10 導きの日 ~生きろ~
昂大の叫びが光の中に吸い込まれる。
得体のしれない不安と焦燥感に駆られ、石川の無事を確かめずにはいられなかった。
――――――爽やかな風が昂大の顔を撫で、一瞬で光が晴れた。
昂大が見たものは、光を纏った礼装の紳士の姿だった。
炎と混ざったような蒼い光は天空へ吸い込まれ、白い雪のような粒子が、キラキラと舞い落ちてくる。
なんて美しい光景なのだろう――――――。
その瞬間が永遠に続いているかのように、深く意識に刻まれる。
そして、力を出し切った石川の体が背後に崩れていく。
――――――助けなければならないのに、体が動かない。
「見事だった。石川雅治」
シュトラは黒く炭化した自らの右腕を伸ばし、石川の腕を掴んだ。
よく見ると、全身にやけどを負っている。激しい炎がシュトラの体を包み込み、互いに満身創痍だった。
――――――キラキラとした白い光が、昂大の肌に触れる。
動かなければ、助けなければ。そう思えば思うほど、足が竦んで動けなかった。
そんな昂大の横を、風が通り抜ける。
二人に素早く迫った雪は、手に持ったナイフでシュトラの首を狙う。
その動きを緩慢に躱したシュトラは、石川から手を離して距離を取る。雪は石川の体を抱え、昂大の傍に後退する。
「石川さん……」
昂大はボロボロの石川を覗き込む。
石川の体は崩れ始めており、動かすことすらままならなかった。石川は悲しそうに覗く昂大を見ることなく、虚ろな目で空を見つめている。
「おれ……誤解してた。間違ってた」
「……」
「あなたに、嫌われたくなかった。だから、どうすればいいかわからなくて、あなたを避けてた。何を言われても、何かしてしまったおれが悪いんだって、そう思ってた」
昂大は石川の腕にそっと手を置いた。ぬくもりがまだそこに残っていた。
目じりが熱くなる。あふれ出す涙を止めることができない。
「お願い……します。もっと、話したい。もっと、色々教えてください……おれを、助けてください。死なないでください」
「……バカが」
石川は昂大の顔に視線を移す。
もうほとんど見えていなかったが、ぼんやりとした白い空に、昂大の泣き顔が浮かんで見える。
(ああ。なんてザマだ。そんな顔で僕を見るなって……)
昂大は肩を震わせ、大粒の涙を流している。
否定したかった。お願いなど聞いてやることは決してない。そう、言いたかった。
しかし、言葉にできない。
(酷い様なのは……僕の方か)
幼いころの自分の写し鏡に、助けを求められてしまった。
嫌いで、嫌いでたまらなかった自分に、助けを求められてしまった。
何とも滑稽で、情けなくて――――――でも、すごく、嬉しかった。
「……昂大」
「!」
「僕を殺せ。僕はもう、死ぬ……このままだと、あの男に、力を奪われてしまう」
「は……」
石川は最後の力を振り絞り、昂大の腕を掴むと、自身の首元に持ってくる。
「なに、言ってるんですか……そんなことない……まだ助かる!!」
「初めて、お前に……殺されてもいいと思った」
「っ!!」
昂大は、石川の首に触れる。
しかし、その行動を認識すればするほど、拒否反応で強い吐き気に襲われる。
「だ、だめだ……そんなこと、できない! できるわけがない!!」
「……そうか。悪かったな」
石川は、それ以上強要しなかった。その代わりに、昂大の顔を見て小さく告げる。
「……生きろ。学校に行け。友だち、作れよ」
茫然とする昂大を置いて、雪が石川の心臓をナイフで刺す。
「すまん……な、雪」
「え……」
石川の心臓が、一刺しされた。
助かる―――わけがない。そんなことをすれば、誰だって死ぬ。それなのに。
「ああああああああっ!!!」
雪は発狂する昂大に、震える声で謝罪する。
「ごめん……なさい……」
「なんで……なんで!!!」
昂大は雪の肩を掴み、怒りをぶつける。雪は昂大を見ることができなかった。
「こうするしか……ないんだよ。こうしなきゃ、敵に力が渡ってしまう」
「そんなの知らねえよ!! なんだよ力とか、敵とか! 意味わかんねえよ!!」
