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蒼境の子羊《メシア》たち  作者: くろ飛行機
6章 光より来たる
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1 暗躍する者たち ~忠義~


 校長室に置かれていた大きな置時計が二十一時を示し、荘厳な時計の音が鳴り響く。その音で我に返った橋本校長は、校長室に置かれた写真を睨みつける。


「まずい。まずいわよ。まずい……」


 繰り返される言葉は震え、額から脂汗が滴れ落ちている。愛用している黒いハンカチは、汗で湿って使い物にならなくなっていた。

 その原因は、二つ。

 一つは、突如前川が失踪した件について。()から追及されることは火を見るよりも明らかだ。何より誰に消された(・・・・)かがわからない。いずれ、他の教師も殺されるかもしれない。

 そしてもう一つは、昨日現れた刑事のことだ。刑事は開学記念式典の写真を気にしていた。ここに飾ってある写真や表彰物は、すべて橋本の独断で設置している。つまり、もしこの写真から、写っている()の元へ辿り着かれでもしたら――――――。


「殺される……ひいいい!!!」


 橋本は理性を失いつつあった。長年〈蒼花幻想機関(そうかげんそうきかん)〉に仕え、大人しく、強かに生きてきた橋本にとって、このミスは痛恨の極みだった。新田川高校に隠された重要な秘密を守る大役を仰せつかったことがあまりにも嬉しくて仕方がなく―――写真を飾っていたのは、そんな出来心だったのかもしれない。


「このままじゃ私は……嫌よ。こんなところで消されてたまるものか……!!」


 そんな時、突然校長室の扉がノックされる。


「ひっ!」


 あまりにもタイミングが良いため、橋本は身構える。もし、あのお方(・・・・)の使いだったとしたら――――――間違いなく自分は抹殺されてしまうだろう。

 橋本は机から銃を取り出し、黒いネグリジェの下に忍ばせる。


「は、はい……どなたかしら……」


 声は裏返っていた。小さく咳を払い、扉を開ける―――そこにはエンジ色のタキシードに身を包んだ、存在感のある男がいた。


「夜分遅くに失礼します。橋本校長」

「あ、あれ。どうなさったのですか、万屋理事(・・・・)


 橋本はその男の登場に、複雑な印象を抱いた。この男は、新田川高校設立時から学校法人に関わっている理事の筆頭格だった。

 そしてもちろん、〈蒼花幻想機関〉の関係者である。そんな男が、なぜ今現れたのか。

橋本の心臓が激しく動き始める。


「申し訳ない。お宅に伺ったのですが、留守でしたのでこちらにいらっしゃるかと思いまして」

「は、はあ……」


 橋本は万屋を校長室へ招き入れる。


「このような時間にお伺いしたのは、取り急ぎお伝えしたいことがあったからです」

「何でしょう」

「この度、臨時理事会にて、私が理事長(・・・)に就任しました」

「は、はあ!?」


 橋本は思わず大きな声を上げる。

 理事長のポストに据えられていたのは、橋本の上役―――この学校を運営し、秘密を死守する任務を、あのお方(・・・・)から任された存在であったはずだ。


「どういうことですの! わたくしの元に、そんなお話は……」

「ええ。ですから、直接お伺いしたまでです」


 万屋は毅然とした態度で続ける。


「この高校を作ったのは、我々〈蒼花幻想機関〉です。そして貴方はあのお方(・・・・)に長年仕えている。ここを取り仕切る第一席(ラウンド・モノ)は機関が推進する計画の全権を担う下準備を行う同時に、全責任を負っている」

「と、当然ですわ。〈蒼花幻想機関〉の目的を実現するためにわたくしは、長年〈蒼花幻想機関〉に仕えてきたのです」

「この度、あのお方の悲願である計画が始動します。要となる、世界の臨起(・・・・・)の覚醒がすぐ傍まで迫っている」


 つらつらと当たり前のことを語る万屋に、唖然とした橋本は服の下をまさぐると、銃のグリップを握る。


「盟約に従い、(モノ)から(ヘプタ)までの座は、等しく計画の推進をサポートしなければならない。ですから私も計画に参加(・・)させていただこうかと思いましてね。なにせ、救世の少年の保護者(・・・)ですから」

「……」


 橋本は一転、冷静に銃を構え、万屋の頭に照準を合わせた。


「私はね、長年……あのお方に仕えてきたの。ここの創立だって、臨起の研究だって、あのお方の采配によるものです。何人たりとも、計画の参加は許されませんわ」

楠木正成(くすのきまさなり)という男をご存じですか?」

「ええもちろん。あのお方の継嗣(・・・・・・・)を知らないはずはないでしょう」

「彼は、計画の乗っ取りを画策していますよ」

「バッ!! 何をバカなことを!! それは貴方じゃなくて? 万屋理事!」


 橋本は脂汗を額に浮かべながら、口元を歪ませる。

 自分の失態を打ち消すには、もうこれしかない。あのお方から命を狙われないようにするためには、万屋を始末し、それを口実に許しを得ればいい。

 だが、そんなことより――――――どうしても許せないことがある。


「万屋理事。貴方に、あのお方を語る資格はないですわ」


 橋本校長が最後に選んだのは、保身ではなく、忠誠(・・)だった。


 引き金が引かれる――――――乾いた銃声が、校長室に響き渡る。


 しかし、銃弾が貫いたのは、橋本校長自らの頭だった。

 橋本は力なく床に倒れる。赤い水たまりが、万屋の足元に迫ってくる。


橋本米(はしもとよね)……なるほど。あのお方直属の部下なだけはある」

「何関心してるの?」


 橋本の後ろ、デスクの裏に立っていたのは、黒いジャケットに身を包んだ女スナイパーだった。音も気配もなく、窓から侵入し、橋本の背後から銃口を向けていたが、結局手を汚すことはなかった。


