6 新田川高校へ潜入せよ その①
翌日、藤堂と大谷は新田川高校の正門前に来ていた。生徒たちは授業中で、正門奥に見えるグラウンドも閑散としていた。
眠そうにあくびをする大谷を尻目に、藤堂はぐるぐると肩を回す。
「気合入れて行くぞ」
「何が気合なんすか。オレ、根性論嫌いなんすよね」
大谷はクールぶった呆れ笑いを浮かべるが、藤堂は一瞥もくれず正門前のインターフォンを押す。
「ったく、しょうがないっすね藤堂さんは。学生と年が近いオレが華麗に学生から話を……」
「突然すいません。警察のものなんですが」
インターフォン越しに、教師と思われる若い女性が応対してくれた。しばらくすると中年の女性が正門前までやってくる。
黒いぴちぴちのネグリジェのような服を着たこのふくよかな女が、校長先生らしい。
両手を上げると、海藻のような布が、脇の下で風に揺れている。
「おほほ。ようこそようこそ新田川高校へ」
「うわっ……エーゲ海にいそうな派手なおばはんっすね」
「えっ? どうしてエーゲ海産岩塩を使用した、メディカルコスメを使用しているとお分かりになったのかしらおほほ!」
「あーなるほど! 塩塗ってるから、そんなしわしわな肌なんすね!」
「ごほん!! お忙しいところ恐縮です校長先生!! わざわざ校長先生が来てくださるなんてびっくりしましたよ……はは」
藤堂は、校長の傷口に塩を塗る大谷を突き飛ばし、額に浮かんだ冷や汗を拭う。
「え、今なんて仰いました? 私の肌が綺麗って?」
「そうですそうです! 素敵なコスメですね……」
「今となっては珍しい外国産のものですのよ。さあお入りになってください」
幸い、校長には大谷の言葉が届いていなかったようだ。
藤堂はこの隙に校長と校舎内へ入る。できて間もない綺麗な校長室に通され、来客用の豪華なソファに座った。
「校長の橋本米と申しますわ。どうもどうも」
「京都府警の藤堂といいます」
「ちょ、ひどいっすよ。俺もソファ!」
「大人しくしてろよ。絶対喋るなよ」
「聞きたいことがあるということでしたが、どのような内容で?」
校長の橋本は汗っかきのようで、黒いハンカチで何度も額の汗を拭っている。
「代謝よすぎっすね! ダイエット中っすか?」
「あああ。ちょっとお前出てろ」
「えっ? どうして私が三十年前に流行った東南アジア式、唐辛子とムエタイフェイス収縮ダイエットをして、三キロ痩せたことをご存じですの!?」
「あはは。何すかその意味不明なダイエット。三キロとか、寝て起きたらそんくらいになってそうで、しょぼすぎっす」
「あああ!!! もう、お前外出てろって!」
藤堂は大谷を校長室から蹴り飛ばす。
勢いよく引き戸を閉めると、げっそりとした顔で橋本校長と向き直った。
「も、申し訳ない……」
「面白い方でしたわね~。寝て起きたら痩せてる最新式のダイエット法をご存じだったのかしら」
「本題に! 本題に入りますよ」
藤堂は漫才のような前置きに辟易しながらも、咳払いし、冷静に質問を開始する。
「失礼なんですけども、地域課の方で相談が寄せられておりましてね」
「相談?」
「はい。それが、一見荒唐無稽なお話なのですが、いくつか寄せられておりまして」
「ええ」
「この学校で、殺人事件が起こったという内容なんですよ」
「ぎょえええ!?」
橋本校長は素早く立ち上がると、シェーと言わんばかりに腕を上げた。
「ど……どういうことでしょうか。本校に? なぜ?」
「たくさん寄せられているんですよ。他にも、誘拐事件を起こしているとか、違法な実験を行っているとか、まあたくさん……」
「はあ!?」
橋本は黒いハンカチを机に叩きつけ、怒りを露わにする。
「噂ですわ!! 噂で警察は捜査されるのですか!?」
