5 時間外の二人
夕方。元々あった資料整理の仕事を終わらせ、新田川高校の情報を集めていた藤堂は、テキパキと資料を作り、地域課のコピー機で印刷をかける。
既に定時を回っており、地域課の署員は少なくなってきていた。
「いやぁ。やっぱりフィギュアをコンプしといてよかったなぁ」
「おい。手伝え」
「えー。オレは現実主義者なんですってば。給料出ないし帰りましょうよ」
「占いは信じるのに現実主義なのか。家に帰ってもすることなんてないだろ」
藤堂の一言に、大谷は手を上げて不満を表明する。
「オレはっ! 楽しい人生を全うすることが生きがいなんす! 人生とは即ちこれホビー! 見てくださいよこのポージング!! 『暗殺戦隊コロスンジャー』の超技巧派フィギュアっす! 黒いマントを身にまとい、黒い仮面をかぶって夜の街に現れる神出鬼没な五人組。夜の街にはびこる悪を片っ端から退治していくんす。いやーやっぱりなんといっても必殺技っすよねー。とてつもないスピードで相手を切り刻んでいくダークスラッシュなんてもう……」
大谷はスイッチが入ったように、ハイテンションでまくし立てる。
藤堂は語る大谷の横で、死んだ魚のような目をしていた。濃いめのブラックコーヒーを啜ると、フィギュアを掴んで綺麗な投球フォームをとると、ゴミ箱に美しく沈める。
「ああああああああっ!! 何するんすか! 器物破損罪で逮捕するっす!!」
「倫理規定に服務規則と、地方公務員法に違反しているお前に言われたくないな」
藤堂はダメ押しに、ゴミ箱を上から踏みつけた。
大谷は半泣きでゴミ箱をひっくり返してフィギュアを回収する。
悲しみに暮れる大谷をよそに、藤堂は作成した資料のポイントを読み上げる。
「学校法人新田川学園、〈私立新田川高等学校〉についてだ。創立四年。前身の市立新田川高等学校の定員割れを機に、新田川市長跡部蓮の肝いり政策として学校法人新田川学園に売却される。創立からわずか四年だが、学年平均偏差値は五十八。市立時代は四十程度だったことから、学校経営がかなり優秀だとわかるな。府内外からの評価も高く、今年度の入学倍率は普通科5倍、特進科6倍となっている……」
「何すかそれ。すごいんすか?」
「すごいことだと思うぞ。私立から公立になって経営を再生させることも昔はあったらしいが、逆に私立化してこんな短時間で再生させるのは、このご時世あまり聞かない。何十年も前は、増えすぎた公立高校が閉鎖され、逆に私学ブームなんてのがあったらしいが、今や学校教育も文科省の力が随分強くなった。新しい学校を作ることが極めて困難な状況にある」
「へー」
大谷は興味なさげに、椅子に深く腰掛ける。
「続きだ。その躍進の裏にあるのは教育理念の徹底だそうだ。スローガンは〈理武の志〉。文武両道の進化系とされ、理科系に強い生徒の育成と、部活動の両立を掲げているらしい。理科系に関しては特別講師を複数名配置しており、その講師たちは元有名大学の研究者という異例の肩書。その講師たちがハイレベルな理数科目を教えているため、かなり偏差値が高くなっている。部活動に関しても、運動系文化系ともに盛んで、創立四年ながらも、府下大会等で成績を残している」
「オレ、理系嫌いなんすよね。できる人すごいっす。オレは高卒だし、大学の先生と高校の先生って何が違うのかよくわからないっす」
藤堂は作成した資料をデスクに置くと、腕を組んだ。
「うむ……まったくもって素晴らしい学校だな!」
「じゃあやめましょ! 調べるの」
「いや、経歴がむしろ綺麗すぎるだろ」
藤堂は資料にマーカーで線を引いていく。
「どうして市から譲渡される流れになったんだろうな。少し調べてみたが、廃校にするという方針が元々有力だったらしいぞ。しかも、校舎はわざわざ移転して今の位置になっている」
「うーん。買い手が見つかったんなら、それでいいんじゃないっすかね」
「あと気になるのは、大学の研究者が高校に来るメリットだ。コンセプトも、主観だが取って付けたような印象がある」
「いいじゃないっすか。理系と武士道? だっけ。古風で」
「大学で研究をやっていたような人間が、高校生に教えることに何の価値を見出す? 給料だって、研究のための設備だって大学の方が良いと考えるのが普通だぞ」
藤堂はマーカーを引いた資料を、間仕切りに張り付けた。
「考えすぎっす。疑いすぎるのはドツボにハマる元っすよ」
「お前にしては良いことを言う。その通り、これは俺の想像だ」
藤堂は時計を確認する。時刻は18時30分だった。
「こういう時は、情報収集するに限るな」
藤堂はそう言って、間仕切りから出て行く。
「意味わかんないっす。勝手にしたらいいじゃないっすか」
大谷は口を曲げて腕を組むが、静まり返る空気に耐え切れず、藤堂をこっそりと追いかけることにした。
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藤堂は新田川署二階にある、生活安全課にやって来た。
受付にいた女性警官に、照会用のパソコンを触らせて欲しいと頼むと、女性警官は渋々専用のデータベースを開いてくれる。
「警察には色々な届けが出されるよな?」
「落とし物とか?」
「刑事事件の疑いがあれば、それぞれを管轄する捜査課が届け出を受理することになるが、一番都合よく見つかりそうなのはここなんだ」
「行方不明者届っすか?」
「そう」
藤堂は行方不明者のデータベースにアクセスし、条件をいくつか入れて調べ始める。
「そうだ。ここ数日、直接行方不明者届を出してきた人っていませんでしたか?」
「ここ数日ですか? 多分いませんけど」
女性警官がそう答えると、藤堂は顎を触る。
「新田川高校の生徒のデータがあればなぁ」
「新田川高校がどうかされましたか?」
「ちょっと地域課で調べてましてね。ああ、非行とかあれば、少年課に行くんですがね。差し支えなければ、気になることとかありませんでしたか」
藤堂は適当なことを言って、女性警官から情報を引き出そうとする。
「そういえば」
「そういえば?」
「妹が、先生が来なくなった、とかって言ってたような」
「ほう。妹さんが」
実のところ、藤堂の狙いはこの女性警官だった。署内に新田川高校の関係者がいないか考えていたところ、昼間の細井巡査部長の家族が新田川高校の生徒だったことを思い出した。そして、家族が生徒である署員が他にいないか調査し、ここに来た。
「でも行方不明者届は出ていませんし」
「そうですよね。また出直します。遅くにすいませんでした」
藤堂は女性警官に一礼し、地域課に戻る。
「よし。明日学校に行ってみよう」
「え!? そんな不確かな情報で?」
「口実にしては十分だろう」
「藤堂さんの方がオレよりよっぽど不真面目じゃないっすか」
渋い顔をする大谷をよそに、藤堂はさっさと荷物をまとめて帰宅する。
「お先」
「ちょ! 待ってくださいよぉ! オレの方が先に……!!」




