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蒼境の子羊《メシア》たち  作者: くろ飛行機
4章 予言者はかく語りき
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7 新田川高校へ潜入せよ その②


「こんにちは……ちょっとよろしいですか?」

「えっと……どちら様ですか?」


 藤堂が警察手帳を見せると、応対した中年の教師、一年五組の担任の堀田は不審そうに顔を顰める。


「ちょっとね、我々相談を受けてきたんですが」

「なんです?」

「新田川高校で、忽然と消えた人がいると、そんなお話なんです」

「えっ」


 堀田は顰めた顔をさらに顰める。


「何か心当たりが?」

「いやぁ……」


 堀田は渋い顔のまま、職員室にいた他の教師の顔色を窺っている。


「何か思い当たることがあられるんでしょうか」

「……校長先生には内緒でお願いしますよ?」


 そう前置きして、堀田は小さく語り始める。


「実は、無断欠勤をしている先生がいましてね」

「無断欠勤?」

「ええ。化学担当教師の前川先生という方なんですが、もう一週間も連絡が取れてないんです。ああ、この話は生徒達にも秘密にしてくださいよ」

「もちろんです」


 藤堂は心の中で唸った。先日女性警官が言っていた情報と合致する。この話を聞けるかどうかは五分五分だと思っていたため、思わぬ収穫であった。


「それは心配ですね。無断欠勤は流石に心配になる」

「まあ、それだけじゃないんですがね」


 堀田が言い澱んでいると、近くにいた女性教師が近づいてくる。


「私もここだけの話を一つしますね。校長先生と教頭先生ね、理科の担当教師たちにすごく気を遣ってるんですよ。それももう、ぺこぺこなんてレベルじゃない」


 嫌な顔をしたのは、国語担当の清水先生だった。どうやら、相当不満が溜まっているようだ。


「そっすよねー。それに、化学の先生たちって、三人いるんですけど、元研究者だもんで、近づきにくいったらありゃしない」

「それに、待遇も破格だって聞きますし」

「待遇も」

「噂ですけど、給料は私たちの三倍は貰ってるって。それに、担任も役職も持たないから、定時にゆるりと帰ってるんですよ」

「そうそう。俺たちなんか、残業代出ない中、ひーひー言ってんのにさ」


 二人は次々と不満を口にしていく。藤堂は愚痴を聞き流しつつ、職員室を見渡した。


「まあとにかく、あんまり関わらないようにしてるって訳なんですけど、前川先生が突然いなくなったって、生徒たちもちょっと噂にしてて。どうするか上も考えているみたいです」

「そうですか……理科担当の先生たちは職員室にはいらっしゃらないんですか?」

「第一化学教室っていうところにいます。めちゃめちゃ広くてびっくりすると思いますよ」

「ちょっと行ってみます。貴重なお話、ありがとうございました」


 職員室から離れた藤堂は、無言のまま第一化学教室に向かう。大谷は退屈そうに携帯を眺めている。


「次はどこへ行くんすかー?」

「きな臭い部屋にな」


 第一化学教室の扉をノックすると、中から二人の教師が現れる。

 白衣を着たやせ型の女教師と、メガネをかけた大人しそうな教師だった。


「すいません。警察の者なんですが、ちょっとお話よろしいでしょうか」

「えっ警察の方ですか?」


 白衣を着た女性、小林先生は不思議そうに二人を化学教室へ招き入れる。

 中は大規模な実験室のようだった。周囲には研究のための設備が並んでおり、高校とは思えない本格的な造りとなっている。窓や換気扇はなかったが、やけに新鮮な、ひんやりとした空気が藤堂の顔を撫でた。


「すごいですね。これが新田川高校の魅力、というわけですね」

「ええ、まあ……それで、ご用件は」

「はい。私たち、行方不明者の捜索で来たんですがね」

「行方不明者……」

「はい。前川先生って、こちらにいらっしゃいますか?」

「いえ。今日はお休みです」

「そうですか」


 小林は顔色を変えず、毅然と言い放つ。橋本校長と違って、感情を顔に出さないようだ。


「そうですか。残念です。前川先生からお話をお聞きしたかったのですが……」


 小林先生と話している間に、大谷は実験道具を見て興奮していた。


「わー! フラスコっす。アルコールランプとか懐かしー」


 藤堂は、騒ぐ大谷の奥にある機械に目を向ける。


「すごいですね。これは、何の設備なんですか?」

「……」

「ああ、すいません。私も大学は理大でしたもので。ちょっと興味が湧いてしまうんですよ」


 小林ともう一人の教師、メガネをかけた男は、不審そうに二人を見つめている。

 藤堂は構わずに部屋を物色し続ける。病院に置かれているようなよくわからない装置に、大谷が見ている一般的な理科の道具まで、たくさんの物があった。とはいえ、室内は整理整頓が行き届いており、埃一つ見受けられない。

