7 新田川高校へ潜入せよ その②
「こんにちは……ちょっとよろしいですか?」
「えっと……どちら様ですか?」
藤堂が警察手帳を見せると、応対した中年の教師、一年五組の担任の堀田は不審そうに顔を顰める。
「ちょっとね、我々相談を受けてきたんですが」
「なんです?」
「新田川高校で、忽然と消えた人がいると、そんなお話なんです」
「えっ」
堀田は顰めた顔をさらに顰める。
「何か心当たりが?」
「いやぁ……」
堀田は渋い顔のまま、職員室にいた他の教師の顔色を窺っている。
「何か思い当たることがあられるんでしょうか」
「……校長先生には内緒でお願いしますよ?」
そう前置きして、堀田は小さく語り始める。
「実は、無断欠勤をしている先生がいましてね」
「無断欠勤?」
「ええ。化学担当教師の前川先生という方なんですが、もう一週間も連絡が取れてないんです。ああ、この話は生徒達にも秘密にしてくださいよ」
「もちろんです」
藤堂は心の中で唸った。先日女性警官が言っていた情報と合致する。この話を聞けるかどうかは五分五分だと思っていたため、思わぬ収穫であった。
「それは心配ですね。無断欠勤は流石に心配になる」
「まあ、それだけじゃないんですがね」
堀田が言い澱んでいると、近くにいた女性教師が近づいてくる。
「私もここだけの話を一つしますね。校長先生と教頭先生ね、理科の担当教師たちにすごく気を遣ってるんですよ。それももう、ぺこぺこなんてレベルじゃない」
嫌な顔をしたのは、国語担当の清水先生だった。どうやら、相当不満が溜まっているようだ。
「そっすよねー。それに、化学の先生たちって、三人いるんですけど、元研究者だもんで、近づきにくいったらありゃしない」
「それに、待遇も破格だって聞きますし」
「待遇も」
「噂ですけど、給料は私たちの三倍は貰ってるって。それに、担任も役職も持たないから、定時にゆるりと帰ってるんですよ」
「そうそう。俺たちなんか、残業代出ない中、ひーひー言ってんのにさ」
二人は次々と不満を口にしていく。藤堂は愚痴を聞き流しつつ、職員室を見渡した。
「まあとにかく、あんまり関わらないようにしてるって訳なんですけど、前川先生が突然いなくなったって、生徒たちもちょっと噂にしてて。どうするか上も考えているみたいです」
「そうですか……理科担当の先生たちは職員室にはいらっしゃらないんですか?」
「第一化学教室っていうところにいます。めちゃめちゃ広くてびっくりすると思いますよ」
「ちょっと行ってみます。貴重なお話、ありがとうございました」
職員室から離れた藤堂は、無言のまま第一化学教室に向かう。大谷は退屈そうに携帯を眺めている。
「次はどこへ行くんすかー?」
「きな臭い部屋にな」
第一化学教室の扉をノックすると、中から二人の教師が現れる。
白衣を着たやせ型の女教師と、メガネをかけた大人しそうな教師だった。
「すいません。警察の者なんですが、ちょっとお話よろしいでしょうか」
「えっ警察の方ですか?」
白衣を着た女性、小林先生は不思議そうに二人を化学教室へ招き入れる。
中は大規模な実験室のようだった。周囲には研究のための設備が並んでおり、高校とは思えない本格的な造りとなっている。窓や換気扇はなかったが、やけに新鮮な、ひんやりとした空気が藤堂の顔を撫でた。
「すごいですね。これが新田川高校の魅力、というわけですね」
「ええ、まあ……それで、ご用件は」
「はい。私たち、行方不明者の捜索で来たんですがね」
「行方不明者……」
「はい。前川先生って、こちらにいらっしゃいますか?」
「いえ。今日はお休みです」
「そうですか」
小林は顔色を変えず、毅然と言い放つ。橋本校長と違って、感情を顔に出さないようだ。
「そうですか。残念です。前川先生からお話をお聞きしたかったのですが……」
小林先生と話している間に、大谷は実験道具を見て興奮していた。
「わー! フラスコっす。アルコールランプとか懐かしー」
藤堂は、騒ぐ大谷の奥にある機械に目を向ける。
「すごいですね。これは、何の設備なんですか?」
