表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼境の子羊《メシア》たち  作者: くろ飛行機
6章 光より来たる
59/61

10 導きの日 ~生きろ~


 昂大の叫びが光の中に吸い込まれる。

 得体のしれない不安と焦燥感に駆られ、石川の無事を確かめずにはいられなかった。


 ――――――爽やかな風が昂大の顔を撫で、一瞬で光が晴れた。


 昂大が見たものは、光を纏った礼装の紳士の姿だった。

 炎と混ざったような蒼い光は天空へ吸い込まれ、白い雪のような粒子が、キラキラと舞い落ちてくる。


 なんて美しい光景なのだろう――――――。

 その瞬間が永遠に続いているかのように、深く意識に刻まれる。


 そして、力を出し切った石川の体が背後に崩れていく。

 ――――――助けなければならないのに、体が動かない。


「見事だった。石川雅治(・・・・)


 シュトラは黒く炭化した自らの右腕を伸ばし、石川の腕を掴んだ。

 よく見ると、全身にやけどを負っている。激しい炎がシュトラの体を包み込み、互いに満身創痍だった。


 ――――――キラキラとした白い光が、昂大の肌に触れる。


 動かなければ、助けなければ。そう思えば思うほど、足が竦んで動けなかった。


 そんな昂大の横を、風が通り抜ける。

 二人に素早く迫った雪は、手に持ったナイフでシュトラの首を狙う。

 その動きを緩慢に躱したシュトラは、石川から手を離して距離を取る。雪は石川の体を抱え、昂大の傍に後退する。


「石川さん……」


 昂大はボロボロの石川を覗き込む。

 石川の体は崩れ始めており、動かすことすらままならなかった。石川は悲しそうに覗く昂大を見ることなく、虚ろな目で空を見つめている。


「おれ……誤解してた。間違ってた」

「……」

「あなたに、嫌われたくなかった。だから、どうすればいいかわからなくて、あなたを避けてた。何を言われても、何かしてしまったおれが悪いんだって、そう思ってた」


 昂大は石川の腕にそっと手を置いた。ぬくもりがまだそこに残っていた。

 目じりが熱くなる。あふれ出す涙を止めることができない。


「お願い……します。もっと、話したい。もっと、色々教えてください……おれを、助けてください(・・・・・・・)。死なないでください」

「……バカが」


 石川は昂大の顔に視線を移す。

 もうほとんど見えていなかったが、ぼんやりとした白い空に、昂大の泣き顔が浮かんで見える。


(ああ。なんてザマだ。そんな顔で僕を見るなって……)


 昂大は肩を震わせ、大粒の涙を流している。

 否定したかった。お願いなど聞いてやることは決してない。そう、言いたかった。

 しかし、言葉にできない。


(酷い様なのは……僕の方か)


