7 導きの日 ~光の使徒~ その2
態勢を立て直した石川は、警戒しながらじりじりとシュトラに迫る。
昂大が出てきてしまった以上、絶対に引くことはできない。どんな手を使っても、この男を倒さなければならない。そうしなければ、三人とも全滅する。
石川はプレッシャーを力に変えるように、拳を握りしめた。
「この力を問うたな、少年」
シュトラは周囲に光を放ち、先ほど形成した刃をいくつも作って見せる。
「人を想像の先、高みへと押し上げる。それが、臨起の本当の意味だ」
形成された光の刃が、石川に向けて放たれる。炎を纏った腕で次々と叩き落とすと、指先に力を籠め、パチンと弾く。
炎がシュトラの周囲を覆いつくす。空気が渦巻き、激しい熱がシュトラを包み込んだ。
しかし、先ほどよりも眩い光が、シュトラを守っている。
「火力が上がったな」
「まだだ!!」
石川は頭上に巨大な火球を形成すると、シュトラに向けて投げつける。地面に触れた火球は、丘を削り取るように大爆発を起こす。
「うわっ!」
「っ……!」
昂大と雪は衝撃で校舎へ後退する。目を凝らして見ると、丘に巨大なクレーターができている。
「力は申し分ない。火を投ずる者よ」
「……ふざけやがって」
穴の中心で、シュトラは翼を広げる。一切のダメージを負っている様子がなく、その羽は先ほどよりも力強く脈動し、シュトラを空へ運んだ。
白い太陽とシュトラの姿が重なっていく――――――。
「力強い。炎の強さに磨きがかかっている」
「……効かない攻撃だと馬鹿にしてるのか」
「否。効いていないわけではない。言っただろう。光はあらゆるものを隠す。それよりも攻撃は、時に人の心を雄弁に語ることがある」
「何だと」
「臨起の力は、人の心の力そのものだからだ」
石川は目を細め、天のシュトラを見上げる。
白い光の中心に、黒い影が見える。まるで日食のように、白い光に黒点が灯っていた。
「貴殿は炎に何を見た? 火は力の象徴だ。身を焦がすほどの力を、貴殿は目撃したことがあるのか」
「……」
石川の視界が揺らぐ。純白の空に、黒い天使のシルエットだけが浮かび上がっていた。
白い太陽がその光を強める――――――罪も、穢れも、すべてを暴くように、光が石川の全身を照り付ける。
温かい。柔らかい。癒される。
何もかも、どうでも良くなる――――――そうだ。自分は一体、何をしているのだ。
自分のやるべきことは、戦うことではないはずだ。
生きなければならない。生きて生きて、自らの存在価値を、生きる理由を見つけなければならない。
そうしなければ――――――本物に成れない。
「なんだ……これは」
「火は生命を司るものでもある。人の命はすべからく、女神の愛に包まれているべきだ。人同士は愛し合う。しかし時に愛は、人の身を焦がし、灰すら残さず消し飛ばす」
「やめろ……何を言っている……」
――――――石川の脳裏に、ノイズが奔る。
かつて、炎を見た。燃え盛る炎を見ていた。すべて燃えた。己の罪も悲しみも、全部燃やし尽くされた。綺麗に、さっぱりと。
その光景が、確かな質量を持って思い起こされた。
「光はすべてを等しく照らす。人の光も、闇も、過去や未来さえも。貴殿の目には今、何が映っている?」
シュトラの言葉が反響し、石川の心を侵食していく。
石川の脳裏に炎が焼き付く。思い出したくもない炎が、焼き付いて離れない。
何だコレは。心が、暴かれているのか――――――思い出したくない。こんな記憶、思い出したくないのに。
「石川さん!!」
目に映るもの。映っているもの。映っているものは――――――白い空だった。
否、白い空だと思っていたものは、すべて光の粒子だった。シュトラが作って見せた光の刃が、何千、何万と空を覆いつくしている。その中央でシュトラは、石川を上から覗いていた。
小さく怯え、空を見上げている石川に、シュトラは右手を優しく差し出した。
「火は信仰であると言った者がいる。信仰とは、誰しもが抱く心の動き、物語のことだ」
光の刃先が、一斉に石川の方を向く。しかし石川は、空と同化した刃を認識することができない。
シュトラは、開いていた手のひらをぎゅっと握りしめる。
――――――女神を礼賛せよ。
光の刃が、地面を無残に抉っていく。降り注ぐ光の雨が、物理的な重さとなって石川を襲い続ける。
雪は、石川を助けようと走り出した昂大を押さえつける。
昂大は光の雨を目に焼き付けていた。嫌というほど嗅いだ血の臭いが、吹き荒れる温かい風に乗って漂ってくる。
「離せよ! 石川さんが!」
「だめ! 近づいたら!」
死ぬ――――――雪の口元が、そう動いた。
光の雨は、随分と長く感じられた。土煙で視界が閉ざされ、やがて音が消える。
シュトラは地面に降り立つと、光の両翼を霧散させ、石川の元へ近づいていく。
「……直前で臨起を開いたか。本気の攻撃だったのだが、見事だ」
シュトラが軽く手を振ると、視界が一気に晴れる。
石川はぐちゃぐちゃに抉られた地面に膝をついていた。全身に蒼い炎を纏っていたが、体中に光の刃がいくつも突き刺さっている。シュトラが近づくと、刃はキラキラ輝いて消えた。
「ごふっ……」
吐血――――――もう、体に力が入らない。激しい痛みで視界が揺らぎ、体勢を保つので精一杯だった。
(僕は……負けたのか)
油断はしていなかった。持てる力を発揮し、全力で戦った。慢心などない。いつもと同じく、全力で任務にあたった。手など、抜くはずもなかった。
シュトラが石川の前に立った。死が、静かに確実に迫っている。
石川は顔を上げる。そこにあったのは、自分を打ち砕いた男の悲し気な表情だった。
「素晴らしき戦士よ。改めて貴殿の名を聞きたい。教えてはくれまいか」
「はっ……なんだよ、それ」
石川は苦笑する。全身が痛くてたまらないのに、腹の底から笑いが込み上げて来た。
裏社会において、負けることと死は同義だ。死はあっけなく訪れ、誰も逆らえない。
生きたければ勝ち続けなければならない。何かを成すには生きなければならない。だから、勝ち続けてきた。どんな訓練も耐えたし、臨起とかいう訳のわからない力を勝手に植えつけられても耐えてきた。
生き続けなければならない。存在を証明しなければならない。自分を拾ってくれた、万屋のためにも――――――。
「ふざ、けるなよ……僕に、名前なんてない。最初から、ずっと……」
弱い者は死ぬ。ちっぽけで、弱い存在は光を見上げることしかできない。
燃えて全部消えていく様を、見上げることしかできないのだ。
だから――――――自分は光の刃を予見すらできなかったのだ。
シュトラの表情や態度は慈愛に満ちていた。
心底馬鹿にしている。最後の最後まで、弱い自分を、地べたに這うだけの自分を、愚弄しているのだ。
悔しい。悔しくてたまらない。
死にたく、ない――――――。