昂大は拳を構えたまま停止する。
激しい怒りと悲しみで、頭がどうにかなってしまいそうだった。
――――――石川の心臓から、青黒い液体が流れ出す。それらは雪の体に纏わりつくと、やがて心臓へ吸収されていく。
「昂大君……お願いだから、逃げて」
「なんで!!」
「私が臨起を受け継いでも、多分勝てないから」
雪は昂大の肩を掴む。その手は強く震えていた。
「昂大君だけは、死んじゃだめだよ。お願い」
雪は涙を流した顔を必死に曲げ、何とか笑みを作ってみせる。
昂大の心が急速に凍っていく。脳内で、石川の言葉が何度も何度も反芻された。
――――――生きろ。
生きなければならない。
自分を守るために石川は死んだ。死んでしまったのだ。
やっと、きちんと話ができると思った。仲良くなれるかもしれなかった。仲良くなれなくても、理解できたかもしれなかった。
――――――生きろ。
昂大は雪の腕をそっと掴み、ゆっくりと下ろさせる。
「雪の方こそ……逃げて」
「なんで……そんなこと言うの? 私の話聞いてる!? 君が死んだら雅治さんは無駄死にするんだよ!! なのに!!」
「違うよ。雪は石川さんの力を受け継いだんだろ。だったら、絶対に死んじゃだめだ」
昂大は涙を拭うと、シュトラを見据える。
シュトラは何もしてこなかった。無理やり石川を殺すことだってできたはずなのに。
シュトラは堂々と歩み寄ってくる昂大を、力強い瞳で見つめ続けていた。
「良い瞳になったな、少年」
「なんで……何もしてこない」
「彼は終ぞ自ら名乗ってくれなかったが、だまし討ちなどするまい。決して」
「なんで……おれたちを襲うんだ」
昂大はシュトラの前に立つと、強い怒りを向ける。
「私の信仰のためだ。信念そのものといっていい」
「そんな……そんな自分勝手なことのために、石川さんを殺したのか!」
怒りをぶつけられたシュトラは、僅かに目を細める。
「拙は彼を殺した。その罪と業により、拙は報いを受けることとなろう。だがそれは貴殿らも同じ。目的の達成のため、手段を択ばぬのは、互いの信念のためだ」
「おれは……そんなの認めない」
「では子羊よ。貴殿はなぜ、人を殺してきた。なぜ、人を殺すための訓練を受けてきた。何の信念があって、人を殺してきた」
「……おれは」
雪の時と同じだ。信念や意思を問われ、即答できなかった。
人の指示で、人を殺していたのだ。信念など、あるはずはない。だから答えられなかった。
「貴殿には信念が無かった。そうであろう」
「……そうだ。おれは、人を殺す理由を、他人に委ねてた」
「しかし今、拙の前に立った。少女が逃げろと言っても、拙の前に来たのだ。その理由は何だ」
問われてハッと気づく。
それだけは、はっきりとした答えを持っていた。
「おれは生きなきゃいけない」
「自らの生を求めるか」
「おれのためじゃない。石川さんが教えてくれた。これまでは、生きていても意味がないって思ってた。友だちが……純也が死んで、悲しくて、こんな思いするくらいなら、生きていく意味はないのかもって。でも高校に通うようになって、自分は生きてるんだって確かに思ったんだ。万屋さんの指示で人を殺すんじゃなくて、自分の意思で学校に通っているんだって。石川さんは、それをおれに気づかせてくれたんだ」
昂大は拳を構えた。
先ほどの人間離れした戦いを見て、自分が勝てるなど微塵も思わない。
だが、戦わなければならない。芽生え始めた自分の信念を、貫き通すために。
「あんたの方が、きっと強い信念がある。でも、おれだって意地があるんだ」
「意地、か……」
シュトラは破顔する。緊張感を吹き飛ばすように笑った顔には、悪意など微塵もなかった。
「迷える子羊と思っていたが、どうやら思い違いであったようだ」
「おれと戦え」
「当然。我が名は、アルフレド・シュトラ。女神より臨起を与えられし使徒だ。そして、貴殿を見定める者でもある」
「おれは沖田昂大」
昂大は地面を蹴り、可能な限りの最高速度でシュトラに迫った。
「ただの高校生だ」




