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蒼境の子羊《メシア》たち  作者: くろ飛行機
6章 光より来たる
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9 導きの日 ~それでも生きていたかった~


 ずっと、本物になりたかった。本物になって、母に愛されたかった。振り向いて欲しかった。


 だから生まれて初めて、自分を一人の人間として見てくれた万屋に(・・・)、存在価値を示したかった。父親(ちちおや)の写しとしてではなく、本物の石川雅治として生きていきたかった。


 ――――――石川を包む白い光が勢いを失っていく。


「人は誰しも、悲しみや苦しみを燃やしてしまいたいと願っているものだ。貴殿の臨起は、そんな心が作用しているのかもしれない」


 万屋に拾われ、闇の世界で生きていても、心はずっと光を求め続けていた。ただまっすぐに、自分を見てくれる者を探していたのだ。


「は、はは。はははははは」


 石川は口を開き、腹の底からすべてを嗤った。

 努力しても、何人殺しても、吉凶の代表にはなれなかった。選ばれたのは、青臭い自己否定を抱えた、救世主気取りの自己犠牲野郎だった。

 自分を犠牲にしてまで、他人を救う。その在り方が、炎の中に消えていった母を思い出させた。だからずっと、気に入らなかった。

 いや、違う(・・)。もっと単純なことだ――――――。


「……燃やしてしまいたいだと。ああ、そうさ。全部、全部燃やしたいよ。弱い自分も、糞みたいな過去も、あんたも……全部全部燃やし尽くしてやりたい!!」


 石川は歯を食いしばり、血だらけの体を起こそうとする。

 視点が合わず、目の前のシュトラがぼやけて見える。しかし、生き生きとした獰猛な殺気がシュトラに向けられている。


「よくも……下らない過去を、思い出させたな」


 石川は、誰がどう見ても満身創痍だった。

 全身を刃が貫いた。出血死してもおかしくない。だが、石川を覆っていた蒼い炎が、傷を焼くように止血していた。


 堂々と立ち上がる――――――その姿を見たシュトラは、ゆっくりと目を閉じる。


「火を投ずる者よ。貴殿は、私の心に(・・・・)火を灯した」


 目が見開かれると、シュトラの右手に黄金の剣が出現する。

 その剣は、見る者を圧倒する輝きに満ちていた。黄金色の粒子をまき散らし、切っ先が石川に向けられる。


「これ以上だめだ……!!」


 昂大は雪の拘束を振りほどき、石川に迫る。


「来るな……!! バカ野郎が!!」


 石川は、血を吐きながら絶叫する。その声に昂大は、びくりと体を震わせた。


「お前は……ずっとそうだ。空っぽで、人形みたいに誰かの言葉に従って、自分の意思なんて持ってないくせに、誰かを助けようとする。自分のことはどうなってもいいと思いながら他人の顔色を見て生きている。鬱陶しいんだよ……! 誰かに認められたいとか、誰かに振り向いて欲しいなんて、弱い奴の考えることだ。自分が嫌いなくせに、自分が嫌われたくないから誰かのために生きるなんて矛盾してる……そんな奴に助けられる筋合いなんてない!」


 石川はおぼつかない足取りで、一歩ずつ、シュトラに近づいていく。


 父を殺したから、母は自殺したのだ。弱い奴は、誰かのためと言いながら結局自分のために行動する。

 愚かで、最悪で、醜い行動だ。

 母親のためなどと言いながら、本当は自分のために父を殺した。

 父ではなく、自分を愛して欲しかったから――――――。


 シュトラは昂大に向けて問いかける。


「子羊よ。貴殿はどう思う。目の前で自らの業火と向き合い、己に課された役割を全うしようとしている者を見て、どう感じる」

「っ!」


 昂大は、今にも倒れそうな石川に()を見た。それは強い光だった。自らを燃やして輝く恒星のような、強い意思(・・)を体現しているようだった。


死ぬのが怖い(・・・・・・)とか……僕は本当に、クズだな。あの男と同じだ」


 石川は震える手を何とか上げ、握った拳を掲げる。


「人は誰しも、心に火を付けてくれる者を待っている。貴殿もそうだろう?」

「いいや違うな。心に火を付けるのは、いつだって自分自身だ」

「それもまた然り。だが貴殿は確かに、私の心に火を付けたようだ」


 心臓が熱く燃え滾る様に鼓動する―――――。

 石川とシュトラは、互いの持ちうる最大の力を放出する。

 蒼い炎と白い光が立ち上がり、二つの柱のように天を貫いた。


「「臨起(りんき)」」


 二人は親指を心臓に突き立てる。


「「戒抗(かいこう)」」


 突いた親指が心臓から離れると、心臓から青黒い液体が勢いよく噴出する。

 滝のように流れ出した液体は、強大な炎と光に変わり、ぶつかって、互いを飲み込まんと押し合った。


「来い。火を投ずる者よ……!!」


 石川は腕を上げ、力強く拳を握りしめた。激しく燃え上がった炎が収束し、拳を青い光が包み込んでいく。

 踏み出し、拳を引いてありったけの力を込める。

 意識を保てているのがやっとの状態であったが、その気迫と姿は圧倒的な躍動を見せる。


「燃え尽きろ……(えん)っっっっっ()ォォォォォ!!!」


 蒼き熱波が、シュトラの全身を覆いつくす。

 突き出された拳はシュトラの眼前に迫り、シュトラの掌とぶつかった。


 燃える。燃える。燃える。


 シュトラは石川の炎に飲まれる。

 焼ける、などという生易しいものではない。

 全てを溶かしうる灼熱が、シュトラの全身に激しいダメージを与えた。


(これはっ!!)


 シュトラは炎の中で自らが持つ力を全て防御に回していた。

 そのせいで、石川を遮るものは何もない。

 純粋な力の押し合いは、石川に軍配が上がった。


「っ!! 見事!!」


 シュトラは全力で、その力の全てを上空へ跳ね上げた――――――。


白光の慈雨(ペンテコステ)……!!」


 激しい閃光と爆発――――――空間を覆いつくす衝撃で、体勢を維持できなくなった昂大と雪は、為すすべなく背後に吹き飛んだ。

 光の波動は草原の上に建つ校舎を襲う。窓ガラスが弾け飛び、壁が破壊される。


「石川さん!!」


 昂大は転がる体を何とか押しとどめ、蒼い光の中に向かって叫んだ。



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