2 呼び出しを喰らわなければならない。
放課後、昂大はショートホームルームが終わると、逃げるように部活へ向かった。
野球のリュックを背負い、廊下を速足で進んでいると、顔見知りの教師とすれ違う。
ふんわりとした長めの髪を、後ろでくくった若い男だった。見た目は非常に容姿端麗で、ほほ笑むたびに女子からは黄色い声が上がるほどだった。密かにファンクラブが設立されている、などといった噂もある。
そんな今年度新任の社会科教師、石川雅治は、昂大とすれ違う瞬間に、低い声で一言呟いた。
「部活が終わったら職員室に来い」
「えっ」
思わず振り返った時には、すでに気配が消えていた。
昂大はその不穏な一言に、がっくりと肩を落とす。
放課後。練習が終わり、部員たちは続々と帰宅していく。
昂大はあえて後片付けを率先して行ってから部室へ戻ることにした。意識的にのっそり行動すると、最後まで残っていた先輩が、軽く挨拶して帰って行った。
昂大は誰もいなくなった部室で、とぼとぼと制服に着替える。
「……」
なぜ呼び出されたのか。それは明白だった。
(どうせ、怒られるんだろうな)
吉凶の他のメンバーは今頃、いつも通り命を懸けて仕事をしている。万屋の指示とはいえ、暢気に高校に通っているのだ。それだけでも傍から見れば、面白くないだろう。
それに、学校生活の過ごし方においても、非難されそうな自覚がある。
昂大は部室の電気を消し、鍵をかけて職員室に向かう。
学校に残っている生徒はもう誰もおらず、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
唯一明かりがついていた職員室を前に、心臓が速く鼓動する。
「……お疲れ様です」
引き戸を開き、鍵が陳列されたボードに鍵をかけると、職員室を見渡す。
入り口から遠い席で一人、事務作業をしている石川がいた。
「あの……お疲れ様です」
「仕事をしていないお前からその言葉が出てくるのは、僕をコケにしているという意味でいいのかな」
石川は昂大のことを一切見ないまま淡々と吐き捨てた。
「……すいません」
反射的に謝る昂大に、石川は作業の手を止める。
石川のデスクには白い便箋のようなものが大量に積み上がっていた。それをじろじろ見ていると、石川はそれらをカバンにつっこんでいく。
「なんで僕がお前を呼んだと思う? こんな時間外に」
「……学校生活のことですか?」
「へえ。何か悪いことをしでかした、と」
「い、いや……別にそういうわけじゃ」
「じゃあなんだ?」
「そういうことじゃなくて、その……」
昂大の発言とおどおどした態度に、石川は大きく舌打ちした。
「ついてこい」
石川は職員室を出て屋上へ向かう。
屋上へ向かうための鍵をボードからひったくると、暗い階段を上がっていく。
(仕事の話、だよな、きっと)
何も言わずについて行く昂大の脳裏に、万屋の言葉が蘇った。
――――――お前には長期任務を兼ねた三年間の通学を命じる。
万屋は、決して無駄なことをしない完全無欠な経営者だ。単純に社会生活の訓練として高校に行って欲しかったという理由もあるのだろうが、それ以外に、何か大きな使命があるような気がしてならない。
屋上の扉が開け放たれ、生暖かい夜風が頬を撫でる。屋上は普段誰も入らないため、土ぼこりがうっすらと積もっていた。
石川はグラウンドの向こうに広がる新田川市の夜景を見て、無感情に告げる。
「悪くない学校だ。ここから見える景色も、ここから見えない景色も含めて」
昂大には、その言葉の意味がよくわからなかった。
何も言わずに黙っていると、石川は初めて昂大の顔を直視する。
「今回の仕事について説明する。とはいえ、お前がすることはほとんどない。準備や調査は僕たちがやる」
石川は不満げに昂大を睨みながら、腕を組んだ。
「えっと……何をするんですか?」
「万屋さんからは伝えるなと言われている」
「ええ……どういうこと……」
伝えないのならなぜ、ここに呼ばれたのだろうか。
それなら想像した通り、ここ一か月の学生生活について説教をされるということだろうか。
昂大の困惑が思った以上に表情に出ていたようで、石川は面倒だと言わんばかりにため息を吐く。
「お前、なぜクラスに馴染まない」
――――――やはりそれだった。覚悟していたとはいえ、それをストレートに聞かれることに対して抵抗感が芽生えてしまう。
しばらく何も答えなかった昂大に、石川は指をトントンと動かし始める。
「万屋さんは、わざわざ僕にお前の学生生活をサポートしてくれ、と言ったんだ。ここに来るきっかけはあるが、三年間は良い社会経験を積んでほしいと。あの万屋さんが、僕に言ったんだぞ。お前のことが嫌いな僕に、だ」
石川は、嫌いという言葉に圧を込めて言い放ち、また舌打ちをする。
「その意味を、お前は理解しなければならない。違うか?」
「……すみません」
昂大は視線を下げ、ぐったりと肩を落とした。
石川は吉凶の先輩で、よく知った間柄だった。それに、昔から自分のことが嫌いなことは知っている。だから正直苦手だったし、できればあまり話をしたくないと思っている。
「その上で、もう一度聞く。なぜクラスメイトと距離を置く」
昂大はごくりと唾を飲む。
嫌でたまらない相手に配慮せざるを得ない石川のために、理由を答える義務がある。だから、必死に言葉を紡ごうと思考を巡らせた。
――――――自分は人殺し。たくさん人を殺してきた。憎悪。憎悪? 親しい人。ヒーローみたい。怖い。怖い。だから――――――。
昂大は、理由を全く言語化できなかった。
「えっと……おれは」
「わかった。もういい」
無情にも時間切れを突きつけられた。石川は懐から古びたハンドブックを取り出し、昂大に投げつける。
それは、『爆弾解除に関するマニュアル』と書かれたものだった。
「何度でも言ってやるが、僕はお前が嫌いだ。そういうところが特にな。でも万屋さんは僕の尊敬する恩人だ。任務外の頼まれごとを無下にできない。だから、いつまでも辛気臭く被害者ぶっているお前に、一つ罰を与えようと思ってな」
石川は普段生徒に向けるような、優し気な笑みを浮かべる。昂大はそれを見て、悪寒がした。
「一年五組の天井裏に爆弾を仕掛けた」