 藤堂の感じている疑問に答えるように、小林先生が声を出す。


「……私たちの専門分野についても、空き時間で研究を許されておりますので」

「そうなんですか。先生はどういったご専攻で?」

「基本的には脳科学です。生物学、医学や薬学も少しだけ」

「へえ。それはすごいですね。論文なども拝見したくなります」


 藤堂は部屋を一周見て回ると、教師たちのデスクに目を向ける。


「普段先生方は、化学を教えられているのですか?」

「ええ。理系分野は全般的に教えられます。私は地学以外ならすべて教えられますし、こちらの森本先生は、すべて教えられます。前川先生もすべて」

「なるほど。三人で全校を見るのは結構大変では?」

「いえ。私たちが教えるのは基本的に特に優れた成績の生徒だけ。それ以外の生徒は、非常勤講師が教えています」

(優れた成績の生徒、ね)


 藤堂の視界に、一枚の紙が映りこんだ。見慣れぬ言語で書かれた指示書のようなもので、古めかしい紙に大量の文字が書かれている。


(……creo、cor、peccatum……? これは多分……)


 藤堂が紙を凝視していると、小林先生が素早く紙を拾い上げた。


「それで、誰か捜索願でも出されたんですか?」

「おや、どうしてそう思われたのでしょうか」

「先ほど、貴方が行方不明者の捜索と仰っていたので」

「ちょっと相談内容については詳しく言えないのですが、行方不明になった可能性が極めて高いんです」


 訝し気に藤堂を見つめた小林先生は、時計を一瞥して告げる。


「すみません。もう少しで三年生の授業があるんですが」

「そうですか。それは失礼しました」


 藤堂は大谷の襟首を掴むと、さっさと教室を後にした。


「ちょ、ちょっと。離してくださいっす」

「お前は小学生からやり直せ。色々と」


 二人は校舎を出ると、校門に戻る。

 これで色々な疑念が深まった。予言などというオカルトを信じてはいないが、藤堂の刑事の勘が、新田川高校には何かあると告げている。


「てかやばいっすよ藤堂さん。こんなに色々と嘘吐いちゃったら」

「バレなければ問題ない。お前の素行の方がやばいから安心しろ」

「てか、やけに素直に引き下がりましたね。もっとしつこく聞いたらいいのに」

「……論文に、ラテン語は通常使われない」

「ラテン語?」

「俺が通っていた大学な、このご時世珍しく外国語を学べとうるさくてな。たまたまラテン語の本を読んで、レポートを書いたから、ちょっとだけ覚えてたんだ」

「ラテンっていう国があるんすか?」

「あと、あの部屋、換気扇とか窓とかついてなかったろ」

「ん? 言われてみたら、そっすね」

「なのに……教卓の方から冷たい風が来ていた。扉を開けた時に感じたやつだ。妙だと思わないか?」

「なにそれ。藤堂さん、忍者かなんかっすか?」


 藤堂は真剣な顔つきのまま、表に停めていた車に向かって進んでいく。


「まあ、事件が起こったという確証がない以上、二度とここへは来れんだろうな。一旦帰って、ゆっくりあの理科教師たちと、いなくなった前川という教師について詳しく調べよう」

「やった! 暗殺戦隊コロスンジャーの修理しなきゃ」

「何を言っている。お前はこれから各所を回って情報を集めろ」

「ええ! 何でオレだけなんすか!」


 二人は車に乗り込み、新田川署に戻っていく――――――。


 その様子を、社会科教師の石川が物陰から確認していた。

 目を細め、去って行く車を睨みつけると、携帯端末で素早く連絡を取る。


「……万屋さん。警察が何か嗅ぎまわっているみたいです」


 いくつか言葉を交わしたのち、通話を切ると、石川は校舎に戻って行った。



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