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蒼境の子羊《メシア》たち  作者: くろ飛行機
5章 自己否定《レーゾンデートル》
45/52

4 何で負けたか、明日まで考えといてください


 ――――――キーンコーンカーンコーン。


「ふああ……眠んむ……」


 台風は消え去り、梅雨の足音が聞こえてくる五月の暮れ。

 曇天の空の下、昼休みを告げるチャイムと共に、楠木将人(くすのきまさと)は大きなあくびをした。


「あーだる。放課後生徒会ある日やん……今からサボって帰ろかなぁ」

「生徒会だけサボればええやんか」

「だって午後から数学と化学基礎あるやん? 理系のオンパレード、眠むなるて。体育がええわ」

「あ、化学基礎小テストやったっけ今日」


 将人と話しているのは、女子生徒の湊川桜(みなとがわさくら)だ。将人は渋い顔で化学基礎のテキストを開く。


「桜もサボれば? カラオケでも行く?」

「行かへんわ。何でアンタと二人でカラオケ行かなあかんねん」


 桜に断られ、将人はシャープペンシルをくるくる回しながらもう一度あくびをした。


「おーい将人。“デコピンじゃんけん”やろうぜー」


 すると、遠くのほうで将人を呼ぶ声がする。


「お。ええなぁ、やろか」

「何? デコピンじゃんけんって」

「知らんの? 古の時代からある、おもろい遊びやで」


 呆れる桜をよそに、将人は呼ばれた方へ向かっていく。


「アンタ、帰ったら承知せんで。わかってる?」

「わかってるわかってるって。そんなことより……昂大くんも(・・・・・)やろうや」

「……へ?」


 将人は呼ばれた方へ行く前に、ぼんやりと外を見つめていた昂大の腕を掴んだ。


「好きな人に思いを馳せるのはええけど、現実見よか」

「え、は!? 好きな人!?」

「はーい。沖田君電撃参戦しまーす」


 将人は、ゆかいな仲間たちの元へ昂大を引っ張っていく。

 デコピンじゃんけんとは、クラスの一部で流行っているよくわからない遊びである。負けた者は勝った者たちから額にデコピンをされる、というそれだけの遊びなのだが、ここ数週間妙に盛り上がっていた。

 昂大もよく遠くから眺めているので知っていたが、何が楽しいのかさっぱりわからなかった。


「ほな行くぞ。デコピンじゃんけんじゃんけんポン」

「ぽん」


 将人がグーで、昂大がチョキ。


「はい、おれの勝ち。何で負けたか、明日まで考えといてください」

「あっはっは!! 将人アホやろ。そのネタいつの時代やねん。じいさんか」

「古のネットミームやんけ! ネタが通じひん奴やな」


 将人と愉快な仲間たちは、ゲラゲラ笑い合っている。


「じゃんけんに負けた理由とかあるのか? 考えられねえけど……」

「昂大もネットミームわからん?」

「痛って」


 びしっとデコピンをされて、昂大は額に手を当てる。


「二回戦やろか。はい。じゃんけんぽん」

「ぽん」


 将人がグーで、昂大がチョキ。


「また俺の勝ちやんけ。コーラちょうだい。コーラ」


 将人に再度デコピンを決められ、愉快な仲間たちはまたゲラゲラと笑う。


 こうしてしばらくの間、昂大は昨日からの考え事を忘れられた。

 ジーンと痛む額が、少しだけあったかく感じられる。


「てなわけで」

「何だよ」

「この間から何考えてんねん。ぼーっとして」


 昼休み終了直前に、将人は昂大の前の席に座り、そう切り出した。でこぴんじゃんけんは昂大が負けすぎて、いい加減額が赤く腫れあがってしまう、ということでお開きとなっていた。


「俺な、こう見えても悩んでる人の顔くらい判別できんねんで。ほら何でも話してみ。敗者やから語る義務あるやろ」

「優しいのか強引に喋らせたいのかどっちなんだよ」


 昂大はそう言いつつも、将人が声をかけてくれたことを喜んでいた。

 とはいえ、雪のことを考えています、などとストレートに悩みを言うわけにはいかない。どう言ったら良いのか、きちんと考えながら発言する必要がある。


「……ちょっと、悩んでる人がいてさ」

「それ、お前のことちゃうん?」

「いや違う。多分その人は……おれなんかよりもずっと悩んでる」


 昂大は、空いた雪の席を一瞥する。雪は学校には来ているが、空気に溶けるように過ごしており、あれから口を利いていなかった。


「ふーん。つまりお前は、自分のことじゃなくて、他人のことを考えてるってこと?」

「まあ、そうなるかな……」


 将人は腕を組み、何かを考えたのち、


「痛って!」


 再び昂大の額にデコピンをかます。


「何すんだよ」

「どんなこと考えてんのか知らんけど、それ意味あるか?」

「えっ」


 将人はニヤリと笑って席を立つ。

 ちょうどチャイムが鳴り、昼からの授業が始まる時間となる。


「他人のために他人が悩むって、あんまりええことないと思うで」


 将人はそう言って自席に戻ろうとする。その前に、思い出したように昂大の耳元に近づくと、


「部活終わったらさ、ちょっと時間ある?」


 と言った。昂大はこくりと頷くと、


「ほな、放課後正門で」


 と言い残して去って行った。



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