表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼境の子羊《メシア》たち  作者: くろ飛行機
5章 自己否定《レーゾンデートル》
42/52

2 ほんとに、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。こっちこそ、ごめんな。ご、ごめん。ほんとごめん。ご、ごめんなさい。ごめん《・・・》。

ゲシュタルト崩壊しそうなサブタイですね……。



「今日は平安時代の文化についてまとめていきます。教科書65ページから……」


「……」


 昂大はぼんやりと自分の掌を眺めていた。

 昨晩殺した教師のことが、頭から離れない。


 ――――――殺す理由も、殺す意義もない、自分勝手な人殺し。


 それは、昂大がこれまで殺してきた悪人たちと同じ所業だった。自らの意思で、自らの望みを叶えるために、人を殺したのだ。

 本当は自分が悪人であることはわかっていた。でも、認めたくなかった――――――自分勝手で薄汚い、悪人にはなりたくないと思っていた。


(……雪は、これでよかったのかな)


 昂大は救いを求めるように、前の席に座る雪の背中を見ていた。

 雪のことで話題が持ちきりだった昨日とは異なり、誰も雪のことを口にする者はいない。

 まるで空気のようになり果てた雪の背中。だが不思議と、寂しそうには見えなかった。


(おれは……)


 臨起の力で、操られていたのかもしれない。


 そんなことを考えた昂大は、まだ責任転嫁しようとしている自分の浅はかさに気づいて自己嫌悪に陥る。

 不意に、勢いよく机をつま先で蹴ってしまった。ガンっ、と大きな音が鳴り、痛みで現実に引き戻される。


 いつの間にか昼休みになっており、昂大の近くで女子グループがいつものように雑談をしていた。

 昂大が一人で悶絶しているのを見て、女子たちはくすくすと笑っている。


(忘れちゃいけないな……おれは最低なんだ)


 昂大は机に広がっていた四限の教材をカバンに詰める。


「昂大君」

「……」


 カバンに教材を詰めているところで、生気のない顔の雪が近寄ってきた。

 昂大はぼんやりと、時間差で雪の顔を眺める。


「……お昼食べない?」


 雪に連れられて、先日の校舎裏にやってくる。部活の先輩たちに目撃され、怒りを買ってしまった記憶が蘇るが、あれはもう二度と起こらないのだろう。


「ほんとに、ごめんなさい」


 校舎裏に着くとすぐ、雪は頭を垂れて謝罪した。


「私は君に酷いことをたくさんした。理不尽だったよね。意味わからなかったよね。本当に、ごめんなさい」


 昂大は謝罪されても、ぼんやりと雪を見つめるだけだった。


「なんで?」

「なんでって……」

「おれが君を助けるって、嘘ついたように感じたからだろ? だったら、おれのせいだ」

「そ、そんなわけないよ! あれは私が一方的に……それに君は、自分の意思(・・・・・)で人を殺した。私の、ために……」


 申し訳なさそうに俯いた雪に、昂大はにっこりと笑いかける。


「おれ、間違ってた。雪に自分の意思を持てって言われて、気づくことができたんだ。おれは今まで、万屋さんのためだけに人を殺してたんだと思う。でもそれは間違ってたんだ」


