6 遠慮の塊やで昂大。食べて帰り
夕方。昂大は外がだいぶ暗くなる時間まで、やんちゃな子どもたちの相手をしていた。
「おつかれさん。あいつらの相手疲れたやろ?」
「練習よりは疲れないから大丈夫」
「それもそうか」
将人は申し訳なさそうに大量のキャベツと豚肉を見せてくる。
「ごめん! タコパはまた今度でもええか? 今夜はお好み焼きに変更。たこ焼き器の調子悪くてな……」
「全然いいよ。いただくんだから、何でも嬉しい」
将人は早速、キッチンでキャベツを切ろうとする。
「ただいまー。あれ、お客さん?」
その時、中学校の制服を着た女の子が帰ってきた。
「おかえり夕奈。こいつは一日しもべの昂大」
「誰がしもべだ」
「軽快なつっこみやね。やり手やわ」
将人と夕奈は、カラカラと笑う。
「いやーええわー。うちにツッコミ役居らんから」
「ツッコミ役……?」
「夕奈もちょっと手伝って。野菜切ってくれへん?」
「ええよー」
「はい、しもべは生地作ってな」
「お前、なんにもやってねえじゃん」
「あれ、ばれた?」
三人の笑い声が調理場に響く。夕奈の参戦でテキパキと調理が進み、大きなホットプレートの上で、こんがりふわっと美味しそうなお好み焼きが完成する。
「う、うまそ……」
「おなかすいた!」
「おれもたべるー!」
三人の子供たちと昂大は、目をキラキラさせて将人を見つめる。
「ほな、いただきますしよか」
「「「いっただっきまーす!」」」
甘めのお好みソースを刷毛で塗り、マヨネーズをジグザグにかけ、鰹節をまぶす。
湯気でゆらゆらと動く鰹節の香りが立ち込めると、思わず喉の虫が鳴る。
「はい。ご飯どうぞ」
「あひがとござます」
昂大は口いっぱいにお好み焼きを頬張っている。
「やっぱお好み焼きやなぁ。みんなで食うとしたら」
第二弾の生地を広げ、豚肉を乗せると、ひっくり返して蓋をする。
「毎日ご飯作ったりすんの、大変だな」
「まあ、慣れや慣れ。夕奈も手伝ってくれてるしな」
「そっか」
微笑ましいことだと思っていると、子どもたちが残りの一切れを巡って喧嘩を始めてしまう。将人は小手で三等分し、即座に喧嘩を収める。
「将人兄ちゃんは、学校でもこんな感じですか?」
「う、うん。みんなとも馴染んでて、友だちも多くて、ほんとすごいって思いますよ」
「そっか。それならよかった」
夕奈はお好み焼きを一口食べて、お茶を啜る。
「内心ね、ちょっと心配なんです。二年前に、義父さんと義母さんが亡くなった時、将人兄ちゃんほんまに落ち込んでたから」
昂大は、持っていた茶碗を机に置く。
「高校行かんと働くとかって言ってたんですよ。楠木家のツテで、なんか高給取りの仕事があるとかなんとかで。でもそんな時、新田川高校のお話を頂いて、ほんまによかったと思ってます」
「お話?」
「新田川高校は私立ですけど、全国でも珍しい貧困家庭の支援奨学制度があるんです。該当者には奨学金だけじゃなくて、他にも色んな支援が受けられて、ほんまに助かってるんですよ。あ、ウチも今、近くの付属中学に通ってます」
「へえ……そんな制度が」
新田川高校にそんな制度があったなんて、全く知らなかった。そもそも付属中学があることにも驚きだった。
「そそ。やで、おかげさまで勉学に励めてるねん。昂大もてっきり、その制度使って入学したんかって思ってたわ。あんなボロアパート住んでるしなぁ」
「あ……おれは、実家から色々送ってもらってるから」
「そっか。てことはお前、関東人やろ」
「えっ」
「だって、関西弁ちゃうもんな。初めて会った時から思っとったんや」
将人は、なぜかしたり顔で昂大を見つめる。
「将人兄ちゃん。そういうのが関西人やーって、関東の人から嫌われるらしいで。やめとき」
「マジで? ええやんけ別に。関西人は関西のことが好きやねん。ああでも、関西人で括ったらあかんで? 俺は大阪人やから、京都とか兵庫と一緒にされたないねん」
「そ、そっか……」
関西には色んな派閥があるんだな、と肝に銘じておくことにする。
「話変わるけど、昂大くんは将来どこの大学行きたいとかあったりするん?」
「え……」
夕奈が何となく振った話題に、昂大は硬直する。ぽかんと口を開け、停止してしまった昂大を見て、夕奈は慌てて謝罪する。
「あ、ごめんなさい……あんまり話したくなかったかなぁ」
「いや! そういうことじゃなくて……あんまり、考えてなかったなって思って」
将来の話。将来のこと。将来の、夢――――――。
そんな誰しもが思うはずの、当たり前の話ができないことに気づき、肩を落とす。
「夕奈は公務員か大手企業やもんなぁ。現実主義やなぁ」
「当たり前やろ。ちゃんと就職して、三人の学費稼いだらなあかんし」
「ええ子やなぁ、ほんまに」
「そう言う将人兄ちゃんは、高校卒業したらどうするんよ」
将人は即答せず、昂大の顔を一瞥する。昂大が顔を見返すと、なぜかニヤニヤと笑った。
「大金持ちになるわ。やから夕奈は、好きなことやり」
「はあ? どうやって?」
「バリバリ働くわ~。世界中を飛び回ったりしちゃって~」
いつものように明るく笑う将人は、最後に小さく付け加えた。
「だから、夕奈は好きに生きたらええ」
優しくも、遠くに抜けていくような言葉だった。
夕奈はそれ以上何も言わなかった。昂大は、将人が何を考えているのかはわからなかったが、心のどこかで、自分と近い何かがあるのではないかと感じてしまう。
そう思った途端―――将人の顔に白い靄がかかった。
お腹いっぱいになった子どもたちは、テレビに夢中になっている。
一枚のお好み焼きだけが、ホットプレートに残されていた。
「遠慮の塊やで昂大。食べて帰り」




