4 導きの日 ~前夜~
夜。昂大の家に石川と雪がやってきた。ぴりぴりとした空気感の二人に、昂大は冷たいペットボトルのお茶を出す。
「あの……すいません。いい加減おれにも、説明してくれると嬉しいんだけど……」
「簡単な話だ。この手紙の差出人が三日後に来る。お前を殺しにな」
「……それだけじゃよくわからないっていうか。なんでおれを殺しに来るのか、とか教えて欲しいんですけど」
石川と雪は固く口を閉ざしたままだった。
昂大は二人を交互に見遣るが、答えは返ってこない。暗い空気の中、お茶を飲んだ雪が小さく告げる。
「君が選ばれたからだよ」
「臨起に、ってこと?」
「そう。ただ選ばれたんじゃない。臨起の完全な適格者なんだよ」
「完全な適格者……?」
「雪。気持ちはわかるが、これ以上は言わない方がいい」
雪はペットボトルの蓋を閉め、石川を見つめる。
「正直、どうせ放っといたって三日後に知ることになるかなって。だったら、今ここで言ってもいいんじゃないですか?」
「……万屋さんに言うなと言われている」
「万屋さんに……ね」
雪は腕を組むと、シャツの袖を握りしめた。
「敵は、何でおれを殺しに来るんだ?」
「昂大君の中にある臨起を奪いに来るんじゃない? 奪う、というのは命を、という意味だよ」
「臨起……って、何なんだよ。ほんと」
「万屋さんは、君のことをとても大切に思っている。だから言うなってことだよ。これから始まるのは、そういう殺し合いだから」
昂大は、先日万屋に言われたことを思い出す。
必ず、殺せ―――。万屋はそう言った。生活を脅かす者が現れたならば、それを殺せと。
つまり、やってくる者と戦い、勝利を収めなければならないということだ。
「おれも、そう言われたよ。殺せって。脅かす者は殺せって、そう言われた」
「じゃあきっと君は……殺すんだね。万屋さんに言われた通りに」
「……」
悲し気に俯く雪に、昂大の心が揺れる。
雪のために人を殺したことを後悔などしていない。だが、先日万屋に言われた言葉が心に引っ掛かっていた。
――――――自分のせいにしてしまえば、他人のことを考えなくてもよくなる。自分が悪かったと思考を放棄してしまえば、相手のことを考えなくてもよくなるな。だからお前は、無意識に自分のせいにする癖がついてしまっている。
万屋の言う通りに人を殺せば、また思考を放棄することになるのではないか。
この手紙には、自分が戦えば良いと書いてある。そうすれば、生徒たちは脅かされずに済むのだと。
でも生徒たちにとっては、人殺しが普通の生活の中に紛れ込んでいることになる。それがもし、バレてしまったら、もう二度と学校生活は送れなくなる。
「でもやっぱり……おれは守らなきゃいけない。手紙の送り主は生徒を傷つけるかもしれないって言ってる。おれが戦えば手を出さないって」
「守る? 何を守るの? 敵は君の命を狙ってくるんだよ。それなのに何を守るって言うの?」
「そんなの、みんなを守るに決まってるよ。だからおれが戦わなきゃ」
雪は歯を食いしばる。
「みんなとか、おかしいよ……誰かのため、誰かのためって! それは君が戦う理由もないのに、戦う理由を無理やり作ってるだけ。そんな勝手なこと言わないでよ!」
口調がヒートアップしそうになったところで、石川が折り畳みテーブルを殴打する。
「もういい。お前たちの話を聞いていると、頭が痛い」
石川は大きな舌打ちをして立ち上がる。
「……六月六日は普通に過ごせ。日曜日だしな、課題を多く出してやるから勉強でもしていろ。お前たちは一切手を出さなくていい。全部僕がやる。いいな」
「でも! それだとみんなが……」
「煩い。自分の命よりも他人の心配とはな。お前の病的な自己犠牲を見ていると反吐が出る。お前もだぞ雪」
石川は雪を一瞥し、二人に背を向ける。
「こいつに強く当たって何が変わる。怖いのか。臨起を見せてしまったのがそんなに堪えたか」
「……っ」
「僕の邪魔をしたら、その時はお前たちから殺すぞ。いいな」
石川は玄関を乱暴に閉め、さっさと帰ってしまった。
次第に冷静になった雪は、小さく「ごめんなさい」と呟いた。
二人きりになり、沈黙が怖くなった昂大は、思っていることを口にする。
「ごめん。雪はおれを心配してくれてたんだよな」
「……」
「雪はさ、敵が来たら殺すのか?」
「……それが私の仕事だから」
「仕事じゃないよ。そうじゃなくて、雪自身はどうしたいんだろって思って」
「……意趣返しのつもり?」
「ううん。そういうつもりじゃない」
責任を。自分の行動に、責任を持つこと。
雪に言われた言葉が、脳裏に蘇ってくる。
「万屋さんの指示じゃなくて、おれの意思で物事を考えられたらなって、ちょっとだけそう思ってて」
それを聞いた雪は、ほんの少しだけ笑った。
「ちょっとじゃなくて、常にそうしなよ」
そう言って、雪も部屋を出て行った。




