プロローグ 貴方は今、幸せですか?
お待たせいたしました。第二部の開始です!!
第一部では、昂大くんたちが巨大な陰謀に巻き込まれていく様子を描きました。第二部では計画の進行や、昂大くんたち吉凶や藤堂たち警察サイドがどのように強大な陰謀に立ち向かっていくのかを描いていけたらと思っております。更なる新キャラが登場する予定ですので、そちらもお楽しみに!
さらにこの7章では、物語の深みや奥行きに関するとある仕掛けも……?
お楽しみいただければ幸いです(^O^)/
「貴方は今、幸せですか?」
高校からの帰り道、私は突然声をかけられた。
帽子を被った小綺麗なおばさんで、笑顔がとっても眩しい人だった。手にはよくわからない聖書のようなものを持っている。表紙に書かれていた青い花が綺麗で、思わずじっと見つめていると、友だちに駅の方へ引っ張られた。
「ちょっと千代。あかんやろ、あんな怪しい人らに興味持ったら。あんな人ら、何考えてはるかわからんで」
「そうやったね。ごめん。ありがとう」
友だちは呆れたように私を見つめる。
「千代はなぁ、ほんま、ええ子すぎるわ」
――――――ええ子。
そう言われた時、ふと私の中で何かが引っ掛かった。
良い子というのは、誰の目線かどうかによって、その在り方が大きく変わってくる。
友だちから見た良い子。
親から見た良い子。
兄弟、姉妹から? それとも、私自身から見た、良い子――――――?
私は、誰にとっての良い子なんだろう。
私は私立新田川高校に通っている。
勉強も部活もできて、充実した高校生活を送っているが、本来であれば、私立高校でそんな生活が送れる家庭ではなかった。
親は私が十歳の時に離婚した。
母はとても優しかったが、気の弱い人で、父から暴力を振るわれてもへらへらとしていた。何に対しても逆らわず、何を言われても謝るばかり。私はそんな母を遠くから見ていた。
父は酷い人間だった。貿易商社でバリバリと働いていたころは、年収一千万以上あって、とても人格者だったらしいが、会社が倒産して以来燃え尽きたように働かなくなってしまったという。酒浸りの日々を送り、癇癪を起して母や私に暴力を振るう。そんな父親だった。
「千代。また明日なぁ」
「うん。またね」
――――――貴方は今、幸せですか?
その言葉が、ふと思い起こされる。
私は今、幸せだ。紛れもなく幸せだ。父親が消えてから、本当に幸せになった。母は自殺未遂しなくなったし、私は暴力を振るわれずに済んでいる。
あの日からずっと、幸せを明確に意識したことがないほど、人生が明るくなったのだ。
あの日から、ずっと――――――。
= = = = = =
十歳の時、私が小学校から帰ると、部屋で父と見知らぬ女が死んでいた。
一目見て、ナイフでめった刺しにされたのだとわかった。そして傍で、笑いながら大粒の涙を流している母がいた。手には血の付いた包丁を握っていた。一目で母がやったのだとわかった。
「千代ちゃんを守らなきゃ千代ちゃんを守らなきゃ千代ちゃんを守らなきゃ千代ちゃんを守らなきゃ……」
譫言のように、私を守ると言っていた。でも私にはよくわからなかった。なぜ母が急に、父親を刺し殺したのか。母はこの男に逆らうこともできなかったはずだ。それなのに、なんで――――――。
「立花さん。貴方のご覚悟、見事でした」
リビングに見知らぬ青年がいた。冷静な顔つきのまま、母が出したと思われる湯飲みに入ったお茶を飲んでいた。背が高くて、体格が良くて、金髪に青い瞳の青年だった。
私は、その人を一目見た瞬間、心が打ち震えた。その人の纏う存在感と雰囲気はただ者ではない―――というよりも、まるで人間ではないようだった。
母はその人の足元に縋りついた。何度も礼を言っていた。その青年は、母に優しく微笑みかけた。
「もう、大丈夫です」
青年がそう言うと、母は手を合わせて青年を拝んだ。
= = = = = =
「……」
そんな昔話をふと思い出すなんて、今日は変な日だ。
それも、あのおばさんのせいだろうか。
それとも、おばさんの持っていた聖書が、よく見知ったものだったからだろうか――――――。
後で知った話なのだが、父親は私に暴力を振るっていたらしい。
私が知らなかったのは、寝ている間の出来事だったからだそうだ。
――――――いや、仮に知っていたとしたら、それを記憶に留めておくことなどできなかっただろう。
私の心はとうに死んでいて、何が現実で何が嘘か、分からなくなっていたのだ。
母は決して、人を殺すことのできる人間ではなかった。でもあの青年は、母に光を与え、父を殺せるよう導いてくれたらしい。
「人の心には虚が開いている。いつ誰がその虚によって、自らに害をもたらされるのかわからない。だが、どんな状況であっても、人は幸せになれる力を持っていて、それが失われることはないんだ」
何の変哲もない普通の日常こそが、私の幸せの証。
もう、何事にも怯える必要はない。
私には帰る場所がある。
だから次の日、あのおばさんにはっきりと言ってやった。
「大丈夫。私は幸せです」
って。
「おかえり、千代ちゃん」
「おかえり!」
「お帰りなさい」
「よっ。学校どうだった?」
新田川市の外れにあるグループホームが、私たちの家だった。
ここで、あの青年に救われた多くの人たちと共同生活を送っている。
温かく迎え入れてくれた家族たちに、私は笑いかける。
「ただいま」
私は胸を張って、そう言った。




