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蒼境の子羊《メシア》たち  作者: くろ飛行機
6章 光より来たる
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2 暗躍する者たち ~秘密の会合~


 人のいなくなった深夜の祇園は、社会の哀愁と闇の深さを体現しているようだった。万屋は、明かりに照らされた鴨川を渡り、文化財に指定されている昔ながらの街並みの中を歩いていく。人通りのない路地を抜け、小さな道を行くと、時代に取り残されたような飲み屋の看板が目に付いた。人一人通れるのがやっとの道を進み、奥に目的の店が現れる。


 料亭〈ふくとみ〉、一見さんお断り。

 万屋が構わずに引き戸を開くと、中から着物を着た女性が現れる。


「よう来てくれはりました。こちらどす」


 女性の案内で、料亭の奥へ進んでいく。古い木彫の階段を下ると、長い廊下があり、左右に個室が広がっている。

 廊下の最奥。最も格式が高い〈四神〉という名の部屋に通された万屋は、引き戸を開いた先にいた男を見据える。


「……こんばんは万屋さん。お越しいただきありがとうございます」

「いえ。こちらこそ、ご足労いただいたようで」


 靴を脱ぎ、広い和室へ上がった万屋は、並べられた最上級の懐石料理の前に座った。

 目の前の若い男は、横に座っていた女将に合図を送る。女将はおちょこに入った日本酒を持ち、万屋に注いだ。

 男は黒い瞳で万屋を見据えた。黒髪短髪で、軍服を着ている。容姿端麗で恰幅も良い。


「流石ですね万屋さん。あのお方の目を欺いて、新田川高校に潜入されていたとは。新田川高校が計画の要になることは、他の(ラウンド)には秘密にしていたんですよ」

「私の目には、貴方が意図的に我々に情報を流し、先手を打たせたように見えましたが」

「そりゃ、お互いに協力関係ですからね」


 若い男は、脂の乗ったトロに醤油を付け、一口で頬張る。


「だからって、教師を殺して、新田川高校を乗っ取る口実とした、というのはやりすぎでは?」

「互いの利益の最大化です」


 若い男、楠木正成(くすのきまさなり)はくつくつと笑いながら、懐石を食べ進めていく。


「貴方は話が早くて助かります。他の(ラウンド)ときたら、話の通じない輩ばかり。貴方だけが、唯一信用できる(・・・・・・・)


 楠木は遠くに座っていた白衣を着た女性を呼んだ。そして、資料を渡すよう耳打ちする。


「失礼。彼女は?」

「彼女は臨起研究の最重要人物です。臨起の基礎理論を提唱したのは万屋家ですが、彼女が手を加えて、形にした(・・・・)

「……」


 万屋は女性を睨みつけた。女性は一切圧を感じることなく、淡々と挨拶する。


「初めまして万屋暁爾。私は十六夜朔(いざよいさく)。紹介があったように、君の父上から共同研究を頼まれた縁で、臨起に関わった。いずれまた、お会いすることもあるだろう」


 ショートカットで太い縁のメガネをかけた中年の女性は、大きな封筒を万屋に手渡すと、そのまま部屋を出てしまった。


「彼女はシャイでしてね。気にしないでください」

「いえ。こちらの封筒は?」

「その封筒に、我々第一席(ラウンド・モノ)が、あのお方(・・・・)からの指示で新田川研究所を設立することになった経緯、そして計画の推進に必要な研究成果と、儀式場の敷設に関するデータの全てが入っています。昔ながらの書類データですよ。燃やせば消える」

「拝見します」


 万屋はざっと内容を確認する。


「十六夜博士は、儀式場敷設と儀式のためのエネルギー収集に関することならお詳しいです。わからないことがあれば彼女に聞いてください。もうここにはいませんけど」


 楠木正成は肩をすくめる。万屋は顔色一つ変えずに資料を確認し終えると、楠木に問いかける。


「どうして彼女自らここへ?」

「お会いしたいかと思いまして」

「……」


 万屋は楠木を睨みつけ、資料を乱雑に置いた。それを見た楠木は、冷笑を浮かべる。


「それはそうと、我々が手を組んだ理由、当然お忘れではないですね?」

「……」

「まもなく、導きの日(・・・・)が訪れる。それは計画の完全始動を意味します。〈傀朧経典(かいろうきょうてん)〉に描かれた救世の少年(・・・・・)を導く女神の使徒……その役目を仰せつかった者が現れる。そして、少年は試されることになる」

「……」


 楠木はお猪口に入った日本酒を飲み干し、話を続ける。


「計画には、二つの要素があります。臨起を持つ〈救世の少年〉と〈魂の海〉……そして〈魂の海〉を満たす信仰の力たる、傀朧(カイロウ)

「それはなんでしょうか?」

「さあ? 私はオカルトとは無縁でして。さっぱりわかりません」


 楠木は懐石のメインである、最高級和牛のすき焼き肉をたれに絡めて焼き始める。すぐに火の通った肉に鶏卵をつけ、一口で頬張った。


「ご冗談を。知らないはずはないでしょう」

「知っていても、言いたくない。私にとってそれは、復讐の対象でもあるから」

「復讐か。そのために、私と手を組んだのですか?」


 万屋の放つ圧に何ら動じることなく、楠木は万屋に微笑みかける。


橋本米(はしもとよね)は大変平凡な者でした。可もなく不可もなく、評価しがたい働きぶりでしてね。しかし、あのお方を決して裏切らなかった。そうでしょう?」

「ええ。この目で見ましたから」

「これで、あのお方が色々と手を打ってくるでしょう。忠節に応えるのは、あのお方の主義ですからね。そうなれば、私も貴方も動けなくなっていく」


 楠木は一転、無表情で万屋を見つめる。万屋は封筒を手に持ち、立ち上がった。


「おや。食べて行かれないのですか?」

「生憎、食欲がないもので」

「そうですか。とっても美味しいのに」


 万屋は素早く革靴を履き、部屋を後にする。


「では万屋さん。我々の秘密の関係性について、決して漏らさぬよう」

「そちらこそお気をつけください」


 料理を食べながらその背中を見届けると、襖がぴしゃりと閉められる。


「あれが、万屋暁爾ですよ十六夜博士。思った以上の傑物でしょう?」


 楠木は箸を置くと、襖の向こうにいる十六夜に話しかけた。


「どういうことだ。初めて会うのではなかったのか」

「初めてですよ。直接会うのはね」


 襖から十六夜博士が顔を出すと、楠木は酒を勧めた。


「彼はね、〈蒼花幻想機関〉を恨んでいるんです。恨んで恨んで、恨みきって、狂った(・・・)

「なぜだ?」

「それは私も知りません。ただ、万屋家は臨起の基礎を作った。そして、義父上(ちちうえ)と親しい家柄だったと聞いています。それが関係しているのかもしれません」


 楠木は懐石料理を残さず綺麗に食べると、丁寧に手を合わせた。


「貴方と同じではないですか、十六夜博士。思いを隠し、仮面を張り付けてでも自らの意思を体現しようとする貴方と彼は、よく似ている」

「君はもう少し、年長者を敬った方がいいぞ、楠木正成特務三佐」


 十六夜博士は襖を開き、楠木を睨みつけ、颯爽と料亭から出て行ってしまった。


「敬えというのなら、見せてもらいましょう。老い先短い古い世代の、覚悟と信念とやらをね」



色々と思わせぶりな二話でした。

情報公開が濃密すぎて意味不明だったかもしれませんね(-_-;)

ただ、重要なワードが盛りだくさんでしたので、覚えておくと繋がりがわかるかも……しれません(笑)

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