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蒼境の子羊《メシア》たち  作者: くろ飛行機
5章 自己否定《レーゾンデートル》
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5 かなりガサツだよ、あのひと


 部活が終わり、いつもよりも早く部室に戻った昂大は、着替えずにそのまま正門へ向かう。

 正門に、制服姿ではなくジャージ姿の将人が立っていた。手に食材の入ったビニール袋を持っている。


「おっつかれぃ」

「先に家、帰ってたのか?」

「そーそー。買いモン行かなあかんかったから、生徒会終わったらすぐ帰ったわ」


 将人はニカッと笑ってビニール袋を掲げる。


「何を隠そうと今日はな、月に一度のタコパや!!」

「たこ、ぱ?」

「そう。うちのタコパは長年の伝統により、ゲストという名の生贄を用意せなあかんねん」


 昂大の頭の上に、大きな蛸の怪物(キャラクター)が浮かぶ。

 その蛸が踊り、昂大を触手で絡み取って一緒に踊らせようとしたところで、将人のジトっとした視線が降り注ぐ。


「なんかすげえアザトイこと考えてへんかった?」

「えっ。何が?」


 将人は大きなため息を吐くと、びしっと人差し指を指した。


「ユニフォーム泥まみれやんけ! そんなんじゃあかん。生贄になられへんし全部脱げ!」

「……ここで?」

「アホか。何でお前の裸見なあかんねん。家帰ってこいや」


 キョトンとした表情のまま、てちてちと帰路につく昂大を見て、将人は腕を組んだ。


「こりゃ、思った以上におもろいやっちゃな」


 そんなこんなで家に帰った昂大は、部屋着のパーカーとハーフパンツ姿で将人と合流する。


「てか、たこぱって何?」

「たこ焼きパーティー。古の儀式らしいぞ」

「えっ!? たこ焼き食えるの!? いいのか?」

「……ツッコミむずいな。こんなん初めてやで」


 瞳をキラキラさせて喜ぶ昂大をよそに、将人はなぜかげっそりとしている。

 二人は新田川高校の近くからバスに乗り、北へ向かっていく。

 途中、大きな自衛隊の駐屯地の横を通り、坂を上ると、山の斜面に住宅街が見えてきた。そこの停留所で降りた二人は、山裾に向かって進んでいく。


「俺んちな、前にも言った気ぃするけど、大家族やねん」

「おれがお邪魔して大丈夫なのか?」

「おん。全然大丈夫」


 二人の目の前に、昔ながらの保育所のような建物が見えてくる。表札には消え入りそうな文字で『楠木』と書かれていた。


「ちょっと前まで、養護施設みたいなことやっててん。NPOの委託事業で。中は綺麗やから」


 将人は玄関を開け、昂大をリビングに通す。すると、大きな声でリビングに向かって叫んだ。


「おっしゃーお前ら気合入れろよ! 生贄の登場や!」


 将人が叫ぶと、リビングで遊んでいた子どもたちが一斉に振り返る。


「えー、いまふどうさんやごっこやってるからあとでねー」


 そう答えたのは、四歳の陽太(ようた)。ちょっとだけ鼻水が出ている。


「こいつ誰ー?」


 昂大の近くで、ビールジョッキに注がれたオレンジジュースを飲んでいるのは、七歳の大河(たいが)だ。ぷはぁ、と小さくげっぷをする姿が、妙に存在感を放っている。


「ぶーんぶーん」


 完全に自分の世界に入って電車を走らせているのは、五歳の一輝(かずき)。電車を持ちながら昂大に突進しようとしてきたので、華麗に躱す。


「まあそう言わんと、遊んだってーな。このお兄ちゃん泣いてまうで」


 将人はキッチンに向かうと、紙コップにお茶をいれて、昂大に渡す。


「うーん、ここでなかれたらめんどくさいし、あそんでやるか」

「しゃーなしなー」


 生贄を求めているのではなかったのか。昂大は心の中で唸る。


「じゃあ、まずはかくれんぼしようぜ」

「おうちのなかで!」

「じゃんけん!」


 遊びを決めるのは好きなのか、三人は楽しそうにはしゃぎ始める。


「家でやってもいいのか?」

「いえでかくれんぼはふつうだよな?」

「おまえはやったことないの?」


 そう言われて、昂大はいつ以来かくれんぼをしていないか考える。


 ――――――よく思い出せなかった。代わりに少しだけ頭が痛くなったので止める。


「じゃーんけーんぽん!」


 結果は一輝の一人負けだった。


「じゃあかずきがオニなー」


