4 それは温かい春風のような
昂大は、一限目の数学が始まって少し経った頃に登校した。
(あーくそっ。なんで目覚ましかけ忘れたんだろう)
思えば昨晩、美樹の帰り際の一言を布団の中でずっと考えていた。
――――――同い年のメンバーが来る。
友だちだった純也と同じ、同い年の殺し屋が来るのだ。
妙な胸騒ぎがする。目覚ましもかけずに寝てしまったのは、それが理由だろうか。
後ろから教室に入った昂大は、クラスメイトの視線を気にしていた。何か言われるのではないかと、内心ドキドキしていたのだが、
「おーい。みんな今日に限ってどうした? えらい騒がしいやんか」
教室内はざわざわと、別の誰かの話題で持ちきりだった。
この状況を見かねて、数学教師の土屋が声を上げる。
「だって先生―! 気づかへん? 気づかへんの?」
最前列に座っていた女子生徒が、窓際を指さした。
「今日、転入生が来たんやで! 見て! 見て!」
「知ってるよ。初めましてやね」
紹介され、窓際に座っていた女子生徒が徐に立ち上がる。
――――――女子生徒は、ふんわりとした茶髪を後ろで結んでいる。ぱっちりとした美しい瞳でクラス中を見渡し、にこやかに笑うと、丁寧に自己紹介をする。その所作、声色、どれをとっても驚くほど魅力的だった。
まるで、テレビやネットで見るアイドルのように―――いや、どこかの国のお姫様のようにも見える。
「初めまして。近藤雪です。今日から五組に転入してきました」
「近藤さんね。こちらこそよろしく」
「よろしくお願いします」
にこやかにほほ笑む雪に、クラスメイトたちはこぞってラブコールを送る。
「よろしくー!」
「近藤さんって呼んでええ?」
「ほんま、かわいらしいなぁ……」
男子も女子も、まるでアイドルの握手会に来たファン集団のようになっている。
(おれのクラスに……来たのか)
このタイミングでの転入。それは彼女が、美樹の言っていた同い年のメンバーであることを裏付けていた。
まさか自分のクラスに来るとは思っていなかった昂大は、ひっそりと音を立てないように自席に近づいていく。
誰にも気づかれずに着席すると、教材用のタブレットを開いて再び女子生徒を一瞥する。
――――――視線が交差する。
美しい薄桃色の双眸が、昂大を優しく見据えた。
「……ぁ」
昂大は、時間が止まったかのように、雪にくぎ付けになった。
胸が熱くなる。これまで感じたことのない温かい感情が、意識を支配した。
――――――かわいい。なんてかわいいんだろう。
ふんわりと花の香りがする――――――気づけば目の前に雪が立っていた。昂大は慌てて我に返る。
「こんにちは」
昂大は雪を見上げていた。
すべてを包み込む優しい笑顔で、右手を差し出してくる。
「近藤雪って言います。よろしくね、沖田昂大君」
昂大が右手を握り返すと、突然、優しくハグしてきた。
何が何だかわからない昂大は、顔を赤らめて目を泳がせる。
その様子を見たクラスメイトたちは、目を丸くして硬直する。堰を切るように大きなどよめきが起こると、土屋が手を叩いて授業を継続させる。
「はいはい。今は授業中やろ? 後で根掘り葉掘りききよし」
その言葉ののち、男子生徒からのヤジが飛んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
休み時間に入ると、雪の周りにはクラスメイトの人だかりができていた。
先ほどまで昂大に敵意を向けていた生徒たちも、今は雪と会話することに夢中になっているらしい。
昂大はそんな様子を遠目で眺め、唾をごくりと飲み込んだ。
(なんなんだよ……)
昂大はぼんやりと掌を見つめる。雪に優しく握られた感触を思い出し、再び胸が熱くなった。
「いやーほんまに可愛いな近藤さん」
「うおっ!」
「何や昂大。もしかして、近藤さんのこと好きになった?」
「ななな、なに言ってんだよお前!」
突如話しかけてきたのは、先日スーパーで出会ったクラスメイト、楠木将人だった。
「ち、違う! 全然違うし!」
「うわ……そんな天然な反応されたら、関西人の血が騒いでまうで普通」
将人は赤らんだ昂大の顔を見て、攻勢を緩めた。
「昂大って大分天然やな。わかりやすすぎやろ」
「な、何が」
「いや、そういうとこな。全ての挙動が……」
将人は呆れたように笑うと、昂大の肩を軽く叩く。
「ほらええんか? 他の男子に近藤さん、取られてまうで」
「ち、ちげえって!!」
その叫びに、雪の周りにいた生徒たちが反応する。
「そう言えばさ」
「沖田くん、近藤さんの何なん!?」
一斉に敵意を向けられ、昂大は委縮する。
そんなクラスメイトを、雪は優しくなだめた。
「まあまあ皆。昂大君とは、前に会ったことがあるんだよ」
「ええそうなん!?」
「うん。昔、ちょっとね」
「何それぇ!!」
「嘘やん!!」
男子生徒も女子生徒も、興味津々で雪の机に縋る。
「私、嘘は吐かないよ」
そう言い放った雪の表情に、一瞬だけ影が落ちたように見えた。
小ネタ:登場人物が京都人か大阪人か、関西弁のニュアンスを変えています。それを文面で表現するのは骨が折れますが、関西の方なら、どいつが京都でどいつが大阪か判別がつくかもしれません(笑)