 幼いころの自分の写し鏡に、助け(・・)を求められてしまった。

 嫌いで、嫌いでたまらなかった自分に、助けを求められてしまった。


 何とも滑稽で、情けなくて――――――でも、すごく、嬉しかった。


「……昂大」

「!」

「僕を殺せ。僕はもう、死ぬ……このままだと、あの男に、力を奪われてしまう」

「は……」


 石川は最後の力を振り絞り、昂大の腕を掴むと、自身の首元に持ってくる。


「なに、言ってるんですか……そんなことない……まだ助かる!!」

「初めて、お前に……殺されてもいいと思った」

「っ!!」


 昂大は、石川の首に触れる。

 しかし、その行動を認識すればするほど、拒否反応で強い吐き気に襲われる。


「だ、だめだ……そんなこと、できない! できるわけがない!!」

「……そうか。悪かったな」


 石川は、それ以上強要しなかった。その代わりに、昂大の顔を見て小さく告げる。


「……生きろ(・・・)。学校に行け。友だち、作れよ」


 茫然とする昂大を置いて、雪が石川の心臓をナイフで刺す。


「すまん……な、雪」

「え……」


 石川の心臓が、一刺しされた。

 助かる―――わけがない。そんなことをすれば、誰だって死ぬ。それなのに。


「ああああああああっ!!!」


 雪は発狂する昂大に、震える声で謝罪する。


「ごめん……なさい……」

「なんで……なんで!!!」


 昂大は雪の肩を掴み、怒りをぶつける。雪は昂大を見ることができなかった。


「こうするしか……ないんだよ。こうしなきゃ、敵に力が渡ってしまう」

「そんなの知らねえよ!! なんだよ力とか、敵とか! 意味わかんねえよ!!」


 昂大は拳を構えたまま停止する。

 激しい怒りと悲しみで、頭がどうにかなってしまいそうだった。

 ――――――石川の心臓から、青黒い液体が流れ出す。それらは雪の体に纏わりつくと、やがて心臓へ吸収されていく。


「昂大君……お願いだから、逃げて」

「なんで!!」

「私が臨起を受け継いでも、多分勝てないから」


 雪は昂大の肩を掴む。その手は強く震えていた。


「昂大君だけは、死んじゃだめだよ。お願い」


 雪は涙を流した顔を必死に曲げ、何とか笑みを作ってみせる。

 昂大の心が急速に凍っていく。脳内で、石川の言葉が何度も何度も反芻された。


 ――――――生きろ。


 生きなければならない。

 自分を守るために石川は死んだ。死んでしまったのだ。

 やっと、きちんと話ができると思った。仲良くなれるかもしれなかった。仲良くなれなくても、理解できたかもしれなかった。


 ――――――生きろ。


 昂大は雪の腕をそっと掴み、ゆっくりと下ろさせる。


「雪の方こそ……逃げて」

「なんで……そんなこと言うの? 私の話聞いてる!? 君が死んだら雅治さんは無駄死にするんだよ!! なのに!!」

「違うよ。雪は石川さんの力を受け継いだんだろ。だったら、絶対に死んじゃだめだ」


 昂大は涙を拭うと、シュトラを見据える。

 シュトラは何もしてこなかった。無理やり石川を殺すことだってできたはずなのに。


 シュトラは堂々と歩み寄ってくる昂大を、力強い瞳で見つめ続けていた。


「良い瞳になったな、少年」

「なんで……何もしてこない」

「彼は終ぞ自ら名乗ってくれなかったが、だまし討ちなどするまい。決して」

「なんで……おれたちを襲うんだ」


 昂大はシュトラの前に立つと、強い怒りを向ける。


「私の信仰(・・)のためだ。信念そのものといっていい」

「そんな……そんな自分勝手なことのために、石川さんを殺したのか!」


 怒りをぶつけられたシュトラは、僅かに目を細める。


「拙は彼を殺した。その罪と業により、拙は報いを受けることとなろう。だがそれは貴殿らも同じ。目的の達成のため、手段を択ばぬのは、互いの信念のためだ」

「おれは……そんなの認めない」

「では子羊よ。貴殿はなぜ、人を殺してきた。なぜ、人を殺すための訓練を受けてきた。何の信念(・・)があって、人を殺してきた」

「……おれは」


 雪の時と同じだ。信念や意思を問われ、即答できなかった。

 人の指示で、人を殺していたのだ。信念など、あるはずはない。だから答えられなかった。


「貴殿には信念が無かった。そうであろう」

「……そうだ。おれは、人を殺す理由を、他人に委ねてた」

「しかし今、拙の前に立った。少女が逃げろと言っても、拙の前に来たのだ。その理由は何だ」


 問われてハッと気づく。

 それだけは、はっきりとした答えを持っていた。


「おれは生きなきゃいけない」

「自らの生を求めるか」

「おれのためじゃない。石川さんが教えてくれた。これまでは、生きていても意味がないって思ってた。友だちが……純也が死んで、悲しくて、こんな思いするくらいなら、生きていく意味はないのかもって。でも高校に通うようになって、自分は生きてるんだって確かに思ったんだ。万屋さんの指示で人を殺すんじゃなくて、自分の意思で学校に通っているんだって。石川さんは、それをおれに気づかせてくれたんだ」


 昂大は拳を構えた。

 先ほどの人間離れした戦いを見て、自分が勝てるなど微塵も思わない。

 だが、戦わなければならない。芽生え始めた自分の信念(・・)を、貫き通すために。


「あんたの方が、きっと強い信念がある。でも、おれだって意地(・・)があるんだ」

「意地、か……」


 シュトラは破顔する。緊張感を吹き飛ばすように笑った顔には、悪意など微塵もなかった。


「迷える子羊と思っていたが、どうやら思い違いであったようだ」

「おれと戦え」

「当然。我が名は、アルフレド・シュトラ。女神より臨起(ギフト)を与えられし使徒だ。そして、貴殿を見定める者でもある」

「おれは沖田昂大」


 昂大は地面を蹴り、可能な限りの最高速度でシュトラに迫った。


「ただの高校生だ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