3 他責と自責
移動中の車内は、深い沈黙に包まれていた。
ぼんやりと後部座席の車窓から景色を見ていた昂大は、頭をガラスにつけたまま視線を落としている。
目的地に着くまで会話はなかった。互いに思考を整理し、冷静になった結果、言葉を発さないことを選択していた。
美樹の車は、森の中にある墓地へと到着する。
ここは吉凶が管理している土地で、以前遠江羽流の護衛時に訪れたセーフハウスと同じ、裏社会の完全中立地帯となっていた。
車を降りると、美樹は茫然としている昂大の手を引いて、墓地の奥へ進んでいく。
「……あんまり行きたくない」
「そうね。私も。でもいかなきゃならない」
二人は一際新しい墓石の前で立ち止まった。開けた場所で、遠くに街並みが見える、見晴らしの良い場所だった。
――――――石川雅治の名前が書かれた、白い墓石。
新鮮な花が供えられているだけの、シンプルな光景が広がっている。
「あの後、雪が雅治の遺品を運んでくれてね。シュトラが作り出した空間の出口が、人気のない空き地に繋がっていたおかげで、こうしてお墓が作れた」
「……」
戦いの後のことは、正直よく覚えていなかった。
空間が消えると同時に、シュトラの遺体と石川の遺体が光に溶けて消えてしまった。
まるで、すべてが浄化されていくような景色だった。神域という空間が、二人を天国へ連れて行ってくれたのだろうか。
「ねえ昂大。お墓って、何のために作ると思う?」
「……供養のためとかじゃねえの」
「私は、生きていたことを忘れないようにするためだと思ってる」
美樹は墓の前で膝を付き、手を合わせた。
「たとえここに、雅治の遺骨が入ってなくても、雅治が生きた証がここに残るのなら、意味があると思うの」
昂大は石川の墓を見つめる。
生きた証――――――シュトラは、生と死は等価だと言っていた。生きていれば死があり、死があるということは生きていたということ。
「吉凶は人を殺してきた。たとえそれが悪人で、存在することすら罪な人間であったとしても、生きた証は残り続ける。私たちも同じ穴の狢だけど、生きていたことに意味があったのだとしたら、それは残された者が決めればいい」
美樹は昂大を改めて見据える。
「さっき、なんで自分が優しくされるのかって、自分の方が死んだらよかったって、そう言ったね」
「……」
「それは昂大が、嘘偽りなく誰かのことを思っている、ということの裏返しでもあると思うよ」
「……なんだよそれ」
「雅治は昂大になんて言ったの? 雪は、万ちゃんは? みんな、昂大が死んだらよかったって、そう言った?」
「……言ってない」
「もう一回聞くけど、どうして自分の方が死んだらよかったって、そう思うの?」
昂大の目が泳ぐ。顔に暗い影が落ち、今にも泣き出しそうな顔になった。
「だって……おれは、守られるような人間じゃない。意思もない、ただ人を殺すことしか能がない、最低な人間なんだ。純也も、石川さんも、おれを守る価値なんてなかったんだ」
「本当にそう思う? 純也も、雅治も、そう言ったの?」
「っ……」
純也が死んだ時、昂大の腕の中で冷たくなっていった時、確かに言った。
石川が死ぬ寸前、燃え尽きて崩れそうな体で、確かに言った。
――――――生きろ、と。
その言葉は、自分に生を強要しているのだと思っていた。守る価値も、生きる価値もない自分を助けたのは、二人が心の底から優しい人間だからなのだろうと。
受け入れられなかった。自己犠牲など、価値のない自分がやればいい。他人は、犠牲にならなくてもいいのだと、そう思っていた。
「昂大。自分が思っているほど、昂大は悪い人間じゃない。自分自身を認められないことはわかる。でも、自分で自分を否定し続けても、何の意味もない」
認められるわけがない。
自分で自分を認められるのは、正しい意思や強い信念を持って生きている人だけだ。
夢や希望を持って生きている、普通の人だけだ。
「おれは……辛くてもいい。辛いのは、おれへの罰なんだよ」
「何の罰?」
「おれは……昔……昔……」
昂大の心に、酷く捻じれたノイズが奔る。
強く鼓動した心臓の気配に、胸を押さえて蹲ってしまう。
――――――何か、何か、引っ掛かる。何か大切なことを忘れているような気がする。どうして自分は、こんなにも自分が嫌いなのだろうか。
「大丈夫!?」
美樹は昂大の肩を持つ。
「……おれは、生きなきゃならなくなった。でも、怖いよ。怖くてしかたない。自分の意思で人を殺してしまった……もう普通の生活は送れない」
「……なら、これからずっと、死んだ人のために生きるっていうの?」
「うん。それが、最低なおれへの罰なんだ」
諦めたように苦笑する昂大に、美樹は声を荒げた。
「いい加減にしなさい。罰? 何勝手に決めてんの? 罪とか罰とか、神様にでもなったつもり?」
「……そんなつもりじゃない」
「なら何なの。生きることは誰にとっても幸せなことばかりじゃない。でもその中で、みんな明日を探して必死に生きてる。人は独りでは生きていけないけどね、人生をどう歩んでいくかの責任は、自分にしかないんだよ。今の昂大は、生きることの責任を他人に押し付けているだけ。辛いことから逃げたいから、自分を否定することで、全部の責任を投げ出してるだけなんだよ」
「ッ……」
――――――押さえていた感情の詮が、不意に決壊する。
涙が止まらなくなり、呼吸が阻害される。止まらない嗚咽に身を任せ、声を上げて泣き叫んだ。
そんな昂大を、美樹は優しく抱きしめる。
「大丈夫。誰だって生きることに自信はないの。私だって、万ちゃんだって、雅治だってそうだった。みんな後悔ばかりして、自分を責めて、それでも未来に向かって生きてきたの。悲しいことや辛いことから逃げたい時は、過去ばかり見てしまう。でもね、誰かを思うのなら、未来に目を向けてみて。昂大は、優しい子。だからきっとできるはずよ」
「おっ……おれっ……さい、ていだ……ごめ……ごめん……!!」
「最低じゃないって」
美樹は小さな子どものように泣きじゃくる昂大を、優しく抱きしめ続ける。
美樹の頬に、一筋の涙が伝ったのを見る者は誰もいなかった。