「ご指摘はごもっともです。私共も、それは承知しております。ですが、相談内容がやけに多いものですから、確認だけさせていただけたらな、と思って来ました」
藤堂は橋本を観察するように視線を泳がせ、質問を続ける。
「いなくなった先生とか、生徒さんとか、いらっしゃったりしませんかね」
「いませんわ! わが校はホワイトインホワイティスクールを売りにしておりますのよ! そんなブラックサンダーもびっくりな職場じゃありませんわ!!」
「なら黒いのはその変な服だけっすね!」
引き戸からにょっきりと顔を出した大谷の頭を外に押し出し、藤堂は校長室を改めて見渡す。
「新田川高校は大変評判が良いと聞いております。創立四年で、ここまでの学校にされたのは校長先生のお力あってのことでは?」
「嫌だわ~。私のおかげだなんて。そうなんですけどねおほほ!! 新田川高校は地域に必要な高校でしたので、こうして再生させたことに、理事長はじめ、誇りに思っておりますのよ」
(はあ……疲れる)
橋本は一転、嬉しそうに笑い、僅かに肩を落とした。
「そ、そうですよね。見事な手腕ですね。これも、校長先生のご指導の賜物でしょう。理系に特化されたカリキュラムだとお聞きしていますが」
「ええ。本校には特別カリキュラムとして、大学レベルの理数授業を受けられる環境が整っております。実験室で高度な実験を行ったりすることもできますわ」
「なるほど。そうして差別化された結果、倍率も右肩上がりというわけですね」
右肩上がりと言いつつ、藤堂の肩はぐったりと下がった。そのまま、校長室に展示してある賞状や写真を眺めて回る。
「部活動も盛んのご様子ですね……これなんかすごい。全国高校生理科コンクール金賞を受賞されている。それも三年連続ですか」
「ええ。理科系教科担当の特別講師は三人おりまして、化学部の顧問もしていただいておりますの」
「なるほど。それは素晴らしい」
藤堂はふと、一枚の写真の前で立ち止まった。
「こちらのお写真、開学記念となってますが……」
「それね。開学記念式典の様子ですわ。跡部市長と府知事の他、国会議員さんに防衛省の方まで、たくさんの人に来ていただきました」
「へえ……すごいですね」
藤堂は目を細める。防衛省の関係者が、なぜ一私立高校の開学式典に参加する必要があるのか。新田川市には、新田川駐屯地という自衛隊の駐屯地がある。ただそれだけで来賓として呼ばれるには、いささか不自然なように感じる。
「防衛省の方……何かご縁があるのでしょうか」
「ええ。新たに校舎を作るとなった際に、元々防衛省の土地だったこの丘をいただいて、校舎を建てました。その繋がりから、講師の先生方も紹介していただいたり、お世話になっておりますの」
「へえ……それはすごい」
新たに造った校舎、つまりこの土地は元防衛省の土地――――――。
藤堂の違和感がさらに増す。しかし深く言及せず、席に戻った。
「他に、何か変わったことはございませんか」
「ノーモア! まったくございません。わが校は、ノーマルオブストレートですわ。ああそうだわ。ちょっとこれから会議でして。そろそろよろしいかしら」
「そうですか。失礼しました。本当にありがとうございました」
藤堂は押し出される形で校長室を後にする。外には、不満げな表情の大谷が、腕を組んで待っていた。
「むー。酷いっすよ。校長先生と仲良くなれそうだったのに」
「波長が似ていてよかったな。俺のいないところで親交を深めればいい。俺のいないところで」
「んで、納得いきました?」
「逆だ。疑念が深まった」
「え……まじで? ホワイティ新田川なのに?」
藤堂は大谷を睨みつけ、さっさと校内を進み始める。今は授業中なので廊下に出ている生徒はいない。職員室の前まで来ると、大谷から逃げるように中に入った。
橋本校長……おもろい人っすね(笑)




