12 導きの日 ~世界。星は回る~
すべてが終わり、残ったのは破壊の跡だけだった。
美しかった草原と丘は、最後の一撃で荒野へと変わり果ててしまった。
「……そ、んな」
雪は、この絶望的状況に、力なく膝をついた。
昂大が死んだ。自分が守るべき存在が消えた。それならもう、戦う理由はない。
そして―――自分の存在理由も、なくなった。
――――――ドクン。
その時、重厚で静かな気配が脳に響く。
――――――ドクン。
それは波紋のように広がり、何度も響いた。
――――――ドクン。
その音の先、シュトラが消し飛ばした荒野の中央で、蒼い光が迸る。
「昂大君……?」
あれだけの攻撃を受けたはずの昂大が、まだ立っている。
服はボロボロだったが、全身に蒼い光を纏って立っていた。
その様子に、雪は目を疑った。
ドクン。
昂大の心臓から、青黒い液体が噴出する。液体は昂大の体を瞬く間に再生させ、斬り飛ばされた腕でさえ、元通りに戻してしまった。
「目覚めたのだな。救世の少年よ」
シュトラは悲し気な瞳で昂大を見据える。
蒼い光が闘気となって昂大を包み込んでいる。纏う気配は、この世のものとは思えないほど強い力に満ちていた。
空気が昂大を中心に渦巻き、体がゆっくりと宙に浮いていく。心臓から噴出した青黒い液体が、昂大の背に三枚の翼を形成した。頭上に蒼い光の輪が浮かび、見開かれた相貌は、恐ろしいほどの蒼に満ちていた。
「これは……私のイメージか。イドが暴走している」
シュトラは黄金の剣を握り、昂大に斬りかかる。
蒼い光が爆ぜ、昂大の体は地面に叩きつけられた。しかしその反動で、シュトラの剣はボロボロになっていた。
「!?」
刹那、蒼い光線が四方八方からシュトラを襲う。その光は激しい熱を帯び、当たった傍から肉体を消し炭にしていく。
(これは……火を投ずる者のイメージか)
致命傷を負う前に躱しきると、返しに光の雨を降らせる。昂大はゆっくり立ち上がり、右手をかざしただけで光の刃をすべて弾き飛ばしてしまう。
昂大は、笑っていた。
獰猛で、慈愛に満ちた、不気味な笑みだった。
跳躍。身を丸くし、シュトラの背後へ着地すると、両翼を無理やりはぎ取った。シュトラが振り返り様に光の刃を振るうが、すでにそこにはおらず、頭上から三枚の羽が重ねて叩き落される。
(この出鱈目な力は)
シュトラは地面に叩きつけられる。昂大は頭上に掲げた右手から、巨大な光の槍を形成する。空を覆いつくすような巨大な槍を、隕石のように自分ごとシュトラにぶつけた。
衝撃が空間を覆い、景色にノイズが奔る。
大穴の中心で、何とか光の壁を展開して防御したシュトラは、昂大を仰ぎ見る。
(私の力を模しているのか……)
昂大は再び、肉食獣のように獰猛な笑みを浮かべる。
恐怖―――シュトラの背筋が凍る。
(いや、それだけではない)
シュトラは天を覆う光の刃を睨みつけた。それは数万、数億―――シュトラが形成しうる量の比ではなかった。
(これが、世界の臨起の力だというのか)
シュトラに向けて、雨が迫る。
使用している力が、同じ臨起の力であれば尚更、力の強いものに勝つことはできない。
防ぎきれないことを悟ったシュトラは、持つ力をすべて肉体に集約し始める。
「ならば、全霊で貴殿を討つまで……!!」
体中の細胞一つ一つに光が宿り、シュトラの存在自体を光へと変えていく。
肉体の形が消え、シュトラは光に溶けていく――――――。
「わが身を光へ。わが魂を最果てへと誘うが如し……顕現せよ。光駆ける流星!」
迫る光の刃がシュトラを貫く直前――――――シュトラの体が忽然と消える。
「!」
刹那。昂大の右肩から左わき腹が、ざっくりと切られていた。
墜ちていく昂大の青い瞳に、肩で息をするシュトラが映る。いつの間にか右手に光の刃を握っていた。
――――――負ける。
昂大はすでに放っていた光の刃を、自らに向けて集約し始める。
「!!」
意味不明。荒唐無稽な行動。だが、シュトラの意識が昂大にくぎ付けになる。
光の刃が逆流し、墜ちていく昂大の背に突き刺さっていく。蒼い光が昂大の体を貫くたびに、全身が蒼く、美しく、輝いていった。
その時、シュトラは昂大の行動の意味に気づく。
「光駆ける流星!」
再び流星となったシュトラの視界は、瞬間的に放射線状に展開すると、やがて全てが静止する。
真っ白な空間の中で、すべてが停止した世界――――――。
シュトラの奥義は、自らの存在を光そのものへ変えることだった。自らの体が光となることで、光の速さで移動することを可能にする。光の速さ以上の速さは、物理的に存在しえない。よって、シュトラの認識する世界が停止する。
「間に合えッ……!!」
強者であるシュトラの真似をすることで、昂大は進化しているなら――――――。
