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蒼境の子羊《メシア》たち  作者: くろ飛行機
7章 臨起の適格者
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3 他責と自責


 移動中の車内は、深い沈黙に包まれていた。

 ぼんやりと後部座席の車窓から景色を見ていた昂大は、頭をガラスにつけたまま視線を落としている。

 目的地に着くまで会話はなかった。互いに思考を整理し、冷静になった結果、言葉を発さないことを選択していた。


 美樹の車は、森の中にある墓地へと到着する。

 ここは吉凶が管理している土地で、以前遠江羽流(とおとうみはる)の護衛時に訪れたセーフハウスと同じ、裏社会の完全中立地帯となっていた。

 車を降りると、美樹は茫然としている昂大の手を引いて、墓地の奥へ進んでいく。


「……あんまり行きたくない」

「そうね。私も。でもいかなきゃならない」


 二人は一際新しい墓石の前で立ち止まった。開けた場所で、遠くに街並みが見える、見晴らしの良い場所だった。


 ――――――石川雅治の名前が書かれた、白い墓石。


 新鮮な花が供えられているだけの、シンプルな光景が広がっている。


「あの後、雪が雅治の遺品を運んでくれてね。シュトラが作り出した空間の出口が、人気のない空き地に繋がっていたおかげで、こうしてお墓が作れた」

「……」


 戦いの後のことは、正直よく覚えていなかった。

 空間が消えると同時に、シュトラの遺体と石川の遺体が光に溶けて消えてしまった。

 まるで、すべてが浄化されていくような景色だった。神域(サンテュアリオ)という空間が、二人を天国へ連れて行ってくれたのだろうか。


「ねえ昂大。お墓って、何のために作ると思う?」

「……供養のためとかじゃねえの」

「私は、生きていたことを忘れないようにするためだと思ってる」


 美樹は墓の前で膝を付き、手を合わせた。


「たとえここに、雅治の遺骨が入ってなくても、雅治が生きた証がここに残るのなら、意味があると思うの」


 昂大は石川の墓を見つめる。

 生きた証――――――シュトラは、生と死は等価だと言っていた。生きていれば死があり、死があるということは生きていたということ。


「吉凶は人を殺してきた。たとえそれが悪人で、存在することすら罪な人間であったとしても、生きた証は残り続ける。私たちも同じ穴の狢(むじな)だけど、生きていたことに意味があったのだとしたら、それは残された者が決めればいい」


 美樹は昂大を改めて見据える。


「さっき、なんで自分が優しくされるのかって、自分の方が死んだらよかったって、そう言ったね」

「……」

「それは昂大が、嘘偽りなく誰かのことを思っている、ということの裏返しでもあると思うよ」

「……なんだよそれ」

「雅治は昂大になんて言ったの? 雪は、万(バン)ちゃんは? みんな、昂大が死んだらよかったって、そう言った?」

「……言ってない」

「もう一回聞くけど、どうして自分の方が死んだらよかったって、そう思うの?」


 昂大の目が泳ぐ。顔に暗い影が落ち、今にも泣き出しそうな顔になった。


「だって……おれは、守られるような人間じゃない。意思もない、ただ人を殺すことしか能がない、最低な人間なんだ。純也も、石川さんも、おれを守る価値なんてなかったんだ」

「本当にそう思う? 純也も、雅治も、そう言ったの?」

「っ……」


 純也が死んだ時、昂大の腕の中で冷たくなっていった時、確かに言った。

 石川が死ぬ寸前、燃え尽きて崩れそうな体で、確かに言った。


 ――――――生きろ、と。


 その言葉は、自分に生を強要しているのだと思っていた。守る価値も、生きる価値もない自分を助けたのは、二人が心の底から優しい人間だからなのだろうと。

 受け入れられなかった。自己犠牲など、価値のない自分がやればいい。他人は、犠牲にならなくてもいいのだと、そう思っていた。


「昂大。自分が思っているほど、昂大は悪い人間じゃない。自分自身を認められないことはわかる。でも、自分で自分を否定し続けても、何の意味もない」


 認められるわけがない。

 自分で自分を認められるのは、正しい意思(・・)や強い信念(・・)を持って生きている人だけだ。

 夢や希望を持って生きている、普通の人(・・・・)だけだ。


「おれは……辛くてもいい。辛いのは、おれへの罰なんだよ」

「何の罰?」

「おれは……昔……昔……」


 昂大の心に、酷く捻じれたノイズが奔る。

 強く鼓動した心臓の気配に、胸を押さえて蹲ってしまう。

 ――――――何か、何か、引っ掛かる。何か大切なことを忘れているような気がする。どうして自分は、こんなにも自分が嫌いなのだろうか。


「大丈夫!?」


 美樹は昂大の肩を持つ。


「……おれは、生きなきゃならなくなった。でも、怖いよ。怖くてしかたない。自分の意思で人を殺してしまった……もう普通の生活は送れない」

「……なら、これからずっと、死んだ人のために生きるっていうの?」

「うん。それが、最低なおれへの罰(・)なんだ」


 諦めたように苦笑する昂大に、美樹は声を荒げた。


「いい加減にしなさい。罰? 何勝手に決めてんの? 罪とか罰とか、神様にでもなったつもり?」

「……そんなつもりじゃない」

「なら何なの。生きることは誰にとっても幸せなことばかりじゃない。でもその中で、みんな明日を探して必死に生きてる。人は独りでは生きていけないけどね、人生をどう歩んでいくかの責任は、自分にしかないんだよ。今の昂大は、生きることの責任を他人に押し付けているだけ。辛いことから逃げたいから、自分を否定することで、全部の責任を投げ出してるだけなんだよ」

「ッ……」


 ――――――押さえていた感情の詮が、不意に決壊する。

 涙が止まらなくなり、呼吸が阻害される。止まらない嗚咽に身を任せ、声を上げて泣き叫んだ。

 そんな昂大を、美樹は優しく抱きしめる。


「大丈夫。誰だって生きることに自信はないの。私だって、万ちゃんだって、雅治だってそうだった。みんな後悔ばかりして、自分を責めて、それでも未来に向かって生きてきたの。悲しいことや辛いことから逃げたい時は、過去ばかり見てしまう。でもね、誰かを思うのなら、未来に目を向けてみて。昂大は、優しい子。だからきっとできるはずよ」

「おっ……おれっ……さい、ていだ……ごめ……ごめん……!!」

「最低じゃないって」


 美樹は小さな子どものように泣きじゃくる昂大を、優しく抱きしめ続ける。

 美樹の頬に、一筋の涙が伝ったのを見る者は誰もいなかった。



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