 昂大は、心の底から湧き上がる自己嫌悪を、言葉に変えて言い放った。


「こっちこそ、ごめん(・・・)な」


 その一言に、雪は硬直する。

 この少年は、自らを否定し、私怨で辱めを与えようとした者に対して、願いを聞き入れた上で否定の言葉すら飲み込もうとしている――――――。

 その清々しすぎる姿勢に、恐怖すら覚えた。


「私は君を……」

「おれ、気にしてないよ。みんなも元に戻ったし」

「そういう、ことじゃ……」


 雪の態度を、謙遜と捉えた昂大は、申し訳なさそうに雪を見る。


 雪はその青い瞳に、吸い込まれてしまいそうになる。

 綺麗で、曇りのない感謝と謝辞だった。

 意味が分からなかった。恐怖が増していく。救ってもらった相手に、恐怖を抱く自分が気に入らない。


 雪は昂大を直視できなくなった。得体のしれない()に、目を焼かれそうだ。どうしていいかわからず、暴れそうな呼吸を落ち着けようと、胸に手を当てる。

 それを見た昂大は、自分が雪を傷つけてしまったのだと直感する。


「臨起を使ったこと、気にしてくれてるのか?」

「え……」

「あれはおれが使わせてしまった(・・・・・・・・)んだろ? だから気にしないで」

「……」


 昂大はどうしていいかわからず、話題を変えようとする。


「もしよかったらさ、臨起のこととか教えてくれないかな。嫌ならいいんだけど……」


 昂大は、雪は臨起が嫌いと言っていたことを思い出し、聞かなきゃよかったと瞬間的に後悔してしまう。


「ご、ごめん。嫌だって言ってたよな。ほんとごめん」

「……臨起は、私たちの心の中(・・・)に宿っている力のことだよ」


 雪は困惑を隠すように、冷静に言葉を返す。


「吉凶について、昂大君はどのくらい知ってる?」

「えっと、表向きは人材派遣会社だけど、裏社会でどんな仕事でも請け負う便利屋みたいなもん……じゃないのか? 仕事は万屋さんが選ぶけど」

「合ってるよ。私たちは色んな訓練を積んできた。あらゆる場所に潜入して、殺しの仕事をする。場合によっては盗みや要人警護、傭兵稼業なんかもする」

「うん。それが何かあるのか?」

表向き(・・・)なんだよ。これらはね」


 昂大のことを考えたくなかった雪は、夏の雲が浮かぶ遠くの空に視線を移す。


「〈機関〉って知ってる?」

「あ、えっと、この間美樹から聞いて……」

「吉凶は、その〈機関〉の主要な構成組織なんだよ。中核メンバーって言っていい。積極的に裏稼業を行うのは、〈機関〉のためでもあるんだ」

「え……そう……なんだ」

「臨起はそんな〈機関〉が開発した兵器(・・)。それに私たちは選ばれていた。ただそれだけ」

「兵器?」

「君はまだ目覚めていないだけ。いずれわかるよ」


 雪は小さくため息を吐き、昂大から離れる。

 昂大に対する感情が複雑に絡み合い、これ以上どうしていいかわからなくなってしまっていた。

 弁当を食べずにその場を後にしようとする雪に、昂大は慌てて手を伸ばした。


「え、ちょっと……!」

「ご、ごめんなさい。ちょっと体調が悪くて」


 その態度に、昂大は再び自己嫌悪を募らせていく。


「その……君のために何かできることはない? おれ、本当に……」

「もうやめて!!」


 雪の叫びが、校舎裏に吸い込まれる。

 ざわざわと揺れる木々の音だけが、二人の間に木霊していた。


「わからない……どうして、そこまで、自分のことを」


 雪はこれ以上、昂大と同じ空間にいることができなかった。

 何を言っても、何があっても、この少年は自分のせいにするのだろうか。

 どれだけの恥辱に塗れても、穢されても、傷つけられても、自分のせいにしてしまうのだろうか。


 ――――――責任を、持て。

 雪は、自ら昂大に言い放った言葉を心の底から否定する。

 人を殺すことを他者の意思に委ねているだけではない。この少年は、自らの考え方や行動すら、他者の意思に委ねている。

 自分がかわいいからとか、そういう次元ではない。昂大が持つ自らの存在理由は、化け物のような自己否定で構成されているのだ。


「なんで……なんで、そんなに」

「……おれ、また何か……ごめん(・・・)


 否定。

 また否定した。何を言っても、昂大は自分を否定する。

 雪は昂大のボロボロの体を思いだし、強い吐き気に苛まれた。


 雪は昂大に背を向け、校舎に走り去っていく。


 辛い。辛すぎる。もう見ていられない――――――だって、昂大のことが――――――。


 昂大は雪の姿が校舎に吸い込まれていくのを、ただじっと、見つめていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