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蒼境の子羊《メシア》たち  作者: くろ飛行機
6章 光より来たる
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6 導きの日 ~光の使徒~ その1


 グラウンドに突如現れた日常の滲みが、生徒たちを飲み込んでいく。現れた者を見ていた生徒たちはやがて、逃げるようにグラウンドの端へ移動し始める。


 ――――――礼装の紳士はグラウンドの中央で立ち止まった。


「どちら様でしょう。本校は関係者以外立ち入り禁止です」

「……」


 礼装の紳士の前に、石川が立ちふさがる。視線が交差し、互いの眼力が増す。


「無駄な殺生はしたくない。予告通り、沖田昂大との一騎打ちを願う」


 存在感のある、低い声だった。


「申し訳ありませんが、お引き取りください」


 淡々と告げる石川を無視し、礼装の紳士は再び歩み始める。


「……どうやら頭がおかしいようだな。周りを見ろ。生徒たちが皆不審そうに見ているだろう」

「問題ない。私は生徒たちに危害を加えるつもりはないし、記憶も完璧に消すつもりだ」

「は……なんだと……」


 次第に二人の距離が縮まっていく。

 礼装の紳士に、一切の殺気や敵意は感じられない。徐々に迫って来る男に対し、石川は身構えるしかなかった。


(まずい。この状況で戦うわけにはいかない……!!)

「かの子羊は、校舎にいるな」

「!?」


 男は二つある校舎の南側、その二階部分を凝視していた。

 気配が察知できるのか―――どちらにせよ、このまま男を野放しにするわけにはいかない。覚悟を決めて攻撃しようと、右足を一歩前に出す。

 男は一転、キッと石川の方を睨みつける。その視線に、強い寒気が背筋を覆った。


(なんだこいつは……)


 敵意は一切ない。なのに石川は、目の前の男に対して強い恐怖を抱いていた。なぜ背筋が凍ったのかわからない。男の視線は、まるで見えないもの全てを見透かしているかのようだった。


「……ふむ。貴殿も臨起を持っているようだな」


 男は周囲を一瞥する。生徒たちの止まった時間はすでに動き出しており、携帯を取り出し、写真や動画を撮ろうとしている者もいた。


「ならば向かうまい。向かわずとも、子羊は自ずと出てくるだろう」

「!!」


 男はゆっくりと、天に向かって人差し指を掲げる。男の人差し指から眩い光が放たれ、新田川高校を一瞬で覆いつくした。

 思わず目を瞑った石川は、周囲の空気が一転したことを肌で感じ、顔を上げた。


 ――――――生徒たちの時間が、何事もなかったかのように動き始める。男が現れる前と同じ放課後の光景に戻っていた。


「どうなって……何が起こっている……」

「光は眩い。その眩しさは、いかなる存在をも隠す(・・)ことができる」


 男は改めて石川を見据える。


「これで、貴殿らにとっての障害も排除された。今、拙らを認識する者はいない。臨起に選ばれし者たちを除いて」


 石川は背後の校舎から雪が出てきたことに気づく。


「雅治さん!」

「来るな! こいつは危険だ」


 男は雪を一瞥すると、右手を大きく開く。白い光が男の手に集まり、広がっていく。


「顕現せよ、神域(サンテュアリオ)