「このオバサン。私に気づいてなかったと思うけど……」

「だろうな。彼女は、組織の一員として主を守った」


 浅井美樹は、ジャケットに銃をしまうと、万屋を睨みつける。


「殺すように仕向けといて、よく言うわ」

「何のことだ」

「とぼけないで。教師を一人バラして、刑事をここに連れてきて、それを口実に楠木家と取引したんでしょ。計画が始まったんだから、高校の管理を全部譲れとか言って」

「半分は当たっている」


 万屋は廊下に待機していた〈掃除屋〉を招き入れる。金色の掛けカードを手渡すと、美樹と共に校長室を出る。


「正直、刑事は想定外だった」

「そうなの?」

「雅治が連絡して来てな。それで、念のため少し強引な手を使った」


 二人は学校の裏口に停めてあった石川のスポーツカーに乗り込む。運転席に万屋が座り、助手席に美樹が座ると、勢いよく発進した。

 美樹は発進と同時に、煙草を吸い始めた。


「ねえ万ちゃん。本当にこれでいいの?」

「どういう意味だ」

「計画が始まって、それで吉凶を作ったあなたの目的が、本当に果たされるのかなって」

「……」


 万屋は何も答えないまま、車を走らせる。あらかじめ開けてあった裏門から出ると、市内に向けて走行する。


「私ね、正直怖いよ。最初から、ずっと」

「……俺が動こうが動かまいが、計画は必ず始動する。計画の遂行が〈蒼花幻想機関〉の存在理由だからな」

「その〈機関〉に復讐(・・)するために、万ちゃんは吉凶を作ったんじゃないの?」

「そうだ。全部、お前との約束を果たすためだ。お前を助けた時から、俺の心は決まっている」

「なら、どうしてそう割り切れるの? 計画のその先、全部終わった後に、あの子たち(・・・・・)が救われるとは限らない。臨起(りんき)を宿したあの子たちが、生きているとは限らないじゃない」


 美樹は煙草を灰皿に落とし、運転席の万屋をまっすぐ見つめる。


「昂大に……あの子に罪はない。それに、雪や雅治だって」

「それを言うなら、俺は臨起を生み出した責任を取らなければならない。俺の一族が犯した罪を清算しなければならない」

「だからって! 昂大や雪に臨起を宿らせていい理由にはならない。昂大なんて何も知らない……あの子が今から、どんな目に遭うことか……」


 万屋はそれ以上何も発さず、淡々と車を走らせている。街灯が煌めく市内のメイン通りを進み、国道から京都方面へと進んでいく。


 しばらくの沈黙ののち、万屋が言葉を発した。


「美樹。お前は当分待機していろ。ここからの戦いにおいて、お前は足手まといになる」

「……はあ?」


 美樹は我慢の限界に達し、前のめりになって抗議する。


「私に指を咥えて見てろっての!? いい加減にしなさい」

「お前が戦いに参加すれば……死ぬかもしれない。お前は臨起を持っていない。無駄に命を散らせるな」

「あんたね……言い方ってもんがあんでしょ!」


 美樹は運転中の万屋の胸倉を掴む。


「私が……どんな思いでいるのか、わかってて言ったとしたら、本当に許せないんだけど」

「わかっているつもりだ」

「ならなんでそんな!」


 目の前の信号が、赤に変わる――――――。

 万屋は急ブレーキを踏んだ。勢いで美樹の体が横に傾く。そんな美樹の頭に手を回し、万屋が告げる。


「お前に、死んでほしくないからだ」

「っ……」


 いつものように、毅然とした表情だった。無感情で、不愛想で、それでいて強い表情(カオ)。その顔は、二人が出会った時と一切変わっていなかった。

 唯一変わっていたのは、その目から迷いがなくなっていることだ――――――。


「……そっか。私があなたを変えてしまったのね」


 美樹は思わず、苦笑してしまった。疲れた笑みのまま、万屋から離れようとする美樹を、万屋が力強く引き留める。


「違う。これは俺の信念だ」


 シートベルトを外した万屋は、美樹の唇を奪う。

 ――――――その唇が、わずかに震えているのを感じ取った美樹は、目を細めて力を抜いた。

 ゆっくりと舌を絡ませ、互いに顔から離れていく。


「……ねえ万ちゃん。本当は」


 万屋の表情が、酷く暗く見えた。美樹はその言葉の続きを言わなかった。


「……今から会合がある。駅まで送るから、一人で帰ってくれ」


 後ろの車が、クラクションを鳴らした。それっきり、二人の会話はなかった。



第六章の開幕です!!(●´ω`●)

とうとうこれまで散々匂わせていた謎の敵の襲来が訪れます。(遅すぎでは……?)

ちょっとやりたいことをやりすぎて、遅くなったのは否めませんが、なにとぞご容赦を……。

だって将人の深堀とか刑事とか色々やりたかったんだもん!!

という言い訳は置いておいて、第一部の佳境をどうぞお楽しみください。

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