「……」
「ああ、すいません。私も大学は理大でしたもので。ちょっと興味が湧いてしまうんですよ」
小林ともう一人の教師、メガネをかけた男は、不審そうに二人を見つめている。
藤堂は構わずに部屋を物色し続ける。病院に置かれているようなよくわからない装置に、大谷が見ている一般的な理科の道具まで、たくさんの物があった。とはいえ、室内は整理整頓が行き届いており、埃一つ見受けられない。
藤堂の感じている疑問に答えるように、小林先生が声を出す。
「……私たちの専門分野についても、空き時間で研究を許されておりますので」
「そうなんですか。先生はどういったご専攻で?」
「基本的には脳科学です。生物学、医学や薬学も少しだけ」
「へえ。それはすごいですね。論文なども拝見したくなります」
藤堂は部屋を一周見て回ると、教師たちのデスクに目を向ける。
「普段先生方は、化学を教えられているのですか?」
「ええ。理系分野は全般的に教えられます。私は地学以外ならすべて教えられますし、こちらの森本先生は、すべて教えられます。前川先生もすべて」
「なるほど。三人で全校を見るのは結構大変では?」
「いえ。私たちが教えるのは基本的に特に優れた成績の生徒だけ。それ以外の生徒は、非常勤講師が教えています」
(優れた成績の生徒、ね)
藤堂の視界に、一枚の紙が映りこんだ。見慣れぬ言語で書かれた指示書のようなもので、古めかしい紙に大量の文字が書かれている。
(……creo、cor、peccatum……? これは多分……)
藤堂が紙を凝視していると、小林先生が素早く紙を拾い上げた。
「それで、誰か捜索願でも出されたんですか?」
「おや、どうしてそう思われたのでしょうか」
「先ほど、貴方が行方不明者の捜索と仰っていたので」
「ちょっと相談内容については詳しく言えないのですが、行方不明になった可能性が極めて高いんです」
訝し気に藤堂を見つめた小林先生は、時計を一瞥して告げる。
「すみません。もう少しで三年生の授業があるんですが」
「そうですか。それは失礼しました」
藤堂は大谷の襟首を掴むと、さっさと教室を後にした。
「ちょ、ちょっと。離してくださいっす」
「お前は小学生からやり直せ。色々と」
二人は校舎を出ると、校門に戻る。
これで色々な疑念が深まった。予言などというオカルトを信じてはいないが、藤堂の刑事の勘が、新田川高校には何かあると告げている。
「てかやばいっすよ藤堂さん。こんなに色々と嘘吐いちゃったら」
「バレなければ問題ない。お前の素行の方がやばいから安心しろ」
「てか、やけに素直に引き下がりましたね。もっとしつこく聞いたらいいのに」
「……論文に、ラテン語は通常使われない」
「ラテン語?」
「俺が通っていた大学な、このご時世珍しく外国語を学べとうるさくてな。たまたまラテン語の本を読んで、レポートを書いたから、ちょっとだけ覚えてたんだ」
「ラテンっていう国があるんすか?」
「あと、あの部屋、換気扇とか窓とかついてなかったろ」
「ん? 言われてみたら、そっすね」
「なのに……教卓の方から冷たい風が来ていた。扉を開けた時に感じたやつだ。妙だと思わないか?」
「なにそれ。藤堂さん、忍者かなんかっすか?」
藤堂は真剣な顔つきのまま、表に停めていた車に向かって進んでいく。
「まあ、事件が起こったという確証がない以上、二度とここへは来れんだろうな。一旦帰って、ゆっくりあの理科教師たちと、いなくなった前川という教師について詳しく調べよう」
「やった! 暗殺戦隊コロスンジャーの修理しなきゃ」
「何を言っている。お前はこれから各所を回って情報を集めろ」
「ええ! 何でオレだけなんすか!」
二人は車に乗り込み、新田川署に戻っていく――――――。
その様子を、社会科教師の石川が物陰から確認していた。
目を細め、去って行く車を睨みつけると、携帯端末で素早く連絡を取る。
「……万屋さん。警察が何か嗅ぎまわっているみたいです」
いくつか言葉を交わしたのち、通話を切ると、石川は校舎に戻って行った。