停止した世界で、シュトラは昂大に迫った。
背中に光を受け、体を光へ変換している最中の昂大。力に目覚めたばかりとは思えないほど、戦闘の勘が恐ろしく研ぎ澄まされている。
圧倒的な力を振るい、暴走状態の昂大は、停止した世界の中でもじっとシュトラを見ていた。
シュトラは右手に形成した光の刃の切っ先を、昂大の心臓目掛けて突き出した。
身体を光へ変換し、光の速さで動くことは恐ろしいほどの負荷がかかる。肉体を維持できるのは体感でおよそ三から五秒程度。さらに、停止した世界の中で動けば動くほど負荷が強くなる。
――――――心臓まで、あと、数十センチ。
「!!」
停止していたはずの昂大の右腕が動き、光の刃を掴む。
そのまま握りしめ、刃を破壊した。
限界時間に達し、世界が動き始める。
返しに繰り出された昂大の手刀が、シュトラの腹部を貫通した。
「ごふっ……」
致命傷だった。
――――――獰猛な蒼い瞳が、シュトラを嗤っている。
「……それは、貴殿の意思ではない!」
シュトラは血を吐き出しながら、昂大の顔面を渾身の力で殴り飛ばす。
二つの天使が、白い荒野へ堕ちていく。
白い世界に流血が溶け、空間と共に崩れていく。
雪のような光が空間を舞うと、荒野に落ちたシュトラの体に降りかかった。
「……私の負けだ」
最後の力を振り絞って殴った昂大は、シュトラの傍で動かなくなっていた。
纏っていた圧倒的な力は消え、元の少年に戻っている。
「……がはっ。ごほっ」
昂大は血を吐き出すと、大きく咽る。鼻から大量の血が流れ出し、顔面蒼白だった。
「昂大君!!」
雪が昂大の体を支える。何とか顔を動かし、虚ろな目でシュトラを見た。
「お、れ……」
「貴殿の勝ちだ……貴殿は、自らの意思で拙と戦い、勝利したのだ」
「ち、がう……おれは……」
「違わない。貴殿の勝利だ」
雪はごくりと唾を飲み込んだ。先ほどの戦いは、どう見ても正気ではなかった。だがシュトラは、昂大を認め、称えている。
昂大は何とかシュトラの傍に寄ると、大量に出血した腹部を押さえようとする。
「あなたは、おれを……助けてくれた。おれ、さっきおかしかったんだ。頭の中が、ぐちゃぐちゃで……でも、あなたが……正気に戻してくれたんですよね」
「……拙は貴殿と決闘し、そして敗北した。早くとどめを刺せ。神域が維持できない」
「……嫌だ」
「早く……しないと、現実世界に、戻ってしまう」
「嫌だ! おれはあなたを殺したくない」
昂大の声は震えていた。
シュトラは右手に光を集約させ、小さな短剣を形成し、昂大の手に握らせる。
「よいか、少年。生きることと死ぬことは、女神の元では等価なのだ。人である限り死は等しく訪れる……だが、臨起はその理を変えられるかもしれぬ」
「どういうこと……」
「貴殿は生きて、運命に抗え。私は貴殿を導く者。いつかまた会える」
シュトラは昂大の手を握りしめる。その力は弱弱しく、今にも崩れてしまいそうだった。
それがシュトラなりの配慮であるとわかった時、昂大は歯を食いしばった。
「なんで……あなたは、そこまでしておれを……」
「貴殿の意地が、拙の信念を上回った。ならば拙は……貴殿を称える。それだけだ」
――――――僕を殺せ。
石川の時と同じだった。なぜ、殺さなければならないのか。運命って何だ。敵って何だ。
わからない。殺したくない。死んでほしくない。なのに、なのに――――――。
シュトラの瞳は、煌々と輝いていた。自らの運命に抗うことなく、堂々と、まっすぐに昂大を見つめている。
「さあ……やれ。できぬなら、拙がこの手を引くぞ」
いや、シュトラは敵ではない。
敵である前に、一人の人間だったのだ。自分とは違い、人を生かす者だった――――――。
それに気づいた時、昂大は自ら短剣を押し出した。
「あああああああああっ!!!」
心臓を、刺す。シュトラは最後に笑って、小さく告げた。
「少年に、光あれ」
と。
第六章、完結です!!
ありがとうございましたぁ!!
いやぁ……なんか、投稿作業をしながら、いつになく手ごたえを感じた章でした。
石川先生のかっこいい描写に、昂大くんの目覚め。何より敵のシュトラが、これまで書いたことのないタイプの強キャラ(ラスボスでは?)だったので、本当に楽しかったです。
戦闘描写も文字通り熱く(笑)、書いていて楽しかったのを覚えています。
さて、本章で蒼境の子羊たち、第一部が終了しました。次章、ちょっとしたエピローグ章を挟み、第二部へと突入していきます。
なんだかんだもう61話も使っていてびっくり……これで三分の一なら超大作じゃねえか(笑)
ここまで追いかけてくださった方に、心より感謝申し上げます。
もしよろしければ、続きもご覧いただけると嬉しいです!!