 大河はそう叫んで、部屋を出て行く。二人はそれに続いて、各々隠れ場所を探しに出かけていく。


「どこにかくれよっかなー?」


 昂大は陽太と一緒に、二階で隠れ場所を探していた。家の中は思った以上に広く、使われていない部屋もあるようだった。


「ここは?」

「将人にいちゃんのへやー」

「へえー」


 陽太が部屋に入っていくので、昂大も渋々続く。部屋の中は整理整頓がきちんとなされており、高校生の部屋とは思えないほど、物がなかった。


「将人って、綺麗好きなのかな?」

「えー、かなりガサツだよ、あのひと」


 四歳にガサツと言われる将人のことを考え、昂大は苦笑いする。


「ここにかくれよ」


 そう言って陽太は、将人のベットの下に隠れる。


「じゃあおれは……」


 昂大はふと、将人の机に視線が向く。よくある勉強机だったが、物が少ない分、写真が目立っている。少し色あせた、古い写真のようだった。この家の前で子どもたちと中学生くらいの将人が楽しそうに写っている。その左右でにこやかにほほ笑んでいる、おじさんとおばさん――――――将人の両親だろうか。


「そういえば、あいつの親、どこにいるんだろ」


 昂大は写真に気が向いており、机の書類を数枚床に落としてしまった。


「やべ……」


 昂大は急いで机の上に戻すが、その中にもう一枚写真があることに気づく。

 白髪交じりの老年の男を中心に、たくさんの人が写っている。皆笑みはなく、厳粛な表情だった。背景には豪邸が写っており、礼装を着ているからか、強い存在感を放っている。


「ふーん。人の部屋勝手に入るとか、なかなかにええ趣味してんなぁ」


 写真に集中していたせいか、将人が後ろにいることに気づかなかった。


「ごめん……別に覗き見してたわけじゃ……」


 将人は昂大の手から写真を取ると、小さくため息を吐いた。


「こんな写真、捨ててまえばええのになぁ」


 将人の表情が曇る。昂大は悪いことをしたと思い、申し訳なさそうに俯いた。


「これな、楠木家の写真。楠木家はその……日本の中枢で活躍してる一家でな。俺はその端くれ」


 写真の隅の方に、将人が小さく写っていた。


「政治家、自衛隊幹部、警察幹部、官僚に、医者、弁護士……偉い人ばっか輩出してる。まあ、俺ん両親は、ギリギリ名前が残っとるぐらいの末端やったんやけどな」


 将人は写真を机に置くと、昂大の顔を見る。


「……すげえんだな、お前ん家って」

「全然すごないで? あんな最低な家」


 そう言った将人の表情は、さらに曇っていた。暗い空気を察したのか、将人は慌てていつもの笑みに戻った。


「はいはい終わり終わり。ちゃうとこでかくれんぼせなあかんな、陽太」

「ごめんなさーい」


 陽太はベットの下から出てくると、ドタバタと部屋から出ていく。


「あっ! みーつけた!」


 そこを運悪く、鬼の一輝に見つかってしまった。


「お前らかくれんぼやめて、下の部屋で遊んどき」


「「はーい」」


 二人が一階に下りたのを見届けた将人は、昂大に告げる。


「俺、両親と血は繋がってへんねんけどな。二年前、事故に巻き込まれて死んでん」


 突然の告白に、昂大は顔を顰める。


「ごめん……そうだと思わずに、無神経なこと言っちゃったな」

「全然。普段言わへんことってだけやで」


 将人はベッドに腰かけると、ぐっと体を伸ばす。


「うちの両親、身寄りのない子どもらを引き取って育ててたんや。あのガキんちょ共もそういう子ら。俺は両親の行いを尊敬してる。だから、血は繋がってへんけど、あの子らを守っていこって、思ってる」


 昂大は息を飲む。高校生になったばかりの将人が、大人の手を借りずに家族を守ろうとしていることが、どれだけ大変なことか計り知れない。


「……誰か、頼れる人はいないのか」


 昂大は無意識にそう呟いていた。将人はにっこりと笑って、


「おる。大丈夫や」


 と優しげに返す。


「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。人に頼った方がええんは、お前のほうとちゃうか、昂大」


 昂大の視線が泳ぐ。


「……そう、だよな。ありがとな」

「まあ、なんかあったら気軽に言えよ。俺で良ければ相談乗るから」


 昂大はこくりと頷く。目じりがほんのり熱くなっていた。



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