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蒼境の子羊《メシア》たち  作者: くろ飛行機
4章 予言者はかく語りき
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8 呼び出し


 その日の夕方。地域課の奥の窓際でコーヒーを飲んでいた藤堂に、内線が入った。

 この場所の内線に電話がかかってくることは非常に珍しいため、藤堂は首をかしげる。


「はい。地域課です」

「久しぶりね、藤堂君」


 電話の相手は、声の通る女性だった。その声を聞いた藤堂は、思わず顔が綻ぶ。


「どうしたんですか管理官(・・・)。こんな窓際族の俺に連絡なんて」

「相変わらず自由にやっているようね。ちょっと羨ましいわ」


 電話の相手は、藤堂が新田川署地域課に来る前にいた、京都府警捜査三課時代の上司、広島紅葉(ひろしまもみじ)だった。


「聞きましたよ。捜査一課の管理官に出世なさったんですって?」

「ありがとう。運が良かっただけよ」

「そんなことはないでしょう。おめでとうございます」


 明るく会話していた藤堂を、大谷が不思議そうに見つめている。


「何かありましたか。十中八九、嫌なお話のような気がしてますが」

「流石ね。貴方は警察官として優秀すぎるほどの人間だった。何よりも、事件に対しての嗅覚が常人離れしていたわ。流石元、検挙率ナンバーワンチームの長ね」

「嫌味ですか? はっきりと言ってくださいよ」

「ならちょっと、今から会えない? 内線で言うのも憚られる内容だから」


 広島は一呼吸置いて、「今から本部に来れる?」と言った。


「わかりました」


 電話を切ると、藤堂は椅子に深くもたれかかった。


「えっ何すか?」

「これは……久しぶりに説教コースだな」

「あ! わかった。タバコの吸いすぎっしょ。とうとう怒られるんだ」

「そんなことならため息一つ吐かんさ」


 藤堂は渋々、荷物をまとめて地域課を出る。


「直帰するな。おつかれ」

「お疲れ様っした~」


 新田川署を後にする藤堂の足取りは重かった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 車を走らせ、京都府警本部へと入った藤堂は、入り口で待ち構えていた広島と合流する。

 広島はふくよかな中年の女性で、屈託なく笑うと、少し貫禄が出る。


「ごめんね。いきなり呼び出しちゃって」

「一つ質問なんですけど、どうして管理官が俺のお守り(・・・)を?」

「中で話すわ」


 藤堂は大きな会議室に通される。会議室の上座に、白髪交じりの壮年の男性が鎮座していた。


高橋刑事部長(・・・・・・)自ら説教ですか……こりゃ申し訳ない」

「出世して、今年から本部長になった」

「なら、尚更お忙しいでしょうに」

「相変わらず無礼な奴だな、お前は」


 京都府警本部長、高橋は、大きなため息を吐いて頭を抱える。


「俺は一体、何をやらかしたんでしょうか」

「別にやらかしてはいない。だが、私と広島君がこうしてお前に忠告をするということがどんな意味を持つのか。お前ならよくわかっているだろう」


 藤堂は、広島に促されて本部長の前に座る。


「経緯を説明するわね。昼間、とある方からクレームが入ったのよ」

「……新田川高校ですか?」

「わかっているならいいわ。校長先生が裏ルートから抗議をしてきたってとこね。府警の捜査一課に直接お叱りが飛んできた。生徒たちをいたずらに刺激するような真似は慎んでほしいって」

「それは申し訳ない。しかしお言葉ですが、怒られるほどのことをしたとは思ってませんよ」

「いいえ。問題なのよ。あそこの理事の一人にね……」


 広島管理官は、藤堂に写真を見せる。携帯の画面に映し出されていたのは、本部長よりも壮年の鋭い目つきの男たちだった。


楠木晩冬(くすのきばんとう)元統合幕僚長に、梶原桜一(かじわらおういち)元陸上幕僚長……その他、防衛省の権力者たち諸々。この意味、藤堂君ならわかるわね?」

「……より、疑念が増しますね」


 警察と防衛省の仲が悪いのは、警察官であるなら常識と言ってもいい伝統だった。その中でも、この二人は、現在の日本の繁栄を司ると言われているほどの大物だった。

 彼らは、政財界や経済界に大きな影響を持ち、裏から社会を回していると言っても過言ではない。


「元キャリアの藤堂君なら、説明するまでもないと思うけど……」

「今の日本を作った、影の総理大臣というところですかね。それだけに、巨悪(・・)とも言える。なにせ、日本を救うために、数えきれない人間を殺した元凶とも目されている方たちですし」

「ええ。つまるところ、彼らが新田川高校の関係者だということは、それ自体がタブーとも言えるわね」


 高橋本部長は咳払いをし、机から身を乗り出して藤堂を見据える。


「藤堂。わかっているな。もう二度と、深淵を覗きに行くのは止めろ」

「……」


 藤堂は高橋本部長の顔を睨みつける。


「お前は本当に、警察官になるべくしてなったような男だと、私は思っている。キャリア組は現場とは一線を引く者が多い。役割が違うからだ。現場は現場の、キャリアはキャリアの役割がある。だがお前は、警視庁時代に一線を越えた。犯人を検挙することだけに盲進し、結果、多くを失った挙句、深淵を覗くこととなった。それは、お前が一番よくわかっているはずだ」


 藤堂は何も言わず、高橋本部長の話を聞いていた。


「警察官は、正義の味方(・・・・・)ではない」


 その言葉に、藤堂の肩がピクリと動く。


「お前だけではなく、調べれば誰かが思うだろう。新田川高校は()だと。何かあるのではないかと。そう思った段階で、手を引け。まだ戻れる」

「……本部長。お言葉ですが、俺は信じたいんですよ。警察官とか、一般人とか、権力者とか、そんなことはどうでもいい。ただ俺は、正しいと思ったこと(・・・・・・・・・)を信じたいんです。そう、あいつらの墓前で誓ったので」


 藤堂は立ち上がり、高橋本部長に一礼する。


「ご心配をおかけしたことは謝ります。こうしてお二人が忠告してくださることは、非常にありがたいことだと理解しています。ですが俺は、深まっている疑念に背を向けるほど、腐っちゃいない。だから、本当に止めたいならクビにでも何でもしてください。もう失うものはないですし」


 藤堂はそう言うと、踵を返して部屋から出ようとする。


「藤堂」


 呼び止められ、扉の前で立ち止まった。


「それは正義じゃない。お前自身の真っ黒な私欲(エゴ)だぞ」

「……否定はしません」


 会議室の扉が軋み、閉じられていく――――――。

 高橋本部長はしばらく腕を組んだまま動かなかった。


「本部長。どうしますか?」

「……一旦放っておけ」

「いいんでしょうか」

「ああ。正直、私も防衛省には思うことだらけだからな」


 高橋本部長は頭を掻き、椅子に深く腰掛ける。


「深みにハマり、戻れなくなれば切り捨てるだけだよ」


 藤堂が去った後に残されたのは、重厚な静寂だった。




気になるところではありますが、これにて4章終了です!

藤堂警部補たちは、これから新田川高校を巡る陰謀にどう立ち向かっていくのか。

昂大くんたちメインパートの裏で、彼らがどう動くのか。彼らに待ち受けるのは、希望か絶望か……ご期待いただければ幸いです。

この二人の掛け合いは十年前からあまり変わっていないですが、きちんとキャラ立てした分、生き生きと動いてくれていることを実感しています。

二人が昂大くんたちと出会うことはあるんでしょうか……(●´ω`●)

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