは悪くないです……もう大丈夫ですから」
昂大は首を横に振った。事実、万屋のせいでこうなったわけではない。
いくら後悔しても、反省しても、石川は戻ってこない。先ほどたくさん泣いて、落ち着いて考えた昂大は、美樹の言った通り、未来のことを考えようと思っていた。
「雪から報告を受けた。シュトラという男について、雅治の最後、そしてお前の戦い……本当によく戻ってくれた」
「……いえ」
昂大は万屋に謝られ、どういう顔をしたら良いかわからず、ぎこちない笑みを浮かべている。
「偶然だったんです……シュトラが、おれと同じ人殺しだったら、きっとおれは死んでいた」
万屋は少しだけ笑うと、昂大の頭に手を置く。
優しい手のぬくもりが、昂大の意識を溶かした。
「私は、お前に人を殺すことを強いてきた。そういう風に、育ててしまった。その結果に、答えに、後悔している」
万屋は応接用のソファに座り込む。美樹と同じ、酷く疲れた顔―――それは、これまであまり見せたことのない表情だった。
昂大の心が締め付けられる。無意識に、浮かんだ疑問を口にしていた。
「おれ……これから何をすれば……」
だめだ――――――昂大は無意識に、行動を万屋に委ねようとしていることに気づく。
「ち、違う。おれは、これから自分が何をしなければならないか、自分で決めないといけない。だから、教えてくれませんか。臨起の、本当のこと」
昂大は力強い瞳で万屋を見た。その瞳には、確かな決意に満ちている。
「シュトラに何か言われたか」
「何も言われてません。でも、シュトラを殺してしまった時に感じたんです。シュトラの力がおれの中に流れ込むのを。雪もそうでした。石川さんの体から青い液体が出てきて、吸収された……臨起を奪うって、何なんですか?」
万屋は昂大の瞳に応えるように、言葉を紡ぐ。
「臨起が、超常的な能力を得ることはわかったな」
「はい」
「だが臨起の本質は力ではない。人間を想像の先へ……人類を進化させることにある」
「……進化?」
「臨起は、人の心に宿る、人の世界に干渉するものだ。人間が人間である根源的な概念……心を司る力として」
昂大は顔を顰める。万屋の話の意味が、よくわからなかった。
「人は誰しも、心に大きな虚を抱えている。臨起はそんな心の虚に宿る力だ。そして……穴の開いた不完全な人類を、進化させる」
「ちょ……ちょっと待ってください。よくわからなくて」
万屋は、困惑する昂大をよそに、淡々と続けていく。
「理解できなくてもいい。だがお前は見たはずだ。人知を超えた、超越的な力の数々を」
――――――昂大の見た、強大な光。
シュトラと石川の戦いは、万屋の言う通り、想像を絶するものだった。
そして自身も、圧倒的な力に目覚めたような気がする。
シュトラとの戦いはほとんど覚えていなかったが、あの時の自分は、自分ではない別の誰かだったような気がしてならない。
「臨起は、他の臨起を吸収し、より強い力となっていく性質がある。雅治の臨起は雪が、シュトラの臨起はお前がそれぞれ吸収した。二人ともより強力な力を得ているはずだ」
「……正直、実感がないです。ていうか、臨起の力ってどうやって使うのかもわからないし……」
「わからなくてもいい。お前はこれ以上臨起を吸収しなくてもいいからだ」
「え……? どういう意味ですか? 吸収し続けたら、どうなるんですか?」
万屋の目つきが強くなる。一呼吸置いて、力強く告げる。
「お前が望むものが、手に入ることになる」
「……?」
万屋は立ち上がると、再び昂大の前に立った。
「昂大。お前はこれからどうしたい」
「……どうって」
「これまで私は、お前に人殺しを強いてきた。それは全て計画のためであり、許されるものではない。だが、後悔したり感傷に浸ることなど、私には決して許されない。だから、今からはお前がやりたいことを望みたい」
「やりたい、こと……」
昂大の心境は複雑だった。
自分こそ、万屋の言葉を盾に、行動の責任を転嫁していたのだ。自分勝手に責任から逃れておいて、今更すべてをなかったことにはできない。
しかし、先ほど美樹に言われた言葉が強く心に響く。
――――――誰かを想うのなら、未来に目を向けろ。
これからどうすべきかを考えることが、今自分のやるべきことだ。自分を守るために死んだ二人への、精一杯の恩返しになるのなら――――――。
「……もう少し、普通に生きてみてもいいですか? 学校に行って勉強して、部活して、一人暮らしして……そんな生活を、もう少しだけ続けたいです」
昂大が口にした言葉に、万屋は小さく頷いた。
「少しとは言わず、好きなだけ過ごすといい」
万屋は微笑し、昂大の肩を叩いた。
「私はそのために、何だってしよう」
昂大は、万屋の優しい笑顔を見て、表情が綻んでいた。
万屋の言葉の意味を深く考えることより、この温かい表情をいつまでも見ていたいと思った。