 男の言葉と共に、光が二人を覆いつくす――――――今度は温かい気配と、爽やかな空気に包まれ、目を疑った。


 ――――――新田川高校ではない、真っ白な空間が広がっている。

 足元は草原、遠くに小高い丘が続き、頭上には白い太陽が輝いている。

 呼吸が安らぐ。立っているだけで、ここにいるだけで全身が安らぐ不思議な場所だった。突如変わった空間の中、男は石川の背後を示した。


「校舎と私の神域(サンテュアリオ)を繋げておいた。改めて沖田昂大との決闘を申し込む」

「っ……」

神域(サンテュアリオ)の中は、現実の新田川高校とリンクしない。つまり、ここならば決闘の場にふさわしいし、その方が貴殿らにとっても良いのではないか」


 石川は小さく深呼吸すると、何とか冷静さを保とうと拳を握る。


 ――――――意味がわからない。理解ができない。

 この場所はなんだ。夢ではない。確かに、安らぐ丘の上に立っている。芝生を踏みしめる感覚も、頭上の温かい光も、すべて本物だった。

 ならば、この男が空間を形成した(・・・・・・・)ということになる。例え臨起の力であっても、そんな現実離れしたことができるなど考えもしなかった。


 ――――――焦るな。焦ってはならない。

 この男は昂大を狙う刺客だ。ならば、自分のやるべきことは決まっている。


 石川から放たれる闘気に、男は観念して体を向けた。


「良い目をしている。名乗らせてもらおう」

「いいや、必要ない」


 石川は右の掌を男に向けると、双眸に蒼い炎が宿った。


「お前を倒し、その臨起を奪う。フェアな戦いなどない」


 カッと蒼い閃光が散り、男の全身が勢いよく燃え上がる。男の体は、周囲の草原ごと火柱を上げて炎上した。


「……なるほど。貴殿の臨起は、人類を照らした火そのもの。(アニマ)を燃やすものであるか」


 男の全身が白く光り輝く――――――男の背に、幾重もの白い羽に覆われた翼が一対出現する。その羽は、夜空に浮かぶ星々のように、一枚一枚光り輝いていた。見ているだけで何もかも吸い込まれそうな、荘厳な輝きに満ちている。

 翼が躍動すると、青い炎は一瞬で霧散する。


「私の名は、アルフレド・シュトラ。貴殿の名を聞こう」

「必要ないと言っている!」


 石川の全身が蒼く燃え上がる。凄まじい速度でシュトラに迫ると、側頭部に向けて蹴りを繰り出す。シュトラは羽で蹴りを受けると、蒼い火花が大きく散った。蹴りの威力は重く、シュトラの位置を数メートル後退させる。

 その勢いのまま次々と拳や蹴りを繰り出していく。翼を打ち上げ、怯んだところに拳を叩き込むが、シュトラの右腕に阻まれてしまう。


「一撃一撃が洗練されている」


 石川は燃える右腕から、大量の火の粉を打ち出す。それらはシュトラを覆うと、爆発的に燃え上がった。シュトラはさらに後退するが、そこへ跳躍した石川の蹴りが降って来る。

 踵落とし―――確かに入った一撃の手ごたえに、石川は目を開いた。

 そのまま爆発する拳を叩き込むと、シュトラの体は大きく吹き飛び、丘を三つほど消し飛ばして止まった。


「……良い一撃だ」

「ッ! いつまで余裕でいられる!」


 石川が腕をかざすと、シュトラの頭上から幾本もの火柱が叩き込まれる。しかしシュトラは羽を広げて飛翔し、石川の傍に迫った。シュトラの右手の周囲には、五本の光の束が浮かんでいる。拳を突き出すと同時に、光の束が刃となって石川に迫る。

 蒼い炎で光を相殺すると、火花の中からシュトラの腕が迫る。すでに握られていた黄金色の剣(・・・・・)が、石川の腹部に命中する。


「っ!?」


 何とか炎で剣を包み込み、勢いを打ち消すが、今度は石川の体が丘を五つほど破壊する。


「見事。訓練された臨起の使い方だ」


 パチパチと音を立てて燃え盛る芝が、すぐに再生されていく。消し飛んだはずの丘もみるみるうちに再生し、変わらぬ温かい光を放っていた。


(クソッ……なんて力だ)


 石川は何とか腹部を押さえて起き上がる。その時、雪の背後の校舎から、茫然とした表情の昂大が現れた。


「あのバカ……!」

「来たか、子羊よ」


 シュトラは昂大を一瞥すると、右手に握っていた剣を光へ変える。


「何だよ……これ……」

「昂大君! 来ちゃだめ!」


 雪の警告も虚しく、昂大は一歩ずつ二人の戦闘へ近づいていく。

 雪が右腕を引くと、昂大は泳いだ目で雪を見た。


「これが……臨起? 何なんだよこの力……ここ、どこだよ」

「わ、私にもわからない……」


 雪は昂大と同じ思いを抱いていたが、冷静を装いつつ昂大を何とか下がらせる。


「これだけは言えるよ。この戦いに巻き込まれたら、君は死ぬ。だから参加しちゃだめ」


 昂大は雪の顔を見つめたまま、ごくりと唾を飲み込んだ。



とうとう臨起の力が明らかになりました……。

シュトラはともかく、石川先生が炎使いなのは、意外だったのではないでしょうか?(●´ω`●)

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