1 藤堂尽一《とうどうじんいつ》警部補のだらけた一日
よく晴れた日だった。五月にも関わらず猛暑日一歩手前まで気温が上昇し、外で立っているだけで汗が吹き出してくる。
「……夏は嫌いだな」
京都府警新田川署地域課所属、藤堂尽一警部補は、署内から外に出た時、思わずぼやいてしまった。
新田川署では、重喫煙者の肩身が狭い。
煙草を吸いたいと思うたびに、外にある喫煙所に向かうことが規定となっていた。
本来は休憩時間のみ、という制約の元でしか吸えないはずだったのだが、今は休憩時間ではない。
署員からじろじろと不審な目で見られることには慣れていた。そんなことよりも、最近は電子タバコが普及したこともあり、公共灰皿の数が絶滅寸前であることに嘆き悲しむ気持ちが大きい。
「流石に、俺も禁煙しないとな」
そう言いながら、二本目に火をつけた。
一服した藤堂警部補は、ゆったりとした足取りで、新田川署一階にある自席へ向かう。
窓口を抜け、奥へと進むと、簡易的な間仕切りに覆われた窓際に到達する。
仕切りを開けると、二人分の席だけがある。机に申し訳程度の内線が置かれているだけで、仕事に関するものは一切存在していなかった。
その代わりに、デスク周辺には二人分の私物が所せましと置かれている。
特に酷いのは、藤堂の向かいの席に座る若い警官―――実質的な部下であり、唯一の同僚、大谷昇巡査の私物だった。
プラモデルやゲーム機、フィギュア等が乱雑に置かれており、およそ公務員とは思えない素行の悪さである。
「ふんふんふん~、あそーれ、それ」
大谷は現在、ご機嫌に歌いながら、昨日発売日だったというプラモデルを組み立てていた。
「おい。地域課の書類整理は終わったのか?」
「もー藤堂さんったら……そんなことは後でいいんすよ、後で」
ニヤニヤと笑いながら、幸せそうに趣味に興じている姿に、藤堂はため息で意思表示する。
「だめだ。せめて終わってからやれ。せめて」
「いいじゃないっすか~。どうせ誰も見に来ないんだし。そんなことよりこれを見てくださいよ! 百分の一、『マージン号Z』の特大プラモ!! どうですかこの絶妙な色彩といいこのポージング!」
へらへらと幸せそうに笑う大谷の顔を見て、藤堂は少し考えると、
「まったく良さがわからん。というか、ニッパーの処理も塗装ムラも酷すぎる。作り直せ」
と言って、マージン号Zをゴミ箱に投げ捨てる。
「あああああああっ!! オレのマージン号Zがぁぁぁ」
絶望し、ムンクの叫びのようなポーズを取っている大谷をよそに、藤堂は資料整理を始める。
間仕切りの外に置かれていた折り畳みコンテナに入っていたのは、昨年度地域課に寄せられた相談内容を記した用紙だった。これを整理してきちんとファイリングすることが、今日の二人の仕事である。
「とっとと終わらせるぞ。お前はそっちの折コンな」
「ウデト、アタマガ、コワレチャッタ……」
藤堂は急ぐことなくのっそりと、相談内容を仕分けしていく。
「クレーム処理も大変だな、こりゃ」
近年、よくわからないことを言う相談者が増えていると、地域課長が嘆いていたのを思い出す。治安が良いのはいいことだが、交番がお悩み相談室になるのなら、警察官ではなくカウンセラーを常駐させた方が良いのかもしれない。
そんな下らないことを考えていると、ふと気になる相談内容を見つける。
「……ほうほう。今年の三月の内容だな。降霊術について、か」
平和すぎる警察は、とうとうオカルト的な内容まで捜査することになるのか。
藤堂は内心呆れつつも、降霊術というワードに妙な胸騒ぎを覚える。
「え、何すか」
「〈2060年、3月20日〉。相談者は市内在住の『飯田とよ、九十八歳』だ」
「九十八歳って、えらい元気っすねー」
「相談内容は、私立新田川高等学校を調べてほしい。相談者によると、当該高等学校にて、夜な夜な降霊術が行われており、生徒諸君を悪魔の贄としている、とのこと。相談者は予言を行うことができると供述しており、その予言によると、〈10月20日〉に、生徒諸君の洗脳が完了し、大いなる悪魔が降臨するとのこと。その後の対応としては、対応に当たった駅前交番の巡査が、家族に電話をかけ、相談者を引き取ってもらった……なんだこれは」
「ははは!! なんだそれ! ヤバすぎるっしょ」
「そうだな。だが、これを書いた警官はとても真面目なようだぞ。報告書様式の備考欄に、気になることが書いてあってな」
藤堂は報告書の原文を大谷に見せた。
「えっ、何すか……相談者は、信じようとしない巡査に対し、家族構成プライベート等を占うという形で言い当てた。恐怖を感じるほど、的確に当たっていた……何だコレ」
「どうやら、これを書いた駅前交番の巡査は、少し信じたようだな。この婆さんの力を」
「えっ。まじすか」
「じゃなきゃ、こんな書き方しないだろ」
藤堂は報告書を折り畳みコンテナに戻す。
「市民からの通報がなければ動くことができないのは、警察の良くないところだ。逆に、通報は大切にすべきだ。思わぬ事件が隠れているかもしれん」
「ええ……藤堂さんそれ、サボりたいだけっしょ」
ジトっとした目で藤堂を睨む大谷をよそに、藤堂は間仕切りから出て行く。
「あ! ちょっと、オレだけに押し付けないでくださいよ!」
大谷は慌てて藤堂を追いかける。
※この章は、昂大くんの視点ではなく、全くの別視点(刑事パート)で物語が進んでいきます。リメイク前のコンセプトを継承した形にはなりますが、違う視点で物語を同時進行するというのは本当に難しい……( ;∀;)
最初に書いた作品でこのような形式を採用するとは……勢いというのは恐ろしいですね。
とはいえ、裏社会とは少し違った表の視点から、物語見ていただくのも面白いと思いますので、合わせてお楽しみいただけますと幸いです。
ちなみに、刑事パートは完結までに複数回登場する予定です。




